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Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん

2010年1月。30年以上住んだ東京から引越し、沖縄生活をスタート。
その沖縄に10年暮らし、『Okinawa通信』を書きました。
が、さらに、2019年10月末に、ここ、福岡市西区・糸島近くの
「伊都国(いとこく)」の地に。

伊都国つうしん 195

 

● 新潮社のPR誌 『波』1月号から

 

  今回も伊都国とはまったく関係の話です。恐縮です。

 

  『波』は、新潮社から出版される本の紹介や

  小説やエッセイ、研究、などが連載されている冊子です。

 

  その1月号に、江渕崇氏の

  『ボーイング 強欲の代償 連続墜落事故の闇を追う』

  という新潮社刊の本を、

 

   作家の恩田陸氏が書評を書いて紹介していました。

 

 

昨年年末、韓国でボーイング社の飛行機事故がありました。

当然、この冊子の記事はそのずいぶん前に書かれたものですが、

あまりの偶然、まるで予告のように感じた内容でした。

 

 

 

 

      新潮社『波』2025年1月号。

      表紙はその号の特集に登場する作家関連で

      さまざまなタッチ、トーンに変わる。

 

 

さて、上記の本の紹介内容をざっと言いますと、

 

  超優良企業であったボーイング社が、いわゆる「プロ」経営者の拝金主義、

  あるいは株主資本主義によって企業文化を変質させた結果、きちんと

  ものを作れなくなってしまい、防げたはずの悲惨な航空機事故を

  引き起こしてしまった要因を、著者が突き止めていく。

 

  著者はその遠因を、かつて20世紀最高の経営者として称され

  当時、超巨大老舗企業 GE(ゼネラル・エレクトリック)に20年君臨した

  ジャック・ウェルチにあったと見る。

  いわば「ウェルチ教」信者である門下生が、いわゆる「プロ」経営者として

  アメリカ社会に広がっていく。

 

  「ウェルチ教」が支配を強めていくボーイング社。労働組合を忌避するため

  幹部たちが創業の地を捨てる。研究費や開発費を削り、エンジニアを減らし、

  モノ作りを安く外注する。

  アメリカ連邦航空局に息のかかった検査官を置き、承認試験を通させる。

  事故にいたる過程の、安全軽視の数々のエピソードはもはやホラーだ。

 

………と。

 

 

韓国のボーンイング機の事故は、バードストライクなどまだ原因が未定です。

飛行計画や空港設備の問題など機体本体以外の問題もあるようです。

 

しかし回収されたフライトレコーダーは、衝突4分間前から記録停止だそうです。

本来あるべき2種類の記録が2種類とも記録停止ということは、

エンジンが同時に2機とも停止したことになり、それは滅多に起こらないことのようです。

 

なので、最大原因が鳥衝突だったとしても、

ボーイング社の当該機に安全対策上の問題がなかったとはいえない、のではないか、 

そんな思いになります。

 

 

● 上記の本の紹介内容にもどりますと。

 

  ジャック・ウェルチとその後継者たちが君臨した

  かつての超巨大企業・GEは今や解体されてダウ銘柄からも外れてしまった。

  株主資本主義から決別できるのか、「ウェルチ教」の呪いから逃れられるのか。

  終盤、経済学者・岩井克人氏の「会社は株主のものではない」という指摘には

  希望を感じた。

 

……と紹介者は、綴っています。

 

そして最後は、

 

  思い出す二宮尊徳の言葉がある。

 「道徳なき経済は犯罪である。経済なき道徳は寝言である」

 

……という言葉で、結んでいました。

 

 

私は、この言葉を読み、

(へえ、二宮尊徳ってこんな素敵な言葉を書いているのか)と思いました。

 

 

 

          二宮尊徳。画像サイトより。

 

 

でもすぐに、うん?と思い、二宮尊徳を検索してみたところ、

彼は江戸末期に暮らし、没年も明治維新以前です。

 

「経済」という言葉は、

たしか維新後に、エコノミーを翻訳した言葉のはず。

調べてみたら、福沢諭吉が作ったとされています。

とすれば当然、二宮尊徳はその「経済」という言葉は知らなかったはず。

 

 

たぶんそのような意味のことを語っていたので、

二宮尊徳本人の言葉だと後づけしたのかもしれません。

 

 

 「道徳なき経済は犯罪である。経済なき道徳は寝言である」

 

  素敵な言葉です。

 

 

 

             1月9日 街なかでも雪が舞い

             山のほうには少し積もっている。

 

 

 

 

 

    1月10日朝、起きたら雪が積もっていた。

    クルマの上は1センチほど。

    道には積もってなかったので、

    出かけることはできた。寒い。 

 

 

 

 

伊都国つうしん 194

 

 

● 福岡市の三が日は、穏やかな晴れがつづきました。

 

   私の正月は、まさに寝正月。

   とくに元旦は、前夜大晦日から年明け夜明け近くまでの酒。

   そのせいもあり、起床は昼過ぎ、お屠蘇代わりの日本酒で、

   さらに眠くなり ………1月元旦、起きていた時間は数時間か(笑)。

 

