GW恒例、夫方家族一同東京近郊大移動の巻。



今年は軽井沢「星のや」さんにお邪魔いたしました。

確か、去年の熱海では、

「来年は京都かしらっ、アマンかしらぁっ」

と騒いでいた身の程知らずな輩がいたような(含私)。



しかし、件の京都アマンは何処行ったのかいな。



いやいや。

ホントはGWニューヨーク便りをアップできる予定でしたが、出発2週間前に旅行予定を母に打ち明けたら

「なんですってぇーっっ?!」叫び

と叫ばれ、その顔がおっかなかったので(この歳にして)、そそくさとキャンセルしたのでした。



陸マイラー道で意味も無く腐る程貯め込んだJALマイレージ、30余万マイル。

今年来年中にエクスパイアしてしまうのであれば、たぶんどうせ当分は満足に旅行にも行けないし、なるべく一気に使っちまおうと思ったのに。

(※通常、近年JALのNY便のアッパークラス特典航空券はなかなか取れないのですが、灯台下暗し。GWは逆に仕事使用が少ないので取れるのですね。オドロキ!)


せっかくファースト取ったのに。

お気に入りホテルもレストランも完璧に予約したのに。

ヤンキース対マリナーズのチケットも手配したのに。

見たいモノも買いたいモノも色々あるのに。

MoMAで大好きなオラファー・エリアソンやってるのにぃっ。



が、

「こんな時期にわざわざ行く必要ないじゃないの。大体あなた、アメリカなんぞで何かが起った時のことはちゃんと考えてるのっっ?! 凄い借金背負うのよっ。○○さんのところなんか大変だったんだから。帰国が半年遅れたんだからっっ」

と、お得意の昔話で説教され、

「でも、海外旅行保険掛けてくし~」

と言い返したものの、よくよく調べたら妊娠に起因するトラブルって対象外。歩く

あっても、22週以降の妊婦に対応した旅行保険て、

存在しないのですねぇっ!!!(※調査不足で間違ってたらゴメンあそばせ)



というわけで、あらぬ方向からリスキーさを感じさせられ、何だかヤバイ気がしてやめました。

ついでに、周りに心配掛けてまで(この歳にして)行かねばならぬ価値も無いなとも改めて思い、完璧に諦めたのでした。

結果として、体調的にも大正解だった気がいたします。

あれだけのスケージュールをこの体調でこなしていたら、確実にぶっ倒れていた気がいたします……。鮎原こずえ2(涙)



さて、星のや。

到着日は生憎の雨で、東京曇りで気温18度に対し、降り立った軽井沢は3度!

「ありえなーい!ありえなーい!やっぱ那須の二期にしとくべきだったんじゃなぁいー?」

と騒ぐ素足ヒール族(除私)。

一方、子供は風の子。

薄着で元気にあっちを探検こっちを探検で駆けずり回り、発狂した親に追い回されておりました。

今のところ他人事の私はその光景を遠巻きに眺めつつ、あてがわれた部屋の中にフカフカのお布団やナイスな内風呂を見つけ、





「今日は籠ろう」

と心に決めて、とっとと作務衣を着込み、お風呂に菖蒲を投げ込み、ルームサービスに電話をし、夕食までの空白の時間をぬくぬくと幸せに過ごしました。





要するに、ホテルと温泉の良いとこ取り系リゾート施設でして、大変居心地の良いお部屋でした。

「和室じゃ万年床ってわけにも行かないしねー」

と、終始眠い私は風呂上がり後、ディナーまで爆睡。しかし罪悪感は微塵もありません。



似た様な(?)施設で由布院の無量塔を思い出しますが、あそこまでクールゴージャスでないぶん、適度な快適さを得られました。

勿論、無量塔さんは素晴しいのですが、仲居さんもバッチリ付き(星のやは付かないので、ある意味気楽)、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるので、善くも悪くもこちらも心底「ダラ~ッ」とする気になりません。



