分岐に着いた。主人お勧めの行者ヶ岩には行かず、このまま下ることにした。さあ、これから一気に1800mほど下る訳である。

途中で、主人に教えられた通り、大きな岩の根元の奥に潜む、光苔を見つけた。この岩の洞は社はないが、神社と表示された立札が置いてある。

更に下って、「胸突き八丁」と書かれた標識があった。確かにこの急傾斜の山道は、麓から登るとなるときつく、長い上りの連続であろう。しかし全体として道は良く整備されていて、岩や木の露出も少なく、下りに関しては歩き易い。膝を痛める心配もしていたがその気配もなく順調で、これは予想外であった。

少し行って男性一人の登山者と出会い、立ち止まってしばし話し合った。彼はリタイアして直ぐだと言った。ザックも持たずに軽装である。この土地の人で、若い時には3時間半で上まで登って昼寝をし、日帰りで下りて帰ってきたものだと言う。話は温泉のことにまで及び、いいところがあるから教えてやろうと言って、手帳を取り出して地図を書き、破って渡してくれた。彼の好意を無駄にせずに、帰りはそこで汗を流してから帰ることにした。

避難小屋の大樽小屋に着いた。中を覗いたら「利用者乃音」なるノートが数冊置いてあった。休憩しながらページをくくったが、なかなか面白いことが書いてある。半分ほどは西駒山荘に向かう途中で利用した、信大生たちが書き残したものの様だ。その中に、小屋の管理を任されたらしい伊那市職員の文があった。アルバイト学生がしっかり小屋を運営しているかどうかを心配している。どうやらこの人も信大生OBで、引き継いだ後輩を気にかけているようだ。そういえば西駒山荘の宿泊者名簿もやはり、「利用者乃音」となっていたのを思い出した。