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Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん

2010年1月。30年以上住んだ東京から引越し、沖縄生活をスタート。
その沖縄に10年暮らし、『Okinawa通信』を書きました。
が、さらに、2019年10月末に、ここ、福岡市西区・糸島近くの
「伊都国(いとこく)」の地に。

伊都国つうしん 101


● 今年の福岡の夏は、少しは過ごしやすいか

    朝から、セミがギシギシと鳴いています。
    夏好きな私としては、いい感じだぁ、と心地いい。
 
   昨年、一昨年と、福岡の夏は危険な暑さだ、と書いてきました。

   今年はこれまでのところ、沖縄から8日に福岡に戻ってからの日々は、
   まぁ、暑いことは暑いので、一日にいろんなことはできませんが、
   昨年までの夏ほど、危険な暑さはそんなに体験していない気がします。

 

 

           福岡市西区の週間天気。
           これを見ても35度以上という
           居ても立っても居られない暑さは
           どうやら無さそう ……。
           ま、暑いことはやはり暑い。




しかし。
収まりかけたかな ……と思っていたのが、ここ福岡でも、
一気に、とんでもない数の感染者増大です。
重症者がほとんど出ていないので、今のところ、社会生活はそのままですが。


まったくもって先が見えなくなりましたね。
頼むよ、、、です。


  
そんな夏真っ盛りの福岡・西区、伊都国の日々です。


・毎年、ちょうどこの時期に、庭の樹々たちの剪定があります。

 一年間で、もっさりと伸びてきたわが家の庭の植物たちが、
 いつもやってくる剪定の人によって、きれいに整えられるのです。

 わが家を訪れた、糸島の友人が 「あれ、どうしたの、なんかきれいになった?」
 と、思わず言葉を出すほどの違いがあったようです。


 
 

            剪定後の、わが家の玄関先。
            剪定前と後の比較がないから
            分からないかもしれないが、
            スッキリしているのです。




 
・沖縄時代からこの時期恒例の、ナミさんの梅干しづくりの大事な工程。

 土用の丑の日あたりに、3日3晩の天日干しです。
 塩で漬けてきた梅を1つ1つ取り出して、滲み出てきた梅酢とともに。

 その後、樽に戻して漬けていく …… わが家には3~4年ものの梅の樽も。
 市販の梅干しは、もう、ずいぶん買っていません。  



 

             梅干しの天日干し。




・沖縄から戻って、こちらの今津湾ビーチでも何回かウィンドサーフィンに。

 先日海に出たとき、えらい勢いでトンボの群れが飛んでました。
 
 そういえば沖縄の海でもたくさん飛んでいることがあって、
 トンボが大量に飛ぶときは台風が多いんだ、という話があるのを思い出しました。

 福岡では、どうなんでしょう、そんな言い伝えみたいなのはあるのでしょうか。

 トンボの群れ、写真には撮り忘れたのですが、とまっているのを見たら、
 赤とんぼではなく、青色のトンボでした。



 

           こんな感じのトンボ。
           たぶん、シオカラトンボだろう。

           (画像サイトより)



と、そんなことがあった時、
いつもめくり忘れている 「糸島日めくり」をめくってみて、あらっびっくり。


 

      7月23日の日めくり。
      やっぱり、この時期に
      トンボが群れ飛ぶんだぁ。





・山田詠美 (敬称略で)の 『血も涙もある』 を読みました。


 久しぶりに山田詠美の新しい本を読みました。
 図書館に予約を入れてから、たぶん10か月ほど待たされたと思います。



 

    山田詠美著・『血も涙もある』
    新潮社
    (画像サイトより)



