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Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん

2010年1月。30年以上住んだ東京から引越し、沖縄生活をスタート。
その沖縄に10年暮らし、『Okinawa通信』を書きました。
が、さらに、2019年10月末に、ここ、福岡市西区・糸島近くの
「伊都国(いとこく)」の地に。

伊都国つうしん 96


● 天気予報で30度とあったので、覚悟はしてましたけど。


   実際には31度となったようです。
  



   私も今年初めて、短パン姿となりました。
   上はTシャツですが、いつもの夏のようにラ族になりたいと
   思ったほどやはり暑い一日でした。





今回も、伊都国での最近の日々……です。



沖縄時代から、毎年この時期になると和歌山・新宮のYちゃんから

無農薬の青梅が届きます。
私はそれを毎年、沖縄では泡盛を、そしてここ福岡では焼酎に漬けます。
安い酒が、とてもいい味になります。

そしてもうひとつ、いつものように梅酵素ジュースを仕込みます。
これ、冷たい炭酸で割ったり水で割ると、暑い夏の最高の飲み物になります。





 

         5月31日に青梅が7キロばかり届く。
         ナミさんが毎年漬ける梅干し用には
         後日、黄色になった梅が届く予定らしい。



 

           梅酵素ジュースの仕込み。
           1.5キロずつの青梅、ヘタと取ったあと、
           包丁で十字に切れ目を入れたものを。
           そこに白砂糖を梅の1.1倍の量入れる。
           あとはときどき砂糖をかき混ぜるだけ。
           2週間ほどですっかり液体になる。

           写真は仕込んだ翌日なので、左瓶の砂糖は

           切れ目からの梅エキスですでに溶けかかっている。
           右は
           芋焼酎2種、1.8リットル1000円程度の、に、
           洗って乾かしヘタを除いた青梅を、
           それぞれ1キロずつ。
           そこに少々の氷砂糖を加える。





 

         わが家の駐車場わきにある柿の木。
         以前の住人が植えたものらしい。
         毎年秋になるといくつか柿を収穫してる。
         その様子は以前ブログでも紹介した。
         6月になったばかりだが、
         こんなふうに、花のあと、実をつけている。
         今年は何個収穫できるだろうか。楽しみ。





● ケータイ更新の話。

私は、ケータイをいつも携帯し忘れる、という人間です(もちろん仕事時代は違いますよ)。
そんな人間なので沖縄時代ではガラケーで十分で、月々の通信料は2,000~3,000円台。

それが、ガラケーはいずれ使えなくなるという通知が来たので、
やむを得なく福岡に来て、初めてスマホを持ちました。
それでもよく携帯し忘れるので、ナミさんからも呆れられます。
通信料は、3,000円台から4,000円台、ときどき5,000円台でした。

そんな私なので、現在使っているスマホをそのままずっと使っていくつもりでしたが、
アイフォンを使っているナミさんに、現在のアイフォンが2年経過したので、
買い替えの提案DMが届いたわけです。

結果として、一番最新のカメラが搭載されたアイフォンが、
なんと現在彼女が支払っている月々の料金より安くなると知って、買い替えを決意。
その手続きをしている途中、

ちょうど2年前に一緒に、

ガラケーからスマホ(アンドロイド)に交換した私の記録を見たのでしょう。
私も同時に交換すると、手数料がかからずにすみますよ、と言われたのこと。

私には、その気はまったくなかったのですが、

ま一応、声をかけてくれたのだし、と義理を果たすように、

もし現在の月々の支払いより安くなるなら、という条件で、

話を聞きにいくことになったのです。


で。結論として、
まぁスマホの機種としては安いものなのでしょうが、その機種代も割引になり、
通信料も含めて月々支払う最低料金が、現在のものより安い、ということが分かり、

あっさり、手のひら返しで、機種交換してきました(笑)。




   

            これがそれ。
            グーグルが販売しているスマホだと。
            しかしそれまでのスマホと
            インターフェースが異なっていたり
            使い方がかなり違っていたりと、
            慣れるまでかかりそうな気がする。

