kさんは例によって、
「あれが乗鞍で、さすがに剣は見えないなあ。えっ!あれは白馬か?」
などと呟きながら、遠い山陰のピークを目で追っている。
そんなKさんを見ていた傍らの登山者が数人で
「あれが分からないんだけど、何山でしょう?」
と訊ねてきたのに対して、的確に答えている。更に
「表示板を見たけど、あのピークがどうしても分からないの。」
とご婦人がやって来て、穂高岳の左に並ぶ峰を指さした。その位置やきれいな笠状の姿から、これは僕にも判別できた。
「笠ヶ岳でしょう。」
と答えたら、
「ああ、あれがね。私、登ったことがあって、いい山よ。」
と言いながら何かをノートに書き込んでいた。
山小屋で働く若者2人が下の山小屋から頂上の粗末な小屋に品物を持ち込み、並べて売っていた。アルバイトの学生風の若者である。今日で小屋を離れ、下りてゆくという。ロープウエイの料金は山小屋が出してくれるらしく、
「幾らでしたっけ?」
などと聞いてくる。上りの半券を調べてみたがどこにも書かれてなくて、分からずじまいで終わった。
頂上でたっぷり時間を取り心ゆくまで眺望を楽しんだ後に、将棋頭に向かうべく、馬の背の山道を辿りつつ下って行った。途中展望箇所の分岐点で旧道に入り込んだりしながら、女性3人のグループと抜きつ抜かれつして、目的地の一つの「聖職の碑」にたどり着いた。
巨大な自然石に記念の文が刻んである。Kさんは新田次郎の筆になるこの書名の文庫本を携えてきていて、それを取り出し、この遭難事故の概略を教えてくれた。
「これを読んでいるとうちの遭難事故とダブってしまって・・・」
とKさんがつぶやいた。僕も帰ったら読んでみなくては、と思った。