私の手元にまわってきたときには、すでに本の帯はついていませんでした。

帯のコピー
「私の趣味は、人の夫を寝取ることです」

いかにも気を惹きそうな一文ですが、これ、本の最初に出てきます。
帯のコピーを見ていない私も、この一文が出てきて、まず、「おっ」 と興味を惹かれました。


ざっくりの本の内容は、
まぁ、いかにも宣伝くさいですがほぼ、そのあとの帯のコピーのとおりです。

「有名料理研究家の妻、年下の夫、そして妻の助手兼夫の恋人
 3人の織りなすのはユーモラスで残酷な、極上の危険な関係」
 

恋人の視点、妻の視点、夫の視点、
それぞれ3人の視点からの話が、3回ずつ繰り返される章立てに、
最後の章は、3人の周囲の人物たちからの視点の話で、終わります。


3人の主役が、それぞれとても興味深いし面白い、

さらには脇役の、周囲の人物たちもいい味です。

文章の感じが、以前の山田詠美と違うのかな、

しかしずいぶん読んでいないからこんな感じだったかな………と思いながら、

面白く、数時間で読み切ってしまいました。


本の最初は、先にあったようなドキッとさせる文章で始まり ………
本の最後は、こんな文章でまとめています。


  人生なんて、傷口から流れる血を舐めてくれる人と、
  流れる涙を拭ってくれる人が側にいてくれるだけで
  こと足りるんじゃないのか?







 

伊都国つうしん 100


● 2019年10月末に、ここ福岡市西区に越してきて、初めて。

   翌2020年3月から新型コロナウィルス禍が始まりましたので、
   私らが来てから、博多祇園山笠は2年間中止となっていたのでした。

   で。
   この【伊都国つうしん】も、2020年6月に開始してから、
   3年過ぎて、今回でようやく100回目となりました。

   その100回目のブログで、3年ぶりの博多祇園山笠のことを話題に。
   といっても、まったくの部外者、門外漢なので、事実をさらうだけです。

   祭り好きの方には、まったくの拍子抜け、肩透かしとなるでしょうけど。




 

            博多祇園山笠2022
            (画像サイトから)





まず、もっとも基本的な知識から。

「山笠」は、「やまかさ」と言います。「やまがさ」ではない。
実は私は、こちらに来るまでずっと「博多やまがさ」と思っていました。



● さて、この15日の早朝に、
  追い山といわれる、例の山笠を大勢でかつぎ走って奉納する行事が、行われることを知り、
  またNHKでライブ放映するというので、さっそく録画したしだいです。


山笠では、山をかつぐことを「舁く(かく)」といい、
かつぎ手のことを「舁き手」といいます。
「舁く」は、もともと2人以上でかつぐことを意味するらしい。
そういえば、駕籠かきという。


博多祇園山笠は、780年以上の歴史があるとのこと。
鎌倉から室町時代に始まったらしい。

福岡市の中央あたりを流れる那珂川の東側、
つまり昔から博多と言われていた所の、総鎮守・櫛田(くしだ)神社の祭りです。

(ちなみに京都祇園祭は、1,100年以上前の平安時代から始まったとのこと)


さて。
博多祇園山笠の追い山、ずっと以前に、やはりライブで見たことを思い出しました。
それだけ有名な祭りだということを改めて知りましたね。



以下画像は、録画したテレビ画面を撮ったものですので、画質はよくありません。





        私のテレビで録画した番組表。
        7月15日早朝に放映された「博多祇園山笠」、
        盛り上げるためだろう、
        本番の追い山中継を含め、なんと3本の番組が。

        写真に撮って気づいたが、
        このテレビの内蔵文字には、祇園の「祇」がない。
        だから、「博多 園山笠」となっている(笑)。



ところで、
山笠関連で
下から1本目は、ただ単に午前4時20分から始まるよ、の告知だけの他番組。
下から2本目は、昨年、中止になった時に作られた番組。
番組の中では、たしか2008年の、博多祇園山笠2人の舁き手のドキュメンタリーを
放映し、そしてその2人が昨年2021年の番組に出てきました。
当時の話と、来年(つまり今年)はぜひとも実現したい、と熱く語っていました。

