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Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん

2010年1月。30年以上住んだ東京から引越し、沖縄生活をスタート。
その沖縄に10年暮らし、『Okinawa通信』を書きました。
が、さらに、2019年10月末に、ここ、福岡市西区・糸島近くの
「伊都国(いとこく)」の地に。

伊都国つうしん 51


● 今回は、伊都国とは関係のない話です。 少し長くなります。


  「自閉症の僕が跳びはねる理由」。
  東田直樹という、当時13歳の自閉症児が書いた本のことです。

  実はこの春、ナミさんが 「僕が跳びはねる理由」 という映画があり、
  福岡でもやっていてもうすぐ終わるから、ぜひ見たいと言ってきました。

  私はそれを聞いて、
  ずっと以前に見た (2014年だったらしい) NHKのドキュメンタリーを思い出しました。

  イギリスに住む作家デイヴィッド・ミッチェル (妻は日本人)、子供の一人が自閉症で
  その子の心が理解できずに苦しんでいた時、この本に出会い、まさに光明を見つけます。
  そして妻と翻訳し、その本 「The Reason  I Jump」 は世界的なベストセラーとなります。

 
 2014年に私が見たドキュメンタリー 「君が僕の息子について教えてくれたこと」 では、
 デイヴィッド・ミッチェルがその本との出会いや息子の話を中心に、実際に日本に来て、
 東田直樹さんに会っていました。

 ナミさんから話を聞くまで忘れていましたが、
 ずいぶん以前のことなのにドキュメンタリーの内容はすぐに頭に浮かんでくるほど、
 強い印象を受けた番組だったのです。


 なので一緒に、映画 「僕が跳びはねる理由」 を見、
 さらに読んでいなかった 「自閉症の僕が跳びはねる理由」 を読み、
 改めて、強い衝撃を受けたのでした。



 

      「自閉症の僕が跳びはねる理由」 角川文庫
      東田直樹著
      デイヴィッド・ミッチェルにより英訳され
      ベストセラーなり、現在では世界30言語に
      翻訳されているという。


      本は、13歳の重度の自閉症児が、
      自閉症児が行う特殊な言動についての
      質問に応えるという形で書かれている。
      自分で考えたのだろう、58の質問がある。
      答えが1~2pにわたって書かれていて、
      巻末に、彼自身の書いた
      「側にいるから」 という短編小説がある。
      これもすばらしい。


      本の解説をデイヴィッド・ミッチェルが書いている。

      それによると、海外のコメンテーターなどが、

      こんなに雄弁な文章が書ける人が

      重度の自閉症であるはずがない、

      高機能アスペルガーなどかもしれない、

      言っていたという。



コミュニケーションがとれない自閉症の東田直樹さんが本が書けたのは、
母親と本人の根気と努力の積み重ねで、筆談による会話ができるようになったからです。
それは映画でも、
アルファベット文字盤を使って、ぎこちなくも会話をしている様子が描かれている。



● 改めて強い衝撃を受けたのは、想像を絶する彼らの人生です。


   自閉症の人たちは、自分の体 (脳を含めて) と 常に闘わなければならない人たち、だ、
   ということがわかります。それは辛く、絶望的にもなる闘いです。


 自分の体と闘う …… 私も含めて健常体 (普通体?) の人にはなかなか分かりにくいと思う。

 (今私が使った健常体ということについて、彼自身は本の中で、単に 「普通」 と言っています。 
 「僕たちは、自閉症でいることが普通なので、普通がどんなものか本当は分かっていません」 と)

  私自身では、
 以前テレビで見た、東工大准教授・美学者の伊藤亜沙氏の話を思い出します。
 彼女は子供の頃から吃音とのこと。
 自分の吃音について、それを意思と自分の体との葛藤、闘いという意味のことを言っていました。

 同じ人間なのに、向き合わなければ生きていけない体と意思との軋轢を持っている人がいる、
 と、改めて知ったことがありましたが。

 あるいは病いのため自分の体が思うようにならない、体が意思に反抗して歪んでしまう、
 という人も世の中には少なくありません。

 しかし、自閉症の人たちの体 (あるいは脳) との闘いは、それとは大きく異なる、
 まさに想像を絶する苦悩であることがわかります。




● いったいどういう、体(脳) との闘いなのか?


