サンクトペテルブルクフィル@ケルン(2015年5月、ドイツ・ケルン) | クラシック音楽と食べ物と。。。

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今回も2015年5月ドイツケルンからです。

昼間は、ケルンの市内を観光し、夜はケルン・フィルハーモニーでコンサートを聞きます。

ケルン・フィルハーモニー(Kölner Philharmonie)は1986年に建設され2000人を収容できるホールです。

 

内部は、ローマの円形闘技場から着想を得て客席がステージを囲むユニークな形状です。外から見たときはそれほど大したホールだと思わなかったのですが、中に入るとなかなかの大きさ。なんといってもデザインの奇抜さには度肝を抜かれます。天井中央には宇宙船を思わせる照明が配置され、そこから青い鉄骨が四方八方に広がっていて、なんとも印象的です。そして客席はステージに向かってほぼ放射線状に配置されています。

 

オルガンは円柱状に配置されたパイプがいくつも立ち並ぶユニークな形状。ボンの有名なオルガンメーカーであるヨハネスクライス(Johannes Klais)社製で、70ストップ、5,394本のパイプをもつオルガンです。いやあ、なんともユニークで現代的なホールです。

 

ケルンを本拠地に持つオーケストラもいくつかあるのですが、うまく日程が合わず、今回はサンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団(St. Peterburger Ohikharmoniker)の演奏会です。1772年に発足したペテルブルク音楽協会を起源に持ち、ペテルブルク・フィルハーモニー協会などを経て、今のオーケストラの設立は1882年。ペトログラード国立フィルハーモニー交響楽団レニングラード・フィルハーモニー交響楽団と名称変更を繰り返し、1991年サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団という現在の名称に至っています。ソ連崩壊に伴い、レニングラードサンクトペテルブルクに都市の名前を戻したことによるものです。セルゲイ・クーセヴィツキーが初代の常任指揮者となり、エフゲニー・ムラヴィンスキーが50年の長きにわたり徹底してオーケストラを鍛え上げます。1988年からはユーリ・テミルカーノフが音楽監督を務めています。今回の指揮もユーリ・テミルカーノフ(Juri Temirkanov)です。

ユーリ・テミルカーノフは1938年生まれのロシアの指揮者。現マリインスキー劇場の芸術監督を務めた後、ムラヴィンスキーの後を継いでサンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団の音楽監督を務めています。ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者・桂冠指揮者、ボルティモア交響楽団の音楽監督なども務める大物指揮者です

 


ブラームス: ヴァイオリン協奏曲


ブラームス: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調

Johannes Brahms:  Konzert für Violine und Orchester D-Dur op. 77

 

1878年に作曲されたブラームスヴァイオリン協奏曲は、ベートーヴェンメンデルスゾーンと並んで三大ヴァイオリン協奏曲と呼ばれています。サラサーテが弾くブルッフヴァイオリン協奏曲ヨーゼフ・ヨアヒムが弾くベートヴェンのヴァイオリン協奏曲などの動機説が語られていますが、ブラームスの良き相談相手であったヨーゼフ・ヨアヒムの影響は小さくないと思います。ブラームスといえばピアノという印象が強いのですが、実はピアノよりも先にヴァイオリンやチェロを習っていたようで、確かにブラームスのお父さんはコントラバス奏者だったようですのでそれも納得できます。そのブラームスヴァイオリン協奏曲を作曲するのが45歳になって、それもブラームスが残したヴァイオリン協奏曲はチェロとの二重協奏曲を除けばこの一曲だけです。ヴァイオリニストであるヨーゼフ・ヨアヒムブラームスの親交を考えると少し不思議な気もしますが、そもそもブラームス、協奏曲をそれほど作曲していないので、まあヴァイオリン協奏曲が一曲しかないといしてもそれほど不思議でもないのかもしれません。そして個人的にものすごく気になるのが、この曲の作曲された場所です。オーストリアペルチャッハという場所。ブラームスのピアノ曲ラプソディが作曲されたのもこの場所で、是非一度訪れたいと思っている場所です。どんなところでこの曲を作曲したのでしょうか。

さて、今回のヴァイオリン独奏はユリア・フィッシャー。1983年ミュンヘン生まれ。この時まだ30少し過ぎの若手のヴァイオリニストですが、その人気は既にかなりのもので、大物ヴァイオリニストの一人といっても良いと思います。