            そしてなんと、
            QRコードを読み取るアイコンが
            ないのでびっくり。
            ネットで使い方を見てみたら
           (当然のように取説はないのだ)
            カメラの使い方で読めることが
            わかったのだが、
            新しいスマホにそのアイコンが
            ないことが、なんとも不思議。





 

伊都国つうしん 95


● 最高気温が28度なんて日もあります。

  つい先日、久留米市では32度超えの真夏日でした。
  福岡市はまだ30度超えはありませんが、
  いまからこれじゃあ、今年の夏はどうなるのやら …… です。


  大した話題も見つけられず、
  5月下旬の伊都国での日々、例によって写真の羅列です。



● こちらに越してきて2年半過ぎですが、
  最初の頃から、なんか不思議というか面白いなぁ …… と思っていたこと2つ。


1つは、わが家の裏側のお隣さん、アパートの一室なのですが、
こちら向きの窓はずっとシャッター半開きでレースカーテンのまま。
その間から、猫の遊び台のようなものが見えるのですが、
この2年半、夜も電気が点いているのを見たことがないと思う。
人の気配も見えません。

なので、最初は空室なのかな、と思ったり、でも猫の遊び台はあるし ……
と不思議に思っていたのですが。

なんと、ときどき、その半開きシャッターの窓から、
猫だけが、じっと日向ぼっこをしているように、こちらを見ているのです!

びっくりしますよ、本当に。
でも人の姿は一度も見たことがないのです。なんとも不思議。



 

    わが家の裏側のお隣さんアパート。
    そのすぐそばの一室。
    こうして、たまに猫だけがジッと。。。。
    私が猫を見ると、負けずに見返してくる(笑)。
    たぶん、窓に出てくるのは同じ猫だと思う。


    シャッター半開きは2年半前と同じ(と思う)。
    私は “猫屋敷” と呼んでます。




もう1つは。

車道沿いにいろいろある看板のこと。
病院の看板に限って(といってもすべての病院看板じゃありませんが)、
漫画風イラストの医師の似顔絵が描かれています。

わが家近くでよ~く見かけますし、西区以外でもあちこち見かけます。
糸島ではどうだろ …… 見かけていないかもしれない。

先日訪れた茅乃舎や伊野皇大神宮がある、福岡市の東、糟屋郡を走ってても見かけたので、
おそらく福岡県内ということかもしれません。

こんな感じです。


 

 

   面白いのは、どの看板の似顔絵も
   きっと同じイラストレーター。
   ということは、請負う広告業者が同じなんでしょう。
   もちろん女医さんの似顔絵もある。

   確かに、文字だけの看板よりは
   親しみがわくし、効果があるのかもしれない。
   でもこういう病院の看板、
   福岡に来て初めてみたので、
   なんかとても不思議で面白いと思った。




●3月11日ブログ 『覚悟をするべき時なのか』 …… の一部 後日談。


  『覚悟をするべき時なのか』では、

   ロシアのプーチン大統領が始めたウクライナ戦争について、
   これを止めるのは、ロシア側からプーチンを排斥・追放するしか方法がない、ようだ。
   とすれば、きっと長期戦になるだろうから、

   ロシアにさまざまな制裁を与えるにしても、当然、長期化するし、
   それは、制裁を与える側にも、不便・不都合がたくさん出てくる。

   するべきことは、
   その我慢、忍耐をする、続けるんだという、覚悟を決めることなのではないか。

  ……… というようなことを書きました。


残念ながら、そのとおりに事は長期化し、さまざまものが値上がりしつつあります。


その折、ここ福岡でも、
当地では、まぐろより人気がるサーモン、ノルウェー産だから市場から消えるだろう、
そして名産物の明太子も、原材料のタラコがロシア産だから、

大きに影響を受けるだろう、とも書きました。

消えるだろう …… と、NHKのロコニュースでも懸念していたサーモンですが、
その後、ロコマーケットやスーパーなどでも、
けっこう出てるようだし、価格もあまり変わらず、たぶん。
でも見るのは、ノルウェー産ではなく、チリ産やカナダ産が多い。