そして今年、
いよいよ3年ぶりに、本当に博多祇園山笠が始まるのだぁ、と盛り上げる(笑)。




ちょっと博多祇園山笠の基本知識を。

● 山を舁くのは、博多の8つの組、それを「流(ながれ)」とよんでいます。
 (8つのうち1つだけ、飾り山という山を舁くので、7つとも言われるよう)


7月1日から、いろいろな行事が始まる博多祇園山笠ですが、
7月15日の早朝にクライマックスを迎えます。


まずは、「櫛田入り」。
奉納する櫛田神社の近くからスタートして、神社の境内を駆け回る「櫛田入り」という。
境内に入って「清道」と書かれた旗をまわって玉垣を出るまで走る。

8つの「流」が順番に走って奉納する。

当然、一番最初の役割を担う「流」は、大名誉なわけで、これは毎年順送り。
この一番山笠には、一番山笠だけの特権がある。


清道旗をまわってのち、神社の能舞台に山笠を向けいったん山を止めます。
山に乗っている(たぶん)総長とよばれる人が、まず一人代表で、
「祝いめでた」(博多祝い歌)を歌い始める。

そして、その場にいる舁き手、観客など一体となって全員で大合唱するのだ。
ここで祭りは、まず最高潮に盛り上がります。


この「櫛田入り」、なんとも不思議なことに、午前4時59分に始まるのです。
それは、この「祝いめでた」の斉唱時間、1分のことを考えて、らしい。
(この説明を聞いても、よくわかりません(笑))。


つぎに、博多の町中を巡行する「追い山」。
櫛田神社を出て、決められた場所、道を通り、須崎町までの約5キロを走って巡行する。

この「櫛田入り」と「追い山」、7月15日早朝のクライマックスで、
博多祇園山笠が、終わる。

博多の人は、「山笠が終わると、夏を迎える」 といいます。
(もっとも今年は早々と梅雨が明けて、すでに夏になっていたが)
(も一つもっとも、とはいえこの15日早朝は、ずっと雨が降っていた)



●ところで。

この「櫛田入り」も「追い山」も、
なんとタイムを測っていて、各「流」どうしで競っています。

境内を走る「櫛田入り」は、だいたい30~35、6秒です。
町中を走る「追い山」は、だいたい25~32、3分です。


5キロを約30分ということは、時速10キロです。

これ、ジムのランニングマシンで,

ウォーキングですが、時速6~6.5キロに設定している私としては、
かなり速い。
そして、重さ1トンの山笠、それを28人で舁きます。

途中、なんども多くの人と交代して走りますが、
それにしても、やはり結構な速さですねぇ。みんな重そうな顔、顔……。


タイムを競うから走るのか …………
昔から走って奉納するから、タイムを競うのか ………

そこのところ、よくチェックしてないので不明です。
どなからご存知でしたら、教えてください。




 

          2022年、3年ぶりの「櫛田入り」。
          一番山笠が、駆けながら「清道旗」をまわる。



ちなみに、それぞれ「流」には「舁き手」のほかに、さまざまな役割分担があります。
そして「舁き手」だけでも、数百人がいるとのこと(今年はコロナ禍で人数が少ない)。

それぞれの山笠には、その時点での「舁き手」は28人。
それが、巡行の間に走りながら次つぎに、「舁き手」を交代していくのです。

ただ、
この「櫛田入り」の約30~35、6秒だけは、当然ながら交代はなし。

なので数百人いる「舁き手」の中の、選ばれし28人の「舁き手」なのです!!
当然、競争は激しい。
先のドキュメンタリーの2人は、まさにその「櫛田入り」の同じ場所の「舁き手」を
争った2人の話なのでした。



 

       「清道旗」をまわって能舞台に向かって止まり、
       「祝いめでた」(博多祝い歌)を、
        その場にいる全員で歌い、柏手を打つ。




 

        時速約10キロで、博多の町中を走り、
        終点の須崎町の「廻り止」へ。

        4時59分にスタートした一番山笠が、
        5時38分に「廻り止」に到着。
        この「流」の奉納が無事に終わる。








 