「いつも同じことを尋ねるのはなぜですか?」 という設問の答えに、


  どうしてかと言うと、聞いたことをすぐに忘れてしまうからです。
  物事が分かっていないわけではありません。記憶の仕方が、みんなとは違うのです。
  よく分かりませんが、みんなの記憶は、たぶん線のように続いています。
  けれども、僕の記憶は点の集まりで、いつもその点を拾い集めながら、
  記憶をたどっているのです。


記憶については、昔の記憶もついさっきの記憶も、まったく並列だと言います。

  バラバラの記憶が、ついさっき起こったことのように頭の中に再現される。
  突然の嵐のようにその気持が思い出される。
  思い出すことは、いやな思い出ばかり。

  僕たちのように、いつもいつも人に迷惑をかけてばかりで誰の役にも立てない人間が、
  どんなに辛くて悲しいのか、みんなは想像もできないと思います。
  何かしでかすたびに謝ることもできず、怒られたり笑われたりして、
  自分がいやになって絶望することも何度もあります。
  僕たちは、何のために人としてこの世に生まれたのだろうと、
  疑問を抱かずにはいられません。


そして会話が成立しないことについて、
言いたい言葉と口から出てくる言葉がまったく違うのだ、と言います。

  相手の言っていることが分からないのではなく、自分が答えようとする時に、
  自分が言いたいことが頭の中から消える。
  この感覚が、普通の人に理解できないと思います。

  思いはみんなと同じなのに、それを伝える方法が見つからない。
  自分の体さえ自分の思いどおりにならない。


筆談という方法から始めて、ようやく、頭の中の言いたいことを伝えられるようになった。
現在は、文字盤やパソコンによる方法によって、自分の思いを伝えられるようになったといいます。



「どうして耳をふさぐのか?」 という設問。

  音がうるさいというのではなく、気になる音を聞き続けたら、
  自分がどこにいるのか分からなくなる感じなのです。
  その時には地面が揺れて、周りの景色が自分を襲って来るような恐怖があります。
  だから耳をふさぐのは、自分を守るためにする行動で、
  自分のいる位置をはっきり知るためにやっている。


  手足がいつもどうなっているのかが、僕にはよく分かりません。
  僕にとっては、手も足もどこから付いているのか、
  どうやったら自分の思い通りに動くのか、まるで人魚の足のように実感のないものなのです。


「いつも動いているのは。」

  じっとしていると、まるで体から魂が抜け落ちてしまうような気がするのです。
  不安で怖くていたたまれないのです。
  じっとしていると、本当に自分はこの体に閉じ込められていることを実感させられます。
  とにかく、いつも動いていれば落ち着くのです。



ほかにも、私たち「普通」 には、理解や想像できにくいことが、たくさん並んでいます ……。



 

                こちら映画 「僕が跳びはねる理由」。
                監督:ジェリー・ロスウェル
                私らは福岡市のKBCシネマで見た。
                いわゆるインディーズ系の映画館のよう。


                ジェリー・ロスウェル自身、自閉症の子供を持つ。
                イギリス、インド、アメリカほか世界各国の
                自閉症児と親たちが出演している。

                自閉症の人たちが感じる、部分から全体へという
                視覚、聴覚、触覚、記憶が
                彼らと同じように感じられる映像や音響で
                制作されている。
                彼らの感覚、人生が共感できるような作品だ。




● 長いついでに、最後に。

「跳びはねるのはなぜですか?」 という設問。  (改行は私)


  僕が、ピョンピョン手を叩きながら跳びはねる時、
  一体どんな気持ちだと思いますか?
  すごく興奮しているから、何もわかってないと思われているでしょう。
  僕は跳びはねている時、気持ちは空に向かっています。
  空に吸い込まれてしまいたい思いが、僕の心を揺さぶるのです。

  跳んでいる自分の足、叩いている時の手など、
  自分の体の部分がよく分かるから気持ち良いことも、
  跳びはねる理由のひとつですが、最近もうひとつわかったことがあります。