翌日から快晴。




朝食がてらの散策やスパ、読書、温泉など、施設を存分に楽しめました。








メディテイションバス(温泉)、発想がちょっと凄いです(体験してください)。

ライブラリーラウンジも快適で、日経の、普段では少々面倒臭いような、すっ飛ばしがちな記事でも、ここでなら何となくナルシストになってさらさらとよく読み込め、一瞬だけチョビエセグローバルな経済通になれます。




スパメニューでは、私は指圧だけ許可されたので受けましたが、セラピストは姉さんかと思いきや男性で、国家資格を持つという硬派っぷりで、大変「ぐえ~、効く~」な、充実感のある施術をいただきました。




あちこち歩いていると時折、姪や甥達とすれ違うのですが、子供というものは本当に何が無くても何か見つけて遊べるものですね。

普段はポケットゲームやwiiが無ければ死んでしまいそうに見えるのに、実はもっとちゃんと工夫できるのよね。

ついでに、メダカを捕ろうとして池に落ちた甥っ子がびしょ濡れ姿のまま走り回る姿も目撃しましたが……(きちんと親に捕獲されたのだろうか)。

こちら、託児施設もあるので、預けられるのが大好きな2歳児が夕食時に消え、母たる義妹は非常に嬉しそうでした。



食事は和も洋も、朝食が特に美味しかったです。







ディナーも良かったですが、やはり和は老舗温泉旅館に見る格調と奥深さが、洋はオーベルジュ的こだわりが、それぞれにまだ少しずつ足りないような感もありました。









(こちらは豪華お子様膳)



しかし、なんとなく都会派リゾートだと思い込んでいても、なんだかんだ軽井沢は大自然なのですねぇ。





野鳥の森なるエリアを散策しましたが、『ツキノワグマに出会ったら』の注意書きビビったり、聞き慣れない鳥の声に驚いたり。


野鳥の森より望む浅間山。


夜空も美しく、空気も爽やかで、やはり『ザ・避暑地』の王道たる魅力を再発見した気がいたしました。



今回は渋滞を避けて電車で参りましたが、東京からたったの1時間10分で着いてしまうのですものね。

できればもう少し頻繁に訪れたいものです、軽井沢。








美術かぶれの高校生が、その耳慣れぬエキセントリックな響きからまず憧れて入る言葉、バウハウスとか、ダダイズムとか、フルクサスとか、シュールレアリスムとか……。


しかし『バウハウス』がなんのことやら皆目わからぬ時分であっても、カッコイイデザインに関係があることは漠然と承知しており、徐々に実体を知るにつけ、その活動と理想郷に憧れを抱く美術学生時代でありました。



先週、降ったり止んだり小雨の木曜日、東京芸大美術館の『バウハウス・デッサウ展』のレセプションにまいりました。


バウハウスとは……、説明が面倒なのでコチラへどうぞ。
 ↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/バウハウス


到着が少々早過ぎた為、ココで30分も足止めを。



(どうしてこう、美術展の開会のご挨拶というものは退屈なものなのか)



会場内。

※通常撮影禁止ですが、この日に限ってOKとのことでした。



 いかにもバウハウス。



 揺り籠だそうです。


巨匠の作品は一般的によく目にする事はあっても、学生の習作を間近で見る機会は無く、その瑞々しい構成力とか色彩感覚が一層魅力的に感じられ、展示構成として面白かったです。






 とか、






 とか、






 とか。


「どうする?私達が文句タラタラ意味も無く鳥獣戯画描いてた頃にこれを作っていたって」(私)

「育った環境が違い過ぎたってことで、諦めて、泣く」(友U子)










大御所グラフィックデザイナーのお姿もちらほら拝見いたしましたが、なかでもトンパ文字で有名な御方の、ダンスパフォーマンスの映像を食い入る様に見つめられているお背中とかっと見開かれた目が大変印象的でした。

何か特別なインスピレーションを得られたのでしょうか?と、ついついこちらまでつられて見入ってしまいます。
(※画像はありません)


終盤の出口に近い壁に並んだ平面構成の数々、たいしたことないモノからちょっと目を惹く作品まで様々。

「んー、これならウチに飾ってもいいかも。ていうか、むしろ欲しい」

「作者、カンディンスキーって書いてあるけどね」
(※画像はありません)