伊都国つうしん 99


● 6月23日から7月8日までの約2週間 …… 沖縄へ。



 

          6月27日の海中道路。
          ことしはカーチバイもまずまず吹きました。
          結局、6回海に出て6回とも走りました、
          楽しかった …。
          海中道路のウィンドサーファーたちとも
          旧交を温めてきました。




   ナミさん曰く、里帰り ……。
   私はあまりそんな気持ちもなく、年1回好きな沖縄に遊びに、感覚で。

   例年、6月23日(沖縄慰霊の日)には梅雨明けもして、
   九州まで上がった梅雨前線に向かってふく南西の風(カーチバイ)が吹くので。


   梅雨は上がってましたが、
   沖縄は2か月以上もつづく長い梅雨で、毎日毎日雨だったようです。
   その影響で、
   なんと楽しみにしていたマンゴーが大不作のよう。
   なにしろ例年の倍以上の値だし、味もかなり薄い印象で、とても残念。




 とはいえ、
 久しぶりに見る沖縄の海、しかも借りていた家は恩納村の冨着ビーチにあるので、
 毎日、毎日、最高のサンセットを楽しめました。

 沖縄に10年居ましたが、住まいが東側の沖縄市でしたので、
 こんなに連日、サンセットを楽しんだのは初めての体験でした。

 なので今回は、(ええっ、まだ続くの?!)と、きっと思われるでしょうほど、
 基本、サンセット中心の沖縄の海の写真の羅列です ……。



● とその前に。

  7月8日の午後2時過ぎに那覇空港を飛び立ち、わが家に着いたのは午後6時頃でした。
  戻ってからしばらくして、
  (あぁそうだった、中森明菜の伝説のコンサートというヤツを録画しなきゃ)と、
  テレビを点けて、初めて、その日昼の安倍元首相の惨事を知ったしだい ………。

  驚きました。 この日本で ……と いう。
  それにしても、犯人の動機が、政治思想や政策がらみではなく、
  家や母親を破綻させた統一教会に繋がりがある、と思い込んでの犯行とは、

      これにも驚きでした。

  その後、統一教会は安倍元首相との関連を否定していますが、どうなんでしょう。

  安倍元首相には、気の毒の極みとしか言いようがないですが、
  正直、私自身は、
  首相時代の安倍氏には、戦後歴代の首相の中では、最も戦争の匂いを感じていましたし、
  第2次安倍内閣の初期は別として、長期政権になるしたがい、彼のやることには
  常に疑問と不信と不満を感じていました。


  こういう形で亡くなったことに、もちろん怒りを感じますが、
  しかし、こういう形で亡くなったことで、
  右翼を中心とした政治勢力の “英雄” として祭り上げられるのでは ……… と
  強く危惧しています。



● さて。
 
 では、今回の沖縄の旅、ほとんどサンセットの写真 ……… 飽きるほど並べます(笑)。



 

          6月23日。着いたその日から
          サンセットの毎日が始まる。



 

          6月24日。

          




 

             6月25日。
             この日もサンセットがあったが
             撮り忘れたよう。
             これは読谷にある米軍基地。
             通称、“トリイステーション”。
             入り口に鳥居が立っている。
             クルマの外にでて撮影すると、
             入り口警備員(銃を持っている)に
             止められるので、クルマの中から。




 

 

             6月26日。
             サンセットは午後7時過ぎから始まる。
             わずか数分で、表情が変わる。



 

 

             6月28日。
             これも数分の変化だ。まさに雲の演技。



 

              6月29日。
              昼のビーチとサンセットのビーチ。




 

 

          6月30日。昼間雨が降ったけど、

          夕方にはちゃんとサンセット。
          まるで泰西名画のような。




 

         7月1日。台風4号前日。
         今日はダメかなぁ、と思っていたら。




 

            7月2日。台風4号



 