  それは、体が悲しいことや嬉しいことに反応するのです。
  何か起こった瞬間、僕は雷に打たれた人のように体が硬直します。
  硬直は、体が硬くなることではありません。
  自分の思い通りに動かなくなることです。
  縛られた縄を振りほどくように、ピョンピョン跳びはねるのです。

  跳べば、体が軽くなります。
  空に向かって体が揺れ動くのは、そのまま鳥になって、
  どこか遠くへ飛んでいきたい気持ちになるからだと思います。
  自分に縛られ、他人に縛られ、僕たちは籠の中の鳥のように、
  ピーピー鳴いてバタバタと跳びはねるしかありません。
  どこか遠くの青い空の下で、僕は思いっきり羽ばたきたいのです。







 

伊都国つうしん 50


● 前回につづき地元探訪の話です。


   伊都国歴史博物館は、糸島市井原という所にあります。
   糸島の東隣、福岡市西区のわが家からクルマで30分弱の近さです。
 
   福岡市と糸島市は北側が海に面し、南側は背振山脈など山の壁があります。
   伊都国歴史博物館は糸島半島のかなり山側。

   この、糸島半島の山側は昔から 「怡土 (いと)」 という地名です。
   そして海側はこれも昔から 「志摩 (しま)」 という地名。

   この 「怡土 (いと)」 と 「志摩 (しま)」 の、両方で糸島、
   ということなのだろうと想像していますが、
   しかし糸島半島という地名も古くからあるようで、どうもイマイチ不明 ……。

   しっかり確認してみようと思いつつ、なぜかそのまま。
   今度、調べてみます。


というわけで、近くにあり行こう行こうと思っているのに、これもそのまま だった(笑)。

さて。
実は前回の唐津・曳山展示場訪問よりも以前、連休前に行ったのでした。
なぜかその後にちょっとした予定を入れていたこともあって、
滞在時間は1時間半ほどだったのですが

それがとても残念で、馬鹿な予定を入れたな、
もっともっと長く居て、いろいろ詳しく見たいなぁと思ったのでした。


伊都国歴史博物館、
基本は、伊都国から出土した土器や鏡などの陳列です。
とても美しい勾玉も数多くあった。
そして、た~くさん国宝が並んでいるのです。

なので古代史に興味がない人だと、なんの面白みもないかもしれませんが、
古代日本の中で、最も海外から新しい情報や物品がもたらされ土地、
いわば日本の歴史文化の黎明期となっている土地ですから、
とっても興味深いのでした。

いずれまたしっかり時間をとって、訪れてみようと思っています。


ということで以下は写真の羅列ですが、伊都国歴史博物館の一部を。




 

                歴史博物館にふさわしい建物だな、
                と思って近づいたら
                こちらは旧館で入り口はこの裏の
                新館のほう、と書かれていた。




 

                       こちらが新館。
                       雰囲気が全然ちがうし、
                       これほど大きな建物だとは思わなかった。
                       中に入って、国宝がたくさんあるのを知り、
                       なるほどそれでこの立派な建物 ……かと。




 

                          これが入り口。
                          私は年齢的に無料でした (笑)。
                          広い建物の中に1時間半居て、
                          入場者は私以外に2人だった …。




 

                       入ってすぐの部屋にさっそく
                       古墳時代から出土した土器が。



 

                      前期とこの後期、
                      2~3世紀ほど差で、
                      土器の完成度や質の違いがわかる。

                      (この間の中期も展示されている)



 

                      こちら同じ時代の王の墓から。
                      この並べられた2つの瓶の土器に
                      遺体が入っていた。
                      その大きさに驚く。つまり、
                      いったいこの大きな土器を
                      どうやって焼いていたのだろう … と。



 

                     古墳時代の糸島半島の地図に、
                     当時の古墳が見つかった場所が
                     示されている。この多さ!

