女性3人のグループが追いついてきた。宝剣岳に戻るのだが、手前の分岐は閉鎖されているのでこの先の濃ヶ池の分岐で入るのだそうだ。しばらくしてからそれではと別れ、我々は西駒山荘に向かい、間もなくして小屋に着いた。

小屋は古い石室に木造部分を継ぎ足した格好の平屋で、それほど大きくはなかった。石室部分が2段のベッドになっていて、継ぎ足し部分に玄関、厨房、居間兼食事室がある。トイレは離れにあり、排出物はまとめて下界で処理する方式をとっている。

小屋の管理人は伊那市の委託を受けた26歳(?)の青年で、小屋を開けている約2ヵ月のみここに住み、それ以外の期間は「信濃錦」に勤めていて、それが本業である。この小屋の管理人は以前から信大中原寮の学生がアルバイトで引き受け代々引き継いできたそうで、目の前のご主人は就職してからもその延長で引き受けているのではないかと思われる。

NHKの取材が7月にあって、9月初めの「小さな旅」の放映でこの小屋も紹介されるとのことである。

宿泊申し込み帳に住所・氏名を記載してから、

「失礼ですが前の方のペ-ジを覗かせて下さい。」

と言いながら、Kさんはページをめくっては眺めていた。恐らくは、我々にゆかりの、見覚えのある名前があるかも知れないと思ってのことと察しがつき、その気持ちが僕にも理解できた。

しかし思い当たる名前は見つけられなかった様である。

少々休憩した後小屋を出発し、将棋頭を経て、OBが据えて下さった碑を探しながら遭難現場周辺を歩いてみることにした。将棋頭山頂から行者ヶ岩までの山腹にはかなり大きな岩が多数散在していて、どこに碑があるのか分からなかったが、とうとう見つけられた。

直立する大きな岩の下方に、銘を刻んだ銅版が、遭難現場を見守る様な形で打ち付けられてあった。心ばかりのお供えをし、手を合わせた。

行者ヶ岩に向かって下り、分岐から西駒にまく夏道に入った。この辺一帯は南側の斜面にあり、北側の斜面と違い小高い樹木が生い茂っているが、冬にはこれらもすべて雪面に覆われてしまうのであろう。