            7月3日。
            雲は刻々と変わり、
            サンセットの表情も刻々と。

 

 

 

             7月4日。

             みんなサンセットを見に出てくる。

 






 

         7月5日。       
         まず、いつものように初めに太陽の道ができる。
         そしてもう、動く雲に映える夕焼け……
         ほれぼれしてしまう。




 

           7月6日。
           こういう風に青空面積が多い日もある。
           しかし、必ずといっていいほど、
           水平線には雲がある……。

           つまり、グリーンフラッシュなんて、
           そうそうお目にかかれないのだ。




 

 

           7月7日。
           明日は帰る、という前日。
           華々しいサンセットを見せてくれた。



 


 長々とお付き合い、ありがとうございます。


 自他ともに認める写真撮影ベタの私ですが、スマホカメラで、
 これだけ撮れて、まぁ大満足です。

 それにしても肉眼で見たサンセットは、もっともっと見事でした。
 来年も、行こうっと。



 

伊都国つうしん 98


● 福岡の西区や糸島、つまりわが家周辺の風景です。

   昨年も、あぁ田植えやってる ……… と
   クルマを走らせながら思っていましたが、
   今年も、ここらあたりの田んぼで田植えが始まっています。

   つまり福岡といっても、
   西区のはずれ、糸島に近いわが家周辺は、田舎だなぁ、いいなぁ、
   とクルマごしにいつも感じています。



 わが家からクルマで5~6分で、こんな田園風景です。



 

 

 

             田に水が張られ、
             きれいに苗植えされている。





● ところで、前回ブログ(6月11日掲載)で、梅雨入りの話をしました。

   6月13日(月)あたりから梅雨入りするんじゃないか ……… と。

   確かに13日14日と雨が振りましたが、
   週間天気予報がはずれ、
   なんと15日(水)から週末の土日まで、ずっと晴れつづきでした。


   福岡はいつ梅雨入りするのだろう …………?

   と思っていたら、なんとなんと、
   気象庁は、6月11日に九州北部は梅雨入りした模様………

   と言っていたのを、あとで知ったのです。

  ええっ?!、です。
  
   気象庁、あとで修正するでしょうね、きっと。


  

           今日(20日)は雨予報だったが、
           雨は降らなかった。
           明日以降の週間天気予報をみると、
           どうやらようやく梅雨らしくなってきた。




● 前回同様に、仕込んでいる梅酵素ジュースの経過報告です。

   6月1日に青梅と砂糖を仕込み、まだ瓶の中が砂糖まみれだったのが、
   前回の経過報告した6月7日には、

   もう砂糖がなくなり、透明な液体になっていました。


 さて。




 

           これは今日20日の様子。
           透明だった液体が、
           数日前からこんなふうに。

           ぶくぶくと………
           発酵と発泡が始まっている。
           これが収まると出来上がり。




 

伊都国つうしん 97


● 今度の月曜日以降が、ちょっとあやしい。

   なんでも東京はもう梅雨入りしているらしいですね。
   西国がまだなのに …… と、奇妙な気がしますが、
   もっとも桜の開花も関東が早いですから、不思議じゃないのかも。


   ここ福岡市も昨夜から今日にかけて、雨。
   明日は一日だけ晴れますが、
   それ以降は、ご覧のような週間天気予報です。

 
  

         明日12日(日)は気持ちよく晴れ。
         それ以降は、雨と曇りの天気。

         そろそろ、梅雨入りなのかも。
         九州北部は平年では6月4日が梅雨入り。
         だとすれば、もうおかしくない。





● 福岡の天気で、ちょっと寄り道。


   以前からこのブログで、
   福岡市に越してきたとき、日本海側だから、冬は暗い天気なんじゃないか …… と
   でもそれは杞憂で、冬も天気のいい日が多くてよかった、書きました。

   なぜなんだろうと、深く追求もせず、漠然とした疑問でしたが、
   今日、それが(あ、なるほど、そうか!) と
   気持ちよく腑に 落ちました。


  