 

ま、二日もそれほどではないにしろ、やはりよく寝てました。

三日にようやく少しはましになったかな、、、そんな三が日でした。

 

 

いつものように大した話題もないので、年末年始の写真の羅列です。

 

29日だったかいつものホームセンターでしめ飾りを ……と行ったら、

なんと門松しかなかった ………不思議、なので、スーパーで購入。

 

 

           例年とはちがい、

           こんな可愛らしいしめ飾り。

 

 

            30日に、いつもの毛ガニが届く。

             ここ数年の不漁で、高いし小さい。

             が、一年に一度の贅沢。

 

       糸島日めくりも最後の一枚。

 

       例年どおり糸島在住の友人が、

       今年の日めくりを届けてくれる。

 

         1月元旦の日めくり。

 

 

             元旦。二人とも昼過ぎに起き、

             ナミさんがおせちを用意し、

             私が神棚にお供えをする。

 

               和室床の間の掛け軸も

               正月らしく富士山に。

 

             前述のように少しまともな

             3日に近くの二宮神社に初詣。

             小さな神社なので、3日昼でも

             人はまばら。海が借景。

 

               二宮神社に行く途中、

               今津湾ビーチ沿いを10分ほど歩く。

               やはりウィンドサーファーが

               何艇が出ていた

               (写真で小さいから見えないかも)。

 

             例年なら12月に咲き始めていた

             わが家の寒椿。

             今年は1月56日頃ようやく

             いくつかが咲いてくれた。

             やはり昨年の異常な長い夏の

             影響かもしれない。

 

 

 

 

 

伊都国つうしん 193

 

 

● 元旦、二日、三日と、悲惨な災害、事件、事故で始まった今年。

 

   いったいどんな年になるのだろうと、

   私の人生でもおそらく初めてだろう暗い正月でした。

   能登ではまだ辛い思いをしている方も多いでしょう。

 

   そんな始まりの一年でしたが、世の中としても私個人として

   モロモロありましたが、もう新しい年を迎える時期になりました。

 

 

今日は1224日、クリスマスイブですね。

神道のなんちゃって信者の私は、当然、クリスマスは関係ありません(笑)。

 

ナミさんが何日か前、近くのドイツパン屋さんから

シュトーレンを買ってきた以外、クリスマスらしい行事はなし。

 

ただ、いつものように玄関だけは、10日ほど前から

クリスマスの雰囲気になっています。

 

このブログを長くご覧の方は何度も見ている絵でしょうが、、、

こんな感じです。

 

 

わが家の玄関をあけると正面には………

 

 

     

     一番上は信州・上田に住む朋友が、

     毎年酉の市に東京目黒大鳥神社で買い、

     わが家に送ってくれる熊手。

     その下は、熊野三山・速玉大社の護符。

     そして今年の干支土鈴などとともに

     ヨガするサンタやクリスマス飾り。

 

 

 

     それが夜になるとこんな感じで光る。

 

 

 

             こちらは玄関右手の棚上。

             上にコロナが始まったときに

             沖縄の友人から送られた護符。

             沖縄の玄関でも守ってくれたシーサー、

             ハワイで買った熱帯サンタ(笑)など。

 

 

 

伊都国つうしん 192

 

 

● 恥ずかしながら、これをずっと「あぜん」と読んでいました。

 

 

   なぜなのか分からずなのですが ……。

 

   今回も伊都国とは関係のない話です。申し訳ないです。

 

    さて、このタイトルに書きました「呆然」、「ぼうぜん」と読みます。

    それを知らずにずっと「あぜん」と読み、書いてきたわけです。

    ま、「ぼうぜん」と「あぜん」は感情的に似たところがあるわけすですが……。

 

 

似たところがあるとはいえ、

「ぼうぜん」は、私自身の思いというか考えでは、

自分自身を失うくらいの放心、という感情です。

 

対して「あぜん」は、あきれた!という感じで、自分自身を失うほどではない、

そんなふうな思いをずっと感じていました。

 

つまり「ぼうぜん」のほうが、自分にとってはとても強い感情という思いです。

 

そんなわけでその「ぼうぜん」が、「呆然」の「呆」のような、まるで、

なんなのこの字………という、ちょっと呆れるような字。

あ、いま「あきれる」と打って変換したらこの「呆」」が出ました。

 

ということは、呆然とは、あきれること、だったのですね。

 

 

ちなみに、「あぜん」という字はというと、「唖然」です。

「唖然」の「唖」は、これは聾唖の唖、言葉がでない話せないという意味です。

 

 

私は、先にも書きましたが、長いこと「呆然(ぼうぜん)」を「あぜん」と思っていました。

個人的にはこれまでの経験で、「あぜん」としたことは何度もあっても、

「ぼうぜん」としたことはあまりないと思う。

先ほども書いたように、「ぼうぜん」のほうが強い印象がありましたから、

そこまであきれ返って自分を無くするほどの経験はなかった、と思います。

 

とはいえ、「あぜん」「ぼうぜん」についてのこれは私自身の思い込みですね。

 

 

ネットでは、唖然(あぜん)呆然(ぼうぜん)の違いについての情報が結構ありました。

つまりみんなよく分かってないからなのでしょうね。

とりあえず、その一部を紹介しますと。

 

唖然、呆然は両方とも、あきれてしまうことですが、

唖然は、あきれてものが言えない。

呆然は、あきれて何もできない

 

……だそう。どこに違いがあるの?(笑)。

 

ちなみに、唖は、先ほどのように、聾唖の「唖」、話せないですが、

呆然の。呆は、痴呆の「呆」、ぼんやりしている、ということのようです。

 

みなさんは、この「あぜん」「ぼうぜん」の違いをどう思いますか?