サーモンは、これまでのところ杞憂だったようです。

明太子は、売り場には以前と同様に出ていますし、値段もそれほど変わらない。
おそらく原材料のロシア産タラコの在庫がまだあるのでしょう。
ネットで、明太子の影響をチェックしてみても、今年3月の話題だけが多く、
その後の各メーカーや卸しの対応などについての情報が見当たりません。

どうなんでしょう、こちらはちょっと不気味 …… というところでしょうか。



 

 

      写真はいずれも
      近くのトライアルというスーパー。
      なんとノルウェー産があった(上)。
      もうひとつは鳥取産の銀鮭と書いてある。


      トライアルは福岡創業らしい。
      東京には店舗がないようだが、
      全国展開している。
      ディスカウント・スーパーだけど、
      野菜や魚・肉などなかなかいいと思う。





 

    以前、裏隣りアパートとの目隠しで
    フェンスをつけた時にプランターに
    植えたキューリ。
    可愛い花がいくつも咲いて、
    その花の茎根本から、
    こういうキューリの子供が生まれる。
    ちゃんと育つのだろうか。





 

伊都国つうしん 94


●1972年5月15日に、沖縄は日本に復帰しました。


   私らは2010年1月に東京から沖縄に越しました。
   そして2012年5月15日は、本土復帰40周年がありました。

   そうか、あれからもう10年経っているわけだぁ、です。

   復帰40周年のことは『Okinawa通信』でも書いています。
   その時に沖縄で発売された、当時の佐藤首相が国会で万歳している写真など
   復帰40周年記念切手を買って、今でもどこかに持っているはずです。

   その、10年前のことをブログを振り返りながら思い出しますと、
   いくつか印象的なことがありました。
  
   50周年を福岡で迎えて、こちらで思い出したことも含めて、
   そんな話をちょっとします。






 

 

      2022年5月15日の
      琉球新報と沖縄タイムスの電子版より。

      私が沖縄に居たときには、
      まだ両紙の電子版はほぼ閲覧できたのだが、
      現在は有料で、会員しかほぼ内容は見られない。

      琉球新報では復帰50周年がメインだが、
      沖縄タイムスはコロナ感染者数がメインで
      ちょっと不思議。
      見た時間帯のせいか、あるいは閲覧できる
      紙面ではそうなのかが分からない。




●10年前の復帰40周年で思い出したこと。


 ・そもそも、沖縄が本土復帰した1972年、私は京都の大学で4回生でした。
  69年、70年の激しかった大学紛争がようやく落ち着きはじめた頃。
  それでも沖縄返還に関して、「核抜き、本土並み」が争点となっていました。

  私はそれも記憶してますが、ノンポリだっとはいえ、
  69年、70年の時ほど政治に頭が向いていなかったな、と改めて10年前に感じました。

  やはり沖縄は遠かったんでしょうね、距離的に。
  いま、その沖縄に居るんだと10年前に再確認し、当時の無関心をちょっと呪いました。


 ・たしか40周年の記念式典は、那覇か宜野湾で行われましたが、
  私らが住んでいた沖縄市ではその日、記念日らしい動きは全くなくて普段どおりでした。

  当時仲よくしていたプールのレッスン仲間とは、
  そういえば、その復帰40周年の話は一言も話しませんでしたね。
  ただ、その記念日のちょっと後のブログで書きましたが、
  そのプール仲間14~5人と飲む機会がありました(本土出身は私ひとり)。

  その折、何の話だったか私と話していた60歳くらいの女性は、
  たぶん私が話していることに関して、私のことを「日本人はねぇ……」と、
  (やはり違うんだよねぇ……)という感じで口にしたのでした。

  私はそれまで、内地(本土)から来ているので「ナイチャー」とか「ヤマト」とか、
  「ヤマトンチュー」とか言われたことはありましたが、
  「日本人は」と言われたのは初めてだったので、驚いたと同時に、思わず、
  「○○さんは自分を日本人だと思わないの?」と聞いたのでした。

  彼女は一瞬(しまった)という顔をしましたが、無言でした。
  で、私のほうから「日本人というよりウチナンチューという意識が強いの?」と
  聞きました。彼女は「そう…」とうなずきましたが、
  

  あとで、あの沈黙の後で彼女が何と言い出すのか待っているべきだったかな、
  とちょっと後悔したのでした。



 

