今回は、2014年6月にハンブルクで行われたマリア・ジョアン・ピリスのリサイタルからです。
この演奏会は、ハンブルク国際音楽祭の中で「シューベルティアーデ(schubertiade、シューベルト祭)」と銘打たれた一連の演奏会の一環として開催されたもので、
●アルテミス四重奏団 & ゴーティエ・カピュソン(Artemis Quartett & Gautier Capuçon)
●ルノー・カピュソン & デイビット・カダッチ(Renaud Capuçon & David Kadouch)
●ターニャ・ベッカー=ベンダー、ニクラス・シュミット、ラルフ・ゴトーニとフレンズ(Tanja Becker-Bender, Niklas Schmidt, Ralf Gothóni & Freunde)
の3公演に続き、シリーズの最後に行われました。
マリア・ジョアン・ピリス(Maria João Pires)は、ポルトガル出身のピアニストで、世界的なピアニストの一人です。
日本では、2008年にNHKのスーパーピアノレッスンに出演していたので、それでご存知の方もおられるかもしれません。
コンサートは、ハンブルクのライスハレで行われました。
シューベルト: 4つの即興曲 D 899
最初の曲は、
シューベルト: 4つの即興曲 D 899
Franz Schubert: Vier Impromptus D 899
この曲は1827年に作曲された曲で、
転調を繰り返す変奏曲である第一曲、
音階中心でピアニスティックな第二曲、
そして穏やかな第三曲、
アルペジオと美しいメロディの第四曲
で構成されます。
さすが、シューベルト演奏の評価が高いピリス。
唸る演奏です。
アルゲリッチのような派手な演奏でもなく、ポリーニのような計算されつくした演奏(最近は変わってきていますが。。。)でもなく、
ある面、ピアノ教師的というのか、とても丁寧で、好感の持てる演奏です。
ドビュッシー: ピアノのために
二曲目は、
ドビュッシー: ピアノのために
Claude Debussy: Suite "Pour le piano"
この曲は1901年に作曲され、1902年1月にサル・エラール(Salle Érard)でリカルド・ビニェス(Ricardo Viñes)の演奏で初演されています。リカルド・ビニェスは、ドビュッシーやラヴェルの初演で知られるピアニストです。
プレリュード、サラバンド、トッカータの3つの曲から成り、ドビュッシー中期の作品になります。
フランスらしい洒脱な印象がよく出た曲です。
プログラムには、伝統を意識したイノベーターという表現もある一方、印象派の香りがするとも書かれていて、なるほどと思います。
この曲、初演から、かなり好評だったようです。
シューベルト祭でなんでドビュッシー?と思わなくもありませんが、シューベルトとは全然違った雰囲気への切り替えはさすがです。
一方、ドビュッシーは、ラドゥ・ルップのようにさらっと弾く方が、ドビュッシーらしい”おしゃれ”な感じが出て、好きかもしれません。
シューベルト:ピアノソナタ第21番 変ロ長調 D 960
三曲目は、
シューベルト:ピアノソナタ第21番 変ロ長調 D 960
Franz Schubert: Sonate B-Dur D 960
シューベルトのこのピアノソナタは、シューベルト最晩年の1828年9月に作曲されます。
シューベルト最後のピアノソナタであり、この2か月後の11月にシューベルトは亡くなります。
最晩年といっても、シューベルトは31歳の若さで亡くなりますので、30代の作品ということになります。
それにしては、なんとも成熟していて、なんとも穏やかな曲です。
やはり、最晩年と呼ぶにふさわしい曲ですね。
このピアノソナタには、あちこちにシューベルトらしい、美しく、そして心に残るメロディーがちりばめられています。
そして、何物にも左右されない力強さ、軽快さ、そして物悲しさが潜んでいます。
様々な場面が展開されますが、それらが途切れることなく、すっと切り替わっていきます。
次々と新しい場面を見せてくれるのですが、それでいて、わざとらしさがない。
第一楽章のトリルも印象的に使われています。
低音のトリル、高音のさえずるようなトリル。
曲が始まった瞬間にシューベルトの独特の世界に引き込まれ、そして、その世界から決して聴衆を逃がさないすごさがこの曲にはあります。大好きなシューベルト作品の一つですし、繰り返し演奏会で演奏され続けている曲の一つでもあります。
シューベルト祭にふさわしい王道の曲で、最高の演奏を聞かせてもらいました。
アンコールに、
シューベルト、4つの即興曲 D935から第二曲
(Franz Schubert: Impromptu As-Dur D 935/2)
が演奏されました。
これは、最初に演奏された4つの即興曲 D 899と同じく1827年に作曲された曲ですが、別の曲です。
しずかな柔らかい曲です。
これもよい曲ですね。
今回のピリスの演奏会を聞いて、やはりピリスのシューベルトはすごいの一言です。
ピリスは一生懸命というか丁寧にというか、それでいて感情いれて弾くというか、どう弾きたいかがひしひし伝わってくる弾き方。
逆にピリスほどの人でも「どう弾きたいか」と「自分の演奏」にギャップがあるんだなあということを感じます。
ああ、ここはこう弾きたかったんだ、でも弾ききれていない、というところを何度も感じ、本当に終わりのない世界だと思います。
逆に弾きたい通りに弾けたらつまらないのかもしれない、そんなことを感じたコンサートでした。
この原稿を書いている2018年、ピリスは今シーズンを最後にプロとしての活動を引退するという発表がありました。
また、4月の来日コンサートが、最後の日本公演になります。
まだまだ、演奏を続けてほしいピアニストの一人ですが、残念です。