この人の演奏、以前にも聞いたことがありますが、結構感情を込めて弾く系のヴァイオリニスト。テクを見せつけるとか、何かすごいキラキラした音を出すとかと言った特徴があるわけではないのですが、なんかすごくいい感じです。本当にこの曲が大好きでそのオーラがこっちまで伝わってくる、そんな印象を受けます。無難にうまくまとめることなんか意識せず、彼女自身が作曲家と対話し、この曲を彼女なりに理解したものを全力で表現してくる、そんな演奏です。奇抜さや、うれしい裏切り、一言でとらえられる特徴を探そうと聞く人は物足らないと感じるかもしれませんが、個人的には好きな演奏ですし、これだけの人気があるものよくわかります。

楽章の間でチューニングし直ししていたのですが、それがなんだか時間がかかって、いったんかなり音程を狂わせてからチューニングし直すので、会場から笑いが出ていました。本人もなんか客席に対して話してました。こういうやり取りドイツでは結構気楽に行われます。コンサートというきちんとした場ではあるのですが、意外とガチガチなわけでもなくて、生の演奏会ならではの雰囲気が味わえます。この人、感情が入ると足が前にドンと出たり、のけぞったりして、見ていても楽しめます。アンコールは二曲演奏されました。

 


ベートヴェン: 交響曲第三番変ホ長調 「英雄」


ベートヴェン: 交響曲第三番変ホ長調 「英雄」

Ludwig van Beethoven:  Sinfonie Nr. 3 Es-Dur op. 55 "Eroica"

 

ベートヴェン三番目の交響曲。「英雄」や「エロイカ」の愛称で親しまれるこの曲は1804年に作曲され、元々ナポレオンに献呈しようと書き始めたが、ナポレオンが皇帝に即位したと聞き「奴も俗物に過ぎなかったか」と表紙(献辞の手紙という説も)を破り捨てたという逸話は有名なものです。しかし、これが事実かどうかは分かっておらず、英雄が誰を指すのかいろいろな説があるようです。でも、この逸話なんとなくベートヴェンらしいですよね。初演は、非公開でロブコヴィツ公爵邸で行われた後、1805年4月7日ベートーヴェン自身の指揮でウィーンアン・デア・ウィーン劇場で行われています。 

 

いきなりハイテンションで始まって「ドーミドーソドミソド」の主題が繰り返し演奏される第一楽章、そして葬送の第二楽章、弦の刻みで入ってくる軽快な第三楽章、変拍子的な部分がよりリズム感を感じさせます。そして急下降から始まる第四楽章。何度聞いてもいい曲です。

 

サンクトペテルブルク・フィルの演奏もいい演奏でした。若干気になるのは、雰囲気が変わって別のモチーフが出てくるところの入りがどうも揃わず、少しもたもたする感じがします。入ってしまうとうまく流れるんですが。。。ところで、今回の演奏聞きながらロシアのオケの特徴ってなんだろうか、などと考えていました。昔、映像やレコードなどでソ連のオケを聞いた時は「ああ、これがソ連の音なんだ」と感動したものですが、今回そういうものが感じられず少し寂しく感じます。マリインスキー歌劇場管弦楽団の時も思ったのですが、なんだかロシアのオケがヨーロッパナイズされている印象を受けます。実際のところどうなんでしょうか。極端な話、全世界のオケがベルリンフィルになるのであれば、複数のオケがある意味がなく、ベルリンも確かにうまいのですが、すべてではないと思います。ブダペスト祝祭管弦楽団チェコフィルなどは、なんとも哀愁のあるよいハーモニーを残していて本当にうれしくなります。ロシアも何かロシアらしさがあるはずだと思いますし、そういうものを期待していたのですが、そういう意味では少し残念な感じがします。これがチャイコとかのロシアものだったら違ったのかもしれないのですが。それでも、総合的には十分に満足できる演奏で、こちらもアンコールありで、終わったら11時近くになっていました。

 

ホールの方は、ちょっと席が上の方だったせいもあり、クリアーさが少し低く感じたのと、低音のある音域が少し飛び出して感じる部分があったものの、全体的には不満のある音ではなく、良いホールだと思います。ケルンでも、良い演奏が聞けて大満足です。

 

 

演奏会の余韻を感じつつ、夜の大聖堂の前を通ってホテルへ戻ります。ライトアップされた大聖堂も大迫力。

 

ホテルへ戻った後、ケルシュビールの”フリュー ケルシュ(Früh Kölsch)”で乾杯。一杯飲んで寝ます。おやすみなさい。