壊れていたと思っていたウォークマンが
約半年ぶりに動かすことが出来ました。
本体が水に濡れたとかで壊れてしまったのかと思い込んでいたけれど
今まで使っていた充電ケーブルの不具合のせいで
上手く充電出来なかっただけだったみたいで
たまたま夜明け前に部屋の片付けをしていた先程、
ウォークマンの入っていた箱の中にあった新しいケーブルをつけたら
充電中のマークが画面に表示された瞬間とても嬉しかったです。
当然ウォークマンの中身は半年前で止まっていて
それからの新しい曲は取り込められていない。
だからその時で記憶が止まってしまった。
僕は今またウォークマンを聴くことで
当時の記憶を振り返ることが出来たように
とても懐かしい気持ちを抱いています。
最近の自分自身を重ねて聴くことで
半年前の、いやそれ以上前の自分自身をも比べることが出来ています。
自分自身の在り方。
自分自身の立ち位置。
毎日毎日考えて次はこうしようとか次はああしようとか思っていて、
その繰り返しの中で生きているから考え方はずっと変わっていないと思っていました。
だけど振り返って今思えば少しずつ寄り道するように
先に辿り着くには遠回りになっていたように思いました。
周りをきちんと見れてますか?
自分をきちんと理解してますか?
仕事に打ち込んでいるようで打ち込められてないのではないですか?
空回りだと感じるのはどうしてですか?
わかっているのに出来ないのはどうしてですか?
色々考えることが出来てもまともに考えられていないから
積み重ね積み重ねでズレてきてしまったようにも思います。
それが僕の中では音楽を聴くことがリセットさせる手段だったんだと思いました。
半年前にウォークマンが聴けなくなった日を今でも少し覚えてます。
その時は携帯や他の動画で聴けるからいいやって思いました。
でもそれは自分を言い聞かせていました。
ショックだったんです。
今はもうそうやって言える。
音楽と自分を繋ぐ術が段々となくなり、
その最後がある意味このウォークマンだったと思っていました。
今もウォークマンの中の1曲1曲を聴きながら打ち込んでいます。
イヤホン越しに伝わる1曲の空間。
バランスが取れた1曲は僕の気持ちをも保たせてくれるような気がしました。
それを感じさせてくれるから実生活をも保たせてくれる。
上手くいくような気がする。
それを感じることが出来なかったから実生活をも閉鎖されていくように
気持ちという空間が狭くなっていく。
そう感じていました。
何だか整理整頓出来た部屋を手に入れたように
体を伸ばしてリラックスして寝ることが出来るようで
時間に余裕を持ってホットココアを飲んで気持ちを落ち着かせているような
誰かに優しくなってありがとうを伝えられるような
何気ない幸せを感じているような気分です。
簡単には切り離せない存在。
ここまで寄り添っていたらなかなか諦められない。
上手い寄り添い方をこれからも続けていけるように
何事にもきちんと向き合いたいと思いました。
そしてこの気持ちは久々に書きたくなった感情でした。