 

    図書館から借りた本。福岡市史
    すごい分厚い本。
    でも読むと面白い。




その中の記述に、

  福岡は日本海側だけれど、本州の日本海側と違った冬の天候になるのは、
  それは福岡の北側には、朝鮮半島が大きく広がっているからだ。
  つまり、その分だけ海の面積が小さい。
  冬、本州の日本海側には、広い日本海からたくさん水分を吸収した
  大陸からの北西風が吹き、それが山脈に当って、積雪になり曇天を生む。

  それが福岡の場合は、朝鮮半島があって海の面積が小さいから、異なる。

……… という内容のことが書かれていました。

(あ、なるほど、そうか!) だから、雲もそれほど多く生まれないし、
さらに南国だから雪になることも少ない ……… というわけなのですねぇ。



 

          この本に中にあった図面から。
          確かに、朝鮮半島によって、
          海の面積が、本州日本海側とは
          まるで違うことがわかる。

 

          この図面を見て、

          もうひとつ、(あ、そうか)と

          腑に落ちたこと。

          どうして沖縄の冬は雨と曇天が

          続く暗い天気なのか………。

          そう、広い東シナ海を通った

          大陸からの北西風が来るから、だ!



● 話は変わり。

   さきほど、寄り道をして、と書きましたが、
   考えてみると、これまでが伊都国の話としては本題で、
   以下は、私の日常でした(笑)。




 

         前回のブログの経過報告。
         前回の写真は、6月2日のもの。
         こちらは、6月7日。
         途中一度ヘラで中の砂糖をかき混ぜた。
         5日経過で、
         もうほとんど透明な液体に変わった。





 

           今日6月11日のランチ。
           ナミさんが作った
           ビーガンサンドイッチ。

           私は別にベジタリアンじゃないが、
           ナミさんが好きなので、
           ときどきわが家の食卓にはこうして
           ビーガンのメニューがでる。





 

           チーズも、中のハンバーガーも
           ビーガン、つまり偽せた作り物。

           チーズは買ったもの、

           ハンバーガーはナミさん作。
           パンは、糸島にある「のたり」という

           金土日の3日しかやらない店のもの。
           ここは牛乳やバターを使わないで
           パンをつくる。
           それがまた、なかなかうまいのだ。


で。
このビーガンサンドイッチ、
これもなかなかうまかった。



ビーガンのレストランで、以前の 【Okinawa通信】 で書いたことを思い出しました。
2013年12月27日に書いています。興味があったらどうぞ。

沖縄市の中心にある、アーケード街・一番街という、ほとんどシャッター街になった所に
こんなおしゃれな、という感じでできた店でした。

その名が  “ヴィーガン・ジャンク”。
まさに、ビーガンなんだけどジャンキーな味です。

ビーガンどころかベジタリアンでもない私ですが、

ここの “ジャンキーな味” がけっこう好きで、何回か食べに行きました。


残念ながら、たしか数年で店はなくなりました。オーナーはウチナンチューでした。

それは客が入らなかったから、ということではなく、
たまたま入った客だったのでしょうけど、東京の食関係の人から、
ぜひ東京でやってみないか ……… という感じで強く誘われて、東京に行った、
そして今でも東京でやっているらしい …… と、
これはナミさんからの情報です。

当時の私らにとって、とても残念なことでした。

 

ナミさんのビーガンサンドイッチを食べながら、今日、そんな話をしたのでした。



 

        以前のブログに載せていた写真。
        お店の名前は 「カスバ」 だった。
        こうやってバッフェスタイルで、
        お皿にのせた量を測って値段をつけていた。

        当時のブログによると、
        フードは、2グラム1円。
        スープは、1グラム1円だった。




 

          こちらはその日の私のランチ。
          830円だったようだ。
          沖縄では、そこそこいい値のランチになる。
          しかし、ジャンキーな味で
          うまかったようだ(笑)。