    さきほど言いました
    復帰40周年に発売された記念切手。
    以前のブログでも掲載してます。
    一番上は、国会で佐藤首相が万歳をする絵。
    その下の切手は、
    復帰以後の沖縄の主なイベントの絵だ。




●50周年を福岡で迎えて、こちらで思い出したこと。


 ・1972年の沖縄復帰のとき「核抜き、本土並み」が争点になっていた、と書きましたが、
  つまり、復帰後の沖縄の米軍基地には、

 「核はなし」「基地の条件は本土並み」ということです。

  当時の佐藤政権は、それを貫いたということになってました。

  が事実は違っていました。いろいろ密約があったのです。
  その密約を暴露した、一人のジャーナリストがいました。

  毎日新聞社の西山太吉という記者です。

  沖縄復帰後も沖縄の米軍基地は、実は変わらずに米軍が自由に使えるという密約、
  緊急時には核も持ち込めるという密約、
  沖縄の米軍基地の費用は日本国が負担するという密約 
  ………があったのです。

  「核抜き、本土並み」を主張していた佐藤政権に対して、密約がある、と暴露した。
  ところが、他のマスコミはまったく後追いしなかった。
 

  その後、彼はこの情報を外務省の女性職員から入手していたことを捜査され、
  この女性は公務員法違反で起訴されるのだが、

  さまざまなメディアで、西山氏とこの女性の男女関係のほうをを大きく取り上げられ、

  いつのまにか「密約」の話ではなく、「外務省機密情報漏洩事件」になってしまった。
  そして一人矢面にされた西山氏は、記者を辞めざるを得なかった。

  この話は、私も当時の記憶をそのまま持っていました。

  そして、それから四半期後、米国の公文書公開により、
  沖縄返還交渉当時の密約が、まさに事実であったことが明らかになります。

 


  それが福岡のNHKロコニュース、復帰50周年をテーマにした話題で、
  なんと西山氏にインタビューしていたのです。

  彼は今年91歳でご存命でした。

 
 
 

       写真は「ビデオニュース・ドットコム」から


  彼はロコニュースの中で、
  メディアがその時の権勢に対して、疑問や反対姿勢、追求姿勢をとらなくて
  なんの役割があるのか、と指摘しています。 まったくそのとおりです。


 ・そしてもうひとつ、密約に関して。

  実は昔のブログでも、復帰40周年日前にNHKで放映された
  「若泉敬」という人のドキュメンタリーについて書いていたことを思い出しました。

  彼は当時、佐藤政権の密使として沖縄返還交渉を米国と渡りあっていた当人です。 
  そして有事には核持ち込み可能、を含めた密約をした当人です。

  その彼が、その後の沖縄の現状を見に何度も訪れ、その状況に苦悩し、

  ついに、口止めされていた密約についての告白本を書きます。
  しかし、政府どころかマスコミにも無視されるのです。沖縄からも声が上がらずでした。

  ガンを患いながらも若泉敬氏は自殺します。 
  そのことも、思い出しました。



 

     若泉敬氏。

     画像サイトより。



 改めて、
 現在の沖縄政治は、これまでの為政者や行政を含めて、まざまざな問題点を抱えていると、
 沖縄で10年過ごしただけですが、それでもそう感じています。

 しかし改めて、

 1609年、いまから400年以上前、薩摩藩に「琉球侵攻」されて以来、
 沖縄には、日本国の政治、為政者たちの思惑に翻弄されてきた長い長い歴史が、

 間違いなくあるのです。
 沖縄で10年過ごしただけですが、その深く暗い歴史の残滓は、感じてしまいます。



また長くなりました(笑)。

気分転換に、最近の伊都国・わが家周辺の写真を。



 

          国産ではめずらしい小麦畑。
          わが家から近いここらは多い。
          収穫時期なのかな、と思いきや
          国産小麦は6~8月らしい。
          もうすぐだ。



 

    イチゴはそろそろ終わり

    最近わが家で買っているフルーツ。
    近くの大きなイオンで。
    右が台湾パイナップル。
    たしか税込で500円台だった。
    なかなかうまい。