                     そして下の現在の糸島半島の地図と
                     比べるとよく分かるが、
                     半島半ばが両方からえぐれている。
                     つまり以前は海だった。




 

                    こちら現在の糸島半島。
                    (画像サイトより)
                    自然か人工か、埋め立てられている。
                    あっ伊都国歴史博物館も表示されている。


                    実は、現在のハザードマップで、
                    かつて海だった部分が浸水地帯と
                    表示されている。
                    最初それを見て、
                    海より離れた内陸地なのにどうして?
                    と不思議だったが、
                    しばらくして昔の状態を知って合点した。
                    現在でも標高は、
                    例えば海にすごく近いわが家付近より
                    かなり低いのだ。




 

                  伊都国からはたくさん鏡が出土している。
                  その一部が最大級の大きさのものまで含めて
                  展示されている。国宝が多い。




この、古墳から出土した鏡、テレビなどでもやはり写真のように飾りの部分を見せている。
なのでどうも、鏡と言われても ……… といつも思っていた。

それがとてもよく分かるものが展示されていた。
現在の陶工が制作したレプリカだ。




 

               これを見ると、
               裏の飾りそして表の鏡面が、
               なるほどこうだったんだろうなぁ
               とよくわかる。





今度は旧館のほうも含めて、じっくり楽しもうと思っています、ハイ。
(若いときだったらきっとほとんど興味なかったろうと思います (笑))







 

伊都国つうしん 49


● 連休明けに、唐津市の曳山展示場に行ってきました。

   福岡県に3度めの緊急事態宣言がでる直前、
   佐賀県唐津市に出向き (といってもクルマで1時間ほど)、
   唐津くんちの曳山展示場を見てきました。

   実はこの展示場、改装されることが決まっており、
   臨時展示場へと移動するため、すべての曳山が屋外で曳かれる
   それが楽しめる行事が5月16日に予定されていたのですが、
   感染拡大のために、中止となったのです。

   旧知の友Seさんから、情報を得ていました、
   (絶対見てきたほうがいい!) と。


   そしてまた、糸島市に住む昔の仕事仲間、唐津出身者から、
   「唐津くんちは絶対見てもらいたい!」 と言われていたのです。

   私らが一昨年10月末に福岡市に越してきたときは、
   越したばかりで行けなかったし、昨年は新型コロナで中止になったし。



そんなこんなで、私自身もとても興味があり、曳山展示場へとクルマを走らせたのです。

曳山展示場は唐津市内にあり、大きな松浦川沿いの広々した空間を走りながら、
右手にある唐津城を間近に通り過ぎます。

唐津は、以前に名護屋城跡を訪れていらい2度めですが、
なかなかいい街だなぁ、と思いました。


● さて、曳山展示場。 外観は撮り忘れたので画像サイトより。



 

                        曳山展示場。
                        さすがに連休明けのウィークデイ。
                        この情勢下ということもあるのか、
                        私が居た1時間あまり、
                        入場者は私一人だった。
                        おかげでマスクを外せて
                        眼鏡をかけゆっくり見ることができた。




唐津くんちの曳山は、もともと15台あったらしいですが、現存しているのは14台。
その14台がすべて展示されています。


その14台の曳山すべて素晴らしい。

1番 (1番最初に作られた) の江戸・文政2年 (1819年) から、14番の明治9年 (1876年) まで
幕末近くから明治の初めにかけて作られたもののようです。

例えば、京都祇園祭の山鉾のような、歴史 ・伝統 ・豪華 ・品格 ・絢爛 ・雅さ ……とは、
真逆といっていいほど異なり、
意匠デザインの奇抜さ ・派手さ ・賑やかさ ・騒々しいデフォルメ ……… (全くの私見です)。

つまり、唐津地元民のエネルギーの塊のようです。


お祭りですから、山車は、どこでもその土地の住民のパワーの発露なわけですが、
それが唐津くんちの14台の曳山の “ 顔 ” には、
もっとも色濃く、可笑しみや笑いや興奮とともに溢れ出ているように見えます。

そのパワーが、

シーンとした展示場の中で、たった一人でガラス越しに見ている私に、
14台の曳山それぞれから伝わってくるのを感じました。

日光東照宮を初めて見たとき、あのキッチュなすごさに感動したのと

近い感情なのかもしれない。


14台すべて写真に収めたのですが、何しろガラス越しだし下からの角度なので、
私の感じたものが伝わらないと思いますが、一応、何点か並べてみます。



 

              1番曳山 赤獅子(刀町)


 

                 9番曳山 武田信玄の兜(木綿町)から
                 8番曳山 金獅子(本町)、7番曳山




 

              5番曳山 鯛(魚屋町) 



