オリエンテーション期間内には、いろんなワークショップがある。
昨日の、Bilegata Workshopsについて話そう。
題名の意味すらよくわからなかったけど、
キャンパス内での同性愛、トランスジェンダーの存在についてのディスカッションだった。
Wesleyanがそういう性同一性障害についてオープンなところだとは知っていたけど、
そういう人を、今まで私の周りではほとんど見かけていない。
昨日のディスカッショングループも、みんなストレートだったんだけど、
それぞれどれかのidentityになりきって話し合った。
そこで、かすかにだけど、学生たちの間にも戸惑いを感じた。
ゲイやレズビアンがいる。sheやheではなく、zeと呼ばれたいと思う人がいる。
でもそれを知るにはどうすればいい?自分から聞き出すのか?
理解をしたいとは思えど、彼らはどう思うのだろうか?根掘り葉掘り聞かれるのを嫌がりはしないだろうか?
そういう意味で、こういうワークショップは本当に良いチャンスだと思った。
理解をするためにその人の立場になる必要があるようなこと、
近づくのに架け橋のようなものが欠かせないデリケートなこと、
そういうものにはやはり人工的な入り口が必要なのだと感じる。
それが自然な道ではなくても、理解を促すことができるのなら、それだけの価値はある。
だから昨日、一年生が一生懸命性障害について論じている最中に、じわじわとした感動を覚えたのです。