    左はタイ産のマンゴー。
    これもやはり500円台。
    沖縄のマンゴーとは違う甘さだけど、
    これはこれでなかなかだ。





 

           今日5月18日の白いアマリリス。
           今年ナミさんが地植えした。
           まだこの土に慣れてないのか、
           茎がとても短くてしかも
           本来、きれいに満開になる花が
           なんか縮れている感じ。
           左の先に咲きはじめた赤いアマリリス、
           上は萎んだが、まだ下のほうから元気に。

 

 

伊都国つうしん 93


● ジャズピアニスト・山下洋輔の「ラプソディ・イン・ブルー」を。


   クラシックも聴くので、ネットで九響(九州交響楽団)を調べていたら、
   5月8日に山下洋輔とのコラボレーションがあることを知りました。
   たしか2月にチケットを購入したのでした。

   仕事をしていた東京時代、クラシックも含め何度もライブのチケットを
   買ってその日を楽しみに過ごしているのですが、
   まず8割方、いや印象としては十中八九、当日仕事で行けないのでした。

   さすが仕事を辞めてからはその心配はないのですが、
   何せ、沖縄の10年、
   一度だけ押尾コータロー・コバ・沖仁の3人コラボのライブに行きましたが、
   それ以外、なかなか難しいものがありました。

   福岡に越してきて、そういう意味でも楽しみにしていたのですが、
   来てすぐにコロナ禍ですもの。

   少しは余裕ができたのか、コンサートもちらほら始まったようです。
  
   で、楽しみにしていて、久しぶりに生の音を聴き、楽しかったですね。




  

         福岡サンパレスホールという会場。
         演目は、
         ビゼー     アルルの女 第1組曲
         ガーシュイン  ラプソディ・イン・ブルー
         ドヴォルザーク 交響曲第8番

         ラプソディ…のとき、
         左にあるピアノが指揮台の所に移動され、
         山下洋輔が弾くのだ。

         歩いているのは私。
         一応 …… と久しぶりにジャケットを着た。
         でも Tシャツ姿もいて多くは普段着のよう。

  





 

            指揮は茂木大輔。

            山下洋輔
            迫真のラプソディ・イン・ブルー
            …… とあるが、

            まぁ、楽しかった。面白かった。




ラプソディ・イン・ブルー、例のクラリネットの高音から始まるのですが、
山下洋輔のピアノも始めは、おや、と思うほど静かに始まりました。

曲の中盤あたりから、始まります。
ジャズのアドリブというか、クラシックとジャズが融合したアドリブが次々と。

(あれっ、いま叩いている和音って 「運命」 じゃないの ……)
と思っていると、指揮者と顔をあわせた途端に、
九響オーケストラが、ジャジャジャジャーン、、、ベートーヴェン「運命」の一節を
重厚に奏でます。

そしてまた山下洋輔のピアノにもどります。

(あれっ、今度はこれ 「田園」?) また指揮者と顔を見合わせ、
九響が今度は 「田園」(たぶん)の一節を優雅に奏でます。

またまたピアノにもどって、山下洋輔、今度は何にを ??と思っていたら
(聴き覚えはあるけど、何だっけなぁこれ ……)

パーンパパパーパパン、パーパパパパアの管楽器の勇壮な音から始まり、
あ、これドヴォルザーク 「新世界」だぁ ……


途中にこんなふうに、他の交響曲の導入を

ピアノアドリブと九響の正式な(?)演奏をはさみながら、
さらに山下洋輔のアドリブがつづき、、、

出ました、例の、鍵盤のヒジ打ちも!(笑)


もともと、ガーシュインの 「ラプソディ・イン・ブルー」 は、
エンターテイメント性の強い楽曲ですし、
フリージャズのピアノとの親和性も高いですね。


山下洋輔、ネットで見てみたら80歳です。
舞台に出てきたときには、正直、(おっ、ちょっとやはり年齢かなぁ)と感じましたが、
ピアノ演奏中は、もう別人のようでしたね。