そして、「あぜん」の字が「呆然」「唖然」、どちらがふさわしいと思いますか(笑)>

 

 

 

                あぜん 

                画像サイトより。

 

 

 

                 ぼうぜん

                 画像サイトより。

 

あぜんと比べると、画像サイトにでている写真が圧倒できに少なかった。

つまり「あぜん」は顔にしやすいけれど、「ぼうぜん」はなかなか顔にしにくい、

あるいは写真として撮りにくいのかもしれない。

 

 

 

ここまで書いてきても、

やはり私には、「あぜん」は「呆然」の文字のほうが当たっているのでは、

と思ってしまいます(笑)、たぶん、字画数の少なさ、文字面からだと思うけれど、

それらによる、この思い込みの激しさですね(笑)。

 

 

 

伊都国つうしん 191

 

 

● そう名づけられたおでんがあること、知りませんでした。

 

 

  「静岡おでん」というもの、ご存じでしたか?

  出汁が黒くて、食べるときに青のりやだし粉をかけるのが特長のよう。

  だし粉というのは、魚を粉末にした粉のことらしい。

  具材の中に黒はんぺんがあるのも特長のようです。

 

 

なぜ、この年齢になって初めて「静岡おでん」なるものを知ったか。

実は、その存在は知っていましたが『孤独のグルメ』というTV番組、

そのシーズン1が、アマゾンプライムの配信にあったから見たのです。

 

なぜ見る気になったといいますと、

現在、日経新聞夕刊で、この『孤独のグルメ』の主役を演じている松重豊(敬称略)が

週一でコラムを書いているのですが、その中で『孤独のグルメ』の映画版の話が出て、

ちょっと気になっていたところ、ちょうど配信を見つけたわけです。

 

 

私はそのシーズン1(なんと2012年というから12年前のものです)の中から

5、6話、見たでしょうか。 

個人貿易商を一人でやっている主人公が、営業や注文取りも含めてあちこち外出し、

その外出先で、昼に腹が減ってたまらず、その地のお店に入って、食べる ………。

 

 

 

     孤独のグルメ 画像サイトより。

     主役の松重豊

 

 

基本、大したドラマというか物語はなく、ただひたすら店を見つけては食べる。

それもその地の有名店などではなく、いわゆる町中華や定食屋、和食屋などなど。

 

お店とのタイアップなのかと思ったのですが、どうもそんな雰囲気はない、

ある程度下調べはしているのでしょうが、いわゆるB級C級グルメ的な感じです。

ただし、それは卑下しているわけではなく、私自身、B級C級グルメ好きなので、

なかなか面白いというか、行ってみたくなる、そんな番組です。

 

その確か、3話目だったと思いますが、

その日、主人公は仕事で江戸川区の西葛西駅を降ります。

仕事をすませ、お決まりのように急に腹をすかせ、店を探しますが、なかなかない。

そういう場所なのでしょう西葛西は、きっと。

 

で、カフェを見つけ、仕方がないという感じでそこに入ります。

そのなんと、東京江戸川区・西葛西の地のカフェで「静岡おでん」に出会うのです。

 

カフェをやっている女主人が静岡出身で、郷土の味を出してみたいと始めたとのこと。

TV番組内では、女主人は役者が演じてますが、お店も静岡おでんの話もこれは実話です。

 

 

で。

前段が長かったですが、ここで私は、初めて「静岡おでん」なるものを知ったわけです。

黒はんぺん、牛筋がその店の売り、とのことです。

松重豊の食べっぷりもあり、どうしてもその「静岡おでん」が食べたくなってしまった(笑)。

 

 

昨年10月に、結婚式に招かれた静岡のMちゃんから情報収集などをして、

取り寄せたのが、これ。

 

 

           静岡おでん

 

 

具材が10種類入って出汁や青のりとだし粉がついて2セットで、

いくらだったか憶えていないけれど、そこそこいい値段でした。

 

で、味は。

私は、昔からはんぺんちくわなど練り物が苦手、なのです。

なので、練り物以外、大根やこんにゃく、牛筋、たまごなどは、

とてもおいしくいただきました。

 

だから今度静岡に行く機会があったら、必ず、静岡おでん屋さんに入り、

私の好きなものだけを食べてきたい、そう思わせてくれました。

 

 

 

        126日夜の月。

         三日月ではなくたぶん五日月か。

         右下に光るのは金星。