その夜、家で

「バウハウス展が結構面白かったよ」

と語っていたところ、

「ふーん、ベルリンのバウハウス・ミュージアムとどっちが面白かった?」

と、さらりと聞かれ、

「へ? そんないいものに行ったっけ?」

と返して呆れられ(※美術館やギャラリーを山ほど観た忙しい旅でした、という言い訳付)、つくづく注意力散漫というか、忘れっぽいというか、(はたまたその時は何も感じなかったのか)、そんな自分ですが、一応今回のバウハウス展は機会があったらもう一度ゆっくり観てもいいかなと思う魅力はありました。


恐らく金比羅展以来の混みが予想されるので、興味がおありの方はお早めに~。





バウハウス・デッサウ展
BAUHAUS experience, dessau


2008年4月26日(土)~7月21日(祝・月) 月曜休館
(ただし、5月5日(月)、7月21日(月)は開館。5月7日(水)は休館)

午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)

東京藝術大学大学美術館[東京・上野公園]
(〒110-8714 東京都台東区上野公園12-8)

一般1,400円(1,200円)、高校・大学生800円(700円)
同時開催「芸大コレクション展」は、当日に限り本展の観覧券にてご覧いただけます。
 ※( )内は20名以上の団体料金

http://www.bauhaus-dessau.jp/





花粉症のせいか、

『ちりとてちん』のせいか、

ホルモンバランスのせいなのか……。


鼻を詰まらせながらぼんやり暮らしておりましたら、あっという間に弥生三月が過ぎて行ってしまいました。






春爛漫の昨日、久々に会う大学(予備校)時代よりの親友2名と桜満開の青山墓地中央で待ち合わせ、付近のフレンチレストランのランチへ赴いたのでありました。

ランベリーは流石、銀座の旧名門オストラルの岸本シェフが腕をふるう店、麗しく芳しく美味なるお料理で私達を喜ばせてくれるのです。

ランベリー L'Embellir とは、フランス語で「人を美しくする」という意味を持つとのことで、花盛りのこの季節、厳選された美しい季節の食材で創り上げられた美しい一皿一皿をいただく時、まさに心から美人になっていく気がいたします。

……なんて、なんと普通に乙女なグルメ報告をしているのでしょう。

やはり、ホルモンバランスが狂っているのでしょうか。

(だが、やはり乙女ブロガーにはなりきれずに写真無し。食い気勝り。)



このところ、体調を崩しながらも合間合間でがっつりグルメ活動に勤しんでおり、誘われればホイホイ出て行くスタンスのもと、順調に肥えつつあります。

増加した体重に目眩を憶え、

「もともと、もうちょこっと太ってたことにしちゃおっかなー」

と、セコい上に意味の無い手段ばかり思いつく今日この頃。

デザートも当然の如く最低2、3皿のコースを期待し、終いにプティフールひと盛りを完食して尚アグレッシブなこの胃袋。

こちらランベリーでの食後まったり時間にも、オリジナル『季節限定、桜のクグロフ』の注文書に、真剣にペンを走らせておりました。

晴れて土曜日の午前中に到着するらしい。

楽しみ、だけど、どうかホール(大)を一日で平らげませんように、私。



因に、「桜……」、「桜の……」と付く飲食物、毎年なぜ、これほどまでに心を震わされるのでしょうか。

満開になって翌週を待たずに散ってしまう超季節限定ハラハラ感に、他の花には無いシズル感を得るのでしょうか。

桜餅、桜ロール、桜アイスクリーム、桜シャーベット、桜餡どら焼き、桜シャンパーニュ、桜マカロン、桜モンブラン、桜キャラメル……。

今年全部買ったわけではありませんが、ついつい手が出る桜の誘惑です。



さて、心震える花、震える花、揺れる花、ときて、Trembled Blossoms(苦しい)。

花と食事と会話を散々楽しんだその宵、PRADAの妖精アニメーション Trembled Blossoms の上映会が青山エピセンターで催されたので観て参りました。






建物内外は案の定超イケイケパーティ空間になっておりましたが、画像などは誰も観ちゃいないのでゆっくり拝見できました。





インターバル動画(約15分)