終演後、4、5回はカーテンコールがありました。拍手が鳴り止まなかったです。


久しぶりに聴いて、
オーケストラの華はやはり、弦楽器だなぁと感じましたね。
九響の弦楽器も、なかなかよかったです。



● 話は変わり。

  その翌日、5月9日、今津湾に今年2回めのウィンドサーフィンに。
  その日以降は風はほとんどない日が続くので、ぜひ行かねばと。
  

  この時期はやはり北東か北西の風。今津湾にはオンショアとなる。
  9日はけっこう強めの風でした。

私は今年2回めなので、まだリハビリのつもりで乗ったのですが、
風とともに波とうねりが結構きつかったですね。

何回か浜と平行に走って往復するうちに、ふくらはぎがツリまくりました。
そのうち痛みも強くなってきたので、あっさりと撤収したのでした(笑)。
まだリハビリは必要なようです。

右足ふくらはぎの痛み、今日12日も少し残っています。まったく。




 

           5月9日の今津湾。
           向こうに見えるのは福岡市の中央側。
           この日以降、風がなくなるので、
           10艇以上は出てた。
           写真は海に入る前に撮った。
           この時よりどんどん風が上がってきて、
           海は一面に白波がたってきた。






 

伊都国つうしん 92


● 2019年以来、3年ぶりに復活。


  西日本新聞によると。

  「第61回博多どんたく港まつり」が3日、福岡市中心部で開幕した。
  新型コロナウイルスの影響で2年続けて中止されていた市民によるパレードや
  演舞台行事が3年ぶりに復活。
  コロナ禍前の2019年の3分の1に当たる40万人(主催者発表)の観客が訪れた。4日まで。

  どんたくの源流で国の重要無形民俗文化財「博多松囃子(ばやし)」の一行が、
  くぐると無病息災の御利益があるとされる「傘鉾」を掲げてパレードを先導し、
  馬に乗った福神、恵比須、大黒の三福神と練り歩いた。


博多どんたくは、3日・4日の両日行われました。

私らは、2019年の10月末に福岡市に越してきましたので、
この博多どんたくも、博多山笠も、未体験なのでした。


といっても、見に出かけたわけではなく、ニュースで見ただけですが。
ちなみに、
「どんたく」って、何? ………… って調べてみたら、

  「どんたく」は、オランダ語で「日曜日」を表す語 zondag

…… から来ているようです。ウィキペディアより。



 

    どんたくの源流で国の重要無形民俗文化財
   「博多松囃子(ばやし)」の一行 (NHKニュースより)




 

        同じく。こちらは西日本新聞より。
        マスク姿が、やはり気の毒だ。




● ところで、沖縄は連休中に梅雨入りしました。

 
  私らがいた2010年から2019年の10年間に、
  何回かは今年のように連休中に梅雨入りしたことがありました。

  せっかくの連休で沖縄に遊びに来た人たちには気の毒だなぁ …… と
  思ったことが何度かありましたもの。


こちら福岡市の連休中は、29日だけに雨がふりましたが、
それ以外は晴れつづき。

この3・4・5日も、毎日気持ちよく晴れ。
最高気温も、20度・22度・25度と、温かくなってきました。



 

          5月5日の昼頃、2階から。
          雲がほとんどない快晴でした。
          気持ちいい。




 

       沖縄から持ってきた2種類のアマリリス。
       両方とも玄関前の小さな庭スペースに
       地植えしました。

       沖縄と比べると1か月以上遅れてですが、
       まず赤いほうのアマリリスが開花。
       写真は5月2日。
       花びらの前に見えている蕾も
       今日6日は可愛く花開いた。

       右側に植えた
       白い大きな花が咲くアマリリスも
       蕾が大きくなってきている。






●ところで、5月2日最高気温20度でしたが、
 今津湾ゲレンデで、今年になってウィンドサーフィンの初乗りでした。

沖縄ではもちろん冬でもずっとやっていましたが、
福岡の冬の寒さはもう、沖縄の比ではありません。


「10年沖縄でやってきて、軟弱なウィンドサーファーになりました」と、
このゲレンデの会員たちに話して笑われています。

地元の人は、(もちろん真冬でも乗っている人はいますが)

多くのウィンドサーファーは、少なくてとも3月には乗り始めているようです。
 

でも私には 「とてもとても……」なんです。寒いです(笑)。
写真は撮り忘れました。今度載せます。