 

             展示場にあったポスター
             こういう風に曳山巡行される。

             唐津くんちは、
             毎年、曜日に関係なく、
             11月2日・3日・4日に
             行われるようだ。



 

                       曳山展示場のパンフレット。
                       獅子や鳳凰、龍のほかに、
                       ○○の兜とか、鯛とか鯱とか
                       亀と浦島太郎とか、ある。



今年は、ちゃんと見られるのだろうか………。

 

伊都国つうしん 48


● 今回は、伊都国とはまったく関係がない、ごく個人的な話です。

   なので、関心のない方はどうぞ飛ばしてください。



昔から記憶力は、いいほうではなかったのですが、それにしても。


あ、あれって何んて言うんだっけ、何んていう名前だっけ ……
その単語、名前、言葉に限って、たびたびこういうことがある。
なぜか、覚えられない。

あまりにたびたびあるので、呆れてしまう。
覚えよう、記憶にとどめようとしても、また、思い出せなくなっている、
どうしてなんだろう ………。


そんな、なかなか覚えられない言葉って、ありませんか?


今年になってのある日、やはりそんなことがあって、
どうにかやっと思い出した時、そうだ、メモっておこう、そうすれば思い出せるだろう、

と、私のPCのデスクトップには 「覚えられない単語」 というメモのファイルがあります (笑)。

いくつか貯まってきたので、ご披露を (笑)。


他人が覚えられない単語の話を聞いても
何の得にもならないし、面白くもないでしょうが、

「覚えられない単語」 の共通性や関連性、何かあれば、それにお気づきでしたら、
ぜひお教えください。

私自身いろいろ考えてみているのですが、どうも私の脳の、ある種のクセについて
まだよく分からないのです。



● ということで、私の 「覚えられない単語」 のいくつか。


 ・………… って、やっぱり思い出せない (笑)、 ファイルをみます。

  「ラッシュガード」 

   ウィンドサーフィンをやる私には、夏は必需品なのですが、
   会話の中でこの単語を使おうとして、いつもいつも思い出せない、出てこない。
   思い出そうとしても、結局一日思い出せないことがある。

   覚えられない言葉の中で、使う頻度が多いのに出てこない単語の筆頭ですね。



・ 「大宜味村」 (おおぎみそん)

  沖縄北部、ヤンバルと言われているエリア西側にある小さな村の名前。
  何度か行ったり通過したことがある程度。でも、
  沖縄の話の中でときどき出ることがあるのですが、これが思い出せない。
  「座喜味」 (ざきみ) だったり、「宜野座」 (ぎのざ) だったりは出てくるけど、
  「大宜味」 (おおぎみ) が出てこない。


・ 「オノマトペ」

  じんじん ヒリヒリ  ふっくら ニコニコ  もっちり ワンワン ……

  いわゆる擬声語ですね。
  ギリシア語からきている言葉らしいですが、
  これ、「オノマトペ」 だったか、「オノマペト」 だったか、
  いつも思い出せない。

  まこれは、単純に外国語だし、もともと覚えにくい言葉だし、
  という理由があるかもしれない。



・ 「テレンス・スタンプ」

  イギリスの俳優です。もう80歳を超えているはず。
  基本的に脇役が多いですが、主役級の映画では
  「プリシラ」 「イギリスから来た男」 「私家版」 などがある。

  大好きな俳優の一人で、こういう爺さんになりたい、と思っています。

  それほど好きなのに、どうしてか覚えられない (笑)。
  いつも思い出すときには、出演作のほうからネット検索で調べるのです。
  まったく。


・ 「コリアンダー」

  別名パクチーの香草ですね。
  パクチーのほうはまだ、思い出すのですが、
  あれ、何んだっけ …… と、いつも出てこない単語です。

  これも好きなのに、どうしても出てこない。



● ところで、これとはちょっと違いますが、記憶にまつわる話をもう一つ。


  クルマの中でかけていたCD、ジャズピアニスト、バド・パウエルの、
  ある有名な曲が流れていて、「あれ、この曲名何だっけ ……」 と思い出せず、
  赤信号の時にケースを見て 「クレオパトラの夢」 だったのですが。


