死の淵を見た男~吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日~ | 読書雑記

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死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日/PHP研究所

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☆☆☆★★

 福島第一原子力発電所の事故現場で何が起こっていたのか。
 吉田昌郎所長を始め、当直長、運転員、協力企業の社員、自衛隊員等、現場で事故対応にあたった多くの人々への取材を元に書かれたノンフィクション作品。数々の証言や臨場感あふれる描写で、よくできた小説のようにぐいぐいと引き込まれる。

 もし吉田所長がいなかったら事故はもっとひどいことになっていたのではないかと言われているが、吉田所長の豊富な知識・経験、的確な判断力、強靭な精神力、そして上に立つものが備えるべき人間性には感服する。
 SBO(全交流電源喪失)に陥った時点で、すでに吉田所長はチェルノブイリ級の事故に発展する可能性まで考えていた。そして、多くの専門家が驚くように、この早い段階で、非常用の冷却設備が長くは機能しないことを判断し、消防車の手配までおこなわせたことである。このような判断ができたのは、「何かが起こった時に“最悪の事態”を想定する習性が身についていた」からであろう。

 また、現場の奮闘とは対照的に、菅首相や官邸の介入がいかに現場の事故対応の足を引っ張ったかもよくわかる。現場で指揮すべき吉田所長が、菅首相の応対に時間を取られたり、“総理ご一行様”のために、復旧作業に欠かせない貴重な防護マスク等の装備品をどうやりくりするかに悩ませられたりするのである。

 やはり一番の見ものは、これも有名な話ではあるが、官邸の意向に従い本店から吉田所長に海水注入中止命令が下った場面だ。
 吉田所長は本店から命令が伝えられる直前に対策を打っていた。「本店から海水注入の中止の命令が来るかもしれない。その時は、本店に(テレビ会議で)聞こえるように海水注入の中止命令を俺が出す。しかし、それを聞き入れる必要なないからな。おまえたちは、そのまま海水注入をつづけろ。いいな」
 吉田所長が本店の命令に従っていたらと思うとゾッとさせられる話だ。

 現場の人間が常に死と背中合わせになりながらも、故郷を守る、日本を守るという思いや仕事に対する責任感・使命感によって、最後まであきらめずに不眠不休の活動を続ける姿には感動する。
 一方で、東電本店の無能・無責任ぶり、官邸の異常な介入や危機管理能力のなさは本当にひどい。

 筆者は、「本書は原発の是非を問うものではな」く、「原発に反対の人にも、逆に賛成の人にも、あの巨大地震と大津波の中で、『何があったのか』を是非知っていただきたい」と言っている。

 ただ、本書を読んで、事故対応に関わった多くの「人間」がどのような行動をとるかによって、事故の結果が良くも悪くもなり得たというのは十分に理解できるし、そのとおりだとも思うが、こうした当日の事故対応の問題だけにとらわれることなく、そもそも原子力発電所を存続させるべきなのか、日本のエネルギー政策はどうあるべきなのかということにもきちんと目を向けるよう注意したい。