オリジナルアニメーション(約4分)


やはり、プラダのクリエイションは好きだな。

常に先取りしながら、それでもきっちりプラダたるラインを貫いている。

でもって、毎度数多くのリスペクターが追随するのだな。

しかし、ファッションやアート業界の「リスペクト」という言葉、いかがなもんですかね。



とにかく、心地良い花の季節、お陰様な良い一日、良い日々を送っております。






先日の誕生日に。
やはり花の贈り物は嬉しいものですね。



TREMBLED BLOSSOMS
http://www.prada.com
左サイドバー(PRADAロゴ下) THE ANIMATION をクリックすると見られます。




お久しぶりザマス。


外を闊歩しておりましたらなんと沈丁花の香りが漂ってきて、

「うわっ、春?!」

と気付いたのが一昨日。



二月中はとうとうブログスルーで過ごし、あっという間に桃の節句も過ぎ去り、何も書けずにいる今日この頃に「ヤバイ」と思い始める日々。

べつに、ブログをサボっていることにヤバさを感じているわけではなく、むしろ特にネタには事欠かぬのですが、そんなネタの数々も自分のフィルターを通さねば書く意味も無いではないかと思うにつけ、そのフィルターがなにやらモヤっている。



モヤモヤです。

ネガティブではないのです。


ちょうど、テレ東金曜深夜の『モヤモヤさまぁ~ず2』みたいな。

「なんで、ココにコレ?」

みたいな。

なんか、どうにもしっくりといかないような、オモシロヘンテコ感覚とでも言いましょうか……。



はてさて、モヤモヤの正体は。

こちらに大々的に書くつもりなど微塵も無かったのですが、ここを越えておかないとどうにもスタンスが決まらずに次が書けない、進まないらしいことを悟り、観念したのであります。



セレブの間でも大流行。

巷でハヤリの、高齢妊婦ウイルスを喰らいました。

そろそろ潜伏5ヶ月も半ばを過ぎようかという状態。


で、何をしたら良いのかわからず、増加人員用のスペース作りのために、とりあえず片っ端から掃除をして物を減らしています。

ウエストシェイプがほとんどのワードローブが日に日に似合わなくなり不格好になっていくことを実感しつつ、極力引きこもりを貫き、ルーティンとお片づけとゴロゴロを繰り返す日々。



「しかし、これでいいのかっ?!」

と思い始めた矢先、ニコール・キッドマンの美し過ぎる妊娠5ヶ月のプラダ姿を目の当たりにして衝撃を受け、





もっそり起き上がり、クタクタの部屋着を脱ぎ捨て、財布を片手に近所のプラダに突入。

真っ白いシルクにロマンチックな妖精柄の、なんとかギリギリ着られる、もろ今期ショーラインのワンピースを

「いただくわ」

と言い放った愚かな女。


いつ着るんだ?

いや、着てやる。

着られる限り。


こうして、少しだけ、やる気が生まれたのでした。



とは言うものの、確実に私の計画表がモヤっているのだなぁ。

べつにいいんだけど。

「嬉しい」とか「楽しみ」は、ちゃんとあるのだけれど。



まるで私と同名の、あの、やんごとなき御方のご懐妊であるかのような騒ぎを繰り広げる親達。

感情ではなく理屈で無理矢理「有難い」としておりますが、弟がほぼ同時期に

「結婚することにしたー」

と宣言してくれたことに、

「ターゲットが私だけでなくて良かったー」

とホッと胸を撫で下ろしているのがホンネ。



DINKSな(古いっっ?!)従姉から

「あっち側に行っちゃうのね~~!!」

という、やや嘆きが入った祝福メールを貰い、そのキモチが痛いほどわかる私は、

「テクニカリー無理でも、メンタリーこっち側に踏みとどまりたいものであるーっ!」

と心に誓うも、ひとたび足を踏み入れた後には、なかなか難しいらしいことも察することしきり。

もち、それはそれで理にかなったことだとは思っているのですけれど。



何も言わずに見守ってくれていた母さえも、

(寧ろ「先行きわからん地球で、子供なんか産まないほうがいいかもねー」などと言っていた)、

この事の成り行きで、

「やっぱり子供はいたほうがいいわ」

との本音をポロリ。


ま、しょーもない私を目の前にそう言って下さるのは有難く、こんな娘、息子達を育てながら母も何かを学んだとおっしゃるのならそれはそれでステキなことです。



しかし、ケッコンする経験もしない経験も、子を持つ経験も持たない経験も、それぞれにその意味を全うすれば良いだけで、全部がそれぞれにたったひとつの経験で人生なのだと(まだ)信じているので、ちょっと反発したくなる。

