今日は「ルール」についてお話します。
お酒やタバコは二十歳から! 自転車は車道寄りを走行する! 自動車免許の取得やアルバイトを始めるのは卒業後! 服装・頭髪・身だしなみを整える! 等々、私たちの身の回りには沢山のルールがあります。
では、いったいルールは何のためにあるのでしょうか?
ルールは人を「縛る」ためだけのものではありません。ルールは私たちを「守ってくれる」ものでもあります。
たとえば、お酒やタバコを飲まない、吸わないことは、私たちの健康を守ってくれています。たとえ体格的に恵まれていても、たしなみをもってお酒と付き合うには時間が必要なものです。
自転車や自動車で言えば、加害者となって、事故を起こしたことを一生悔やむことがないように心の平穏を守ってくれているのかもしれません。狭い日本です。自分だけが傷つくわけではなく、加害者となって、損害賠償など金銭的なことでは決して償えない・贖えない事態にならないように守ってくれています。
服装・頭髪で言えば、私たち一人一人の望ましい身だしなみが社会的な信用となって、そこで生まれた学校の評判が、有形無形の援助を私たちに与えてくれているのかもしれません。
以上のように、ルールは縛るだけでなく守ってくれているのです。私たちが毎日の生活を「安全」で「安心」して暮らせるように守ってくれているのです。
ところで、「ルール」と言えば、私たちの社会で一番大きなルールとは何でしょうか?
世の中に数多くの法律がありますが、その大もととなるものが憲法ということになります。
憲法も私たちを、私たちの権利を守ってくれています。では、いったい何から守ってくれているのか。それは、授業でも学んだように、「国家権力」からと言われています。憲法は、国家権力を「縛る」ものと言われます。絶対王制の時代に、権力者の横暴を抑制するために生まれたのが憲法です。現代の社会でも、それによって、私たちの権利が守られています。
現在、その憲法を改正する、改正しないという議論があるなか、身近なルールを守るだけでなく、国の最大のルールについて考えなくてはなりません。選挙権年齢が18歳に引き下げられたのですから。
また、「安全」「安心」な社会と言えば、安全保障も喫緊の課題です。何が私たちの社会に平和をもたらすのか? 集団的自衛権の問題を「ドラえもん」に例えるならば、ジャイアントと集団的自衛権を共同で行使するのか、それとも、出木杉(できすぎ)くんと集団的自衛権を行使するのか。そもそも戦後一貫して守ってきた日本の憲法がもつ基本理念に集団的自衛権の考えが相容れるものなのか?
「憲法改正」、「安全保障」、そして、「原発」の問題、私たちには、身近な問題だけでなく、解決すべき社会的、国家的、国際的な問題が山積しています。
この夏、新聞を読みましょう! そして、近い将来に行われる選挙に行きましょう!
最後に、私たちが、これらの諸問題について、覚悟を決めて真剣に考えなくてはいけない理由が2つあります。
まず、私たちがディベートを学んできたからです。学校教育では政治的中立性が厳しく問われますが、その一つの解決策はディベート教育にあると考えます。対立する双方の意見を慎重に深く考える仕掛けのあるディベートは、中立性を担保しながら政治的な関心を喚起できると考えます。
そして二つ目の理由として、こちらこそ重要なものだと考えますが、大きな問題の扱い方次第で、身近なルールを誠実に守り続けて日々積み上げた「安心」や「安全」が一瞬にして吹き飛んでしまうからです。国の舵取りの誤り一つで、日々の生活で地道に築き上げた私たちの平穏な日常が根底から崩れ去ってしまうという可能性があるからです。
日本の夏は、歴史を振り返り、大きな問題に思いをはせる季節です。