この時、「クレオパトラ」 というエジプト女王の名前が、「あれっ?」  だったのです。

どう 「あれっ?」  なのかというと、
これまでは不思議にも何とも思わなかったのに、この 「クレオパトラ」 という名が、
本当にそうだったかどうなのか、脳の中で曖昧になっている ……。

くれお ぱとら ?  くれおぱ とら ? ……… という感じで、

まったく、名前としての意味を成さなかった。


自分で書いたある漢字が、合っているのに、

どうもその漢字に思えないことって、あると思いますが、

たとえば 「非」 という漢字、自分で書いた文字をじっと見れば見るほど、

それがそう見えなくなってくる ………、というような。

そんな感覚と似ているのかもしれない。


いまはもう、「クレオパトラ」 はずっと以前から知っている 「クレオパトラ」 に
戻っています (笑)、  変な感じはしません。


こういう、記憶と、いまの聴覚や視覚とのズレって、私だけなのかな。



● 話は変わり。

    先日、スーパーで見たこんなもの。



 

                      さけ こんぶ 明太子 
                      3つの具が入ったというおにぎり。
                      思わず買ってしまいました。




で。 どんな風に具が入っているのだろう ? 
赤・ 黄・ 緑の信号機のように、具がごはんの中に並んでいるのだろうか、と
楽しみにしてカットしてみたところ ……




 

                       こんな風に、
                       真ん中に一緒になっている。
                       なんか、残念 (笑)。









 

伊都国つうしん 47


● 毎月末になると、郵便受けに 「今宿タイムス」 が。


    このエリアだけに無料配布しています。
    地元のニュースや話題のみ。ずいぶん長い歴史があるようです。


4月末に届いた今宿タイムスの主な記事は、

このエリア内の小中学校の入学式、同じく小中学校に新任した校長や教頭のあいさつ、
そしてエリア担当消防署の新署長のあいさつ。


さらには、小中学校に新任あるいは転任した、先生たちの名前と前任校や転任校の紹介。
まさに地元密着。


またここ数か月は、昔の今宿タイムスに載っていた記事の紹介コラムがあり、
今回は ………

13年前の 「猪騒動てんまつ」、
どうやらこの周辺にイノシシが現れたのですが、
それが見た人によって、数頭だったり1頭だったり、場所も全然別なあちらこちら ……。

その、前フリとして書かれていた記事に、びっくり!!





 

                    今宿タイムス 4p
                    きっと専任で取材・編集・執筆している
                    人たちがいるのでは、と思う。





びっくり、なのは。
つい数年前に (平成30年(2018)11月とある) 今宿駅前でイノシシが出たこと!
 

今宿駅前で、スーツ姿の男性に猪が体当たりした映像ニュースが流れ、話題になったらしい。

    映像では体当たりした後もしつこく男性を攻撃する猪が映っていて、

    野生動物の怖さをしりました。 とても笑える話ではありません。

……… と書かれています。


ええっ。
今宿駅といえば、私らもときどき利用するし、駅前はクルマでしょっちゅう通るところ。
駅舎はまぁ田舎っぽさがあって、いい感じなんですが、しかしまさに街中なのです。



 

                  以前にも登場した今宿駅。
                  この駅前でイノシシに体当たりされ、
                  しつこく追い回されたら、怖いよぉ。




イノシシといえば、
こちらに越してくる前、家探しでクルマで糸島をまわっていたとき、
半島ぞいの山道で、イノシシがのっそり佇んでいるの見て
「おっイノシシだぁ」 と、叫んだことを思い出しました。  でも、それは山の中です ……。



● 話は変わり。   「うどんMAP 」

  福岡といえば博多ラーメン、という印象があるが、実は 「うどん文化」 なのだ
  という話を、以前したことがあると思います。

ある所で時間待ちをしていたときに、目に入って、思わず写真にとりました。


 

           うどんMAP  第4弾とある (笑)。
           膝の上にのせて撮ったので、
           こんな写真に。



ラーメンや日本蕎麦でこういうムックを見たことは何度もあるけれど、
うどん専門のムックを見たのはたぶん初めてじゃないだろうか ………。

つまり、福岡はうどん文化、なんです、やはり、ハイ。

もちろん、私見ですが。