家事にまつわるさまざまな動作を練習することにより、自分の生活を自立させることが精神的な自立も促すということのようです。
モンテを知らずとも、幼児期の実体験が大切だといわれる最近では、家事のお手伝いをさせることも珍しくなくなってきましたね。
わが家でもいろんなお手伝いをしてもらっています。
○ 掃除機がけ ⇒ 子どもたちがわれもわれもとやりたがるので、1歳代からやっている。
○ 食器を出す・しまう ⇒ 自分たちのスプーン・フォークの出し入れから、最近では頼まなくても私たち親の分のお箸まで出してくれるように。子ども用コップなど割れないものの出し入れもやっている。
○ 配膳・下膳 ⇒ 盛り付けたお皿をテーブルまで、そして食後は自分の使ったお皿を流しへ。大きなお皿、汁の多いお皿、割れるお皿は娘にはまだやらせていませんが、息子はAll OK。そういや食前後のテーブル拭きもやってくれてる。
○ お茶や牛乳をそそぐ ⇒ 息子に最近やらせ始めたばかり
あまりたくさん入っていない時にやらせている。○ 餃子を包む ⇒ “皮を出す係”から始まり息子は“包む係”に昇進しました
ヒダは作れないケド包んでいます。○ お米とぎ ⇒ 息子に最近やらせ始めたばかり。娘もやりたがるので交代で。
○ 野菜の型ぬき ⇒ しまじろうの型ぬきがついてきたので息子がやっている。
○ 自分の着る服の用意 ⇒ 娘はまだ上ばかり3枚持って来たりするので要確認

○ 保育園タオルの出し入れ ⇒ 自分が使うものを自分で出し、帰ってきたら自分で洗濯カゴへ。
こんなところでしょうか。
もっといろいろなお手伝いさせたい気持ちはあるのですが、わが家は包丁を使わせたりチャレンジャーなことはやってません

私は「危険だから、とやらせないのではなく、簡単なことを安全にできるよう指示してやらせてみては」と思うのですが、わが家の料理番はオットなので~台所の裁量権はオットにあります。オットは「小学生になってからやればいい」と思っているようなので、そこはおまかせ。
共働きでゆっくり手伝ってもらう時間がないというのもありますし…

基本的に食器の用意と下膳、自分の着る服やタオルの用意はマナーとして声かけしていますが、それ以外は本人たちが「やりたい!」と言いだしたときにお願いしています。
小さなお手伝いでも子どもたちの自信になってくれれば嬉しいし、やってもらったら毎回「ありがとう~!ママ助かったよ!」と言って嬉しかった気持ちを伝えています

昨日のこと。
娘とお米をといでいたら、「なんでお米がごはんになるんだろうねぇ?なんで?」。
するどい気づき

日常生活のお手伝いをしているからこそ出会える気づきですね~。
その気づきにちょっと感動した私でした

お手伝いでの体験を通して、生活上でのなぜ?なに?にも気づけるし、知らず知らずのうちに数、量、常識などを身に付けていってるんじゃないかな~と感じています。
そういえば、自分が幼少のころ、実家ではお手伝いをするとお小遣いがもらえました。
幼稚園~小学生中学年のころなので大したお手伝いではありませんが、ゴミ出し、玄関はき、階段の雑巾がけ、などで1回10円。
カレンダーに記録して、合計が月々の定額お小遣い(300円とか…)に上乗せされる仕組み。
「お小遣いのためにやる」というのはあまり好きではありませんが、「がんばったらがんばった分だけちょっとご褒美がある」というのは子どものヤル気には大事なことだったのかもしれません。
子どもたちがもう少し大きくなったら、わが家も検討してみようっと。
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