だって私は、子を持たぬ経験というものは永遠に失うわけで。

そりゃあ、予期せぬ気付きや喜びや学びは与えられるのでしょうけれども、子を持たないことで得られる予期せぬ気付きや喜び学びもあるもの。

ちゃんと、前向いて気付こうとしていれば。

まあ、パワフルな子供がいれば、受身でいても色々気付かされそうではありますが。



先日、2児の母である某センパイから、

「早く出てほしいなんて、大間違いなんだから。出て来ちゃったら、そりゃあもう大変なんだから。もう、どんなに戻って欲しくても戻ってくれないんだからっ。ホントにホントにすっごい戦争なんだからぁ~っ」

という、何が楽しくてそんな、こっちが憂鬱になるだけのことを繰り返し得意気におっしゃるのか?ってなオコトバを頂きました。

勿論、

「今を楽しんでおきなさいね~」

という親心みたいなやつが含まれていることはわかるのですが、なんだかな。

そしてその舌の根も乾かぬうちに

「この経験は他に代え難い」

と言い、

「二歳までにあらかたの恩返しをしてくれるのよね~」

と目を細める。


わかってるよ。

世の大概のおっかさん達がエラくて立派で大変で尚且つハッピーらしいことぐらい、自分の母親を見ていれば。

(私は今、確実に両手に余る敵を作りましたね)





            一生こんなんだといいってことかちらん?



うーん。

なるたけ今の感性(たいしたことないけど)も失わずに、ブランニューな感覚も得て参りたい。

して、私にそんなキャパがあるのか?



差し当たって……、取りあえず、マタニティブログにはなりません。



たぶん……、ならないと思う。

いや……、ならないんじゃないかなぁ……。

ま、ちょっとカクゴはしておこう……(自分に)。



ミュージカル『RENT』が12年の歴史に終止符を打ち、今年の6月1日をもって閉幕するとのこと。

今朝、asahi.com のニュースで知りました。



私達がNYに移り住んだ1996年、NYは絶好調で、ブロードウェイは熱くて、『RENT』はそのど真ん中にあって、

それよりも昔、大学時代に訪ねた、不景気真最中のイーストビレッジの義兄のアパートや、その周辺のバーやカフェにたむろする彼の友人達の面白さや、ダメ人間っぷりや、アーティストっぷりや、ネイバーフッドの夜の緊張感や、友情だの暴力だの、「それでも生きてるー!」だの、そういうことが全て、ただ若さ故に魅力的でどうしようもなかった感覚が『RENT』に詰まっていて、抗えなかったのかもしれません。


オリジナルキャストの公演だけで何度通ったことか。

日本からの友達を何度劇場に送り込んだことか。

未だに、音楽が聞こえて来るだけで「じーん」としてしまうのですが。



物事には、必ず終わりがあるのですものね。



4年に余るNY時代の思い出が、あまりにも輝き過ぎて、大切過ぎて、あきらめきれずに「いつかまた」と思いつつ、その根拠も無いし、戦略も無いし、本当のところは「どうにかしてまた」という情熱も、もう無いかもしれない。

だから、やっぱり前を向いて、「あれはもう、過ぎてしまった良い時代」と観念して、終わった時代に感謝して、次を見て行かなくてはならんのですねぇ……。

RENT、さびしいけれど、終わってくれることで、私もようやく後ろ髪を引かれていたNYの亡霊に決別できるのかも。



これからの毎年、525600分、ちゃんと自分の物差しで自分の時間の価値を測ることができますように。

1月も半ば過ぎたところですが、New Year's Resolution にかえて。


http://www.siteforrent.com/