Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん -20ページ目

Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん

2010年1月。30年以上住んだ東京から引越し、沖縄生活をスタート。
その沖縄に10年暮らし、『Okinawa通信』を書きました。
が、さらに、2019年10月末に、ここ、福岡市西区・糸島近くの
「伊都国(いとこく)」の地に。

伊都国つうしん 126

 

 

● 宮崎からわが家への復路・帰路は、神話の里・高千穂がメインでした。

 

 

   これもナミさん昨年9月の一人ドライブで寄った神社で、

   私も興味深いと思ったので (彼女にとっては再訪)。

   なんというか、いろんな意味で面白かったですね。

    (今回も長くなりそう……すみません)

 

 

まずは、復路の行程をグーグル・マップサイトからの写真で。

 

復路は、高千穂中心だったので宮崎からずっと、一般道路でした。

寄り道のあとは、そのまま熊本県に入ってから高速に乗りました。

 

 

      復路の行程。

      一般道路と高速の区別がつかないけど、

      この絵の熊本市近くから高速 E3に入る。

 

      で。距離が往路の371kmとは大きく違い

      復路では516kmとなっている。

      一般道を長く走ったため、と思う。

      実際、つい先日の給油のあと

      計算したらまさに約500kmだった。

 

      これって、東京からだと

      ほとんど京都までの距離ですよ。

      前回同様言いますが、九州の中で。

 

 

 

● なぜ、私も高千穂に寄ってみたかったのか、というと、

 

 

  ナミさんの話で興味を持ったことが一番、

  なんせ神話の里、つまり天孫降臨の地、と言われているのです。

  で、その地を改めて見てみたい、という気になった。

 

  改めてというのは実は、大学時代ひとり旅で九州一周をしたときに、

  なぜか高千穂にも来ていて、高千穂山にたしか登った(登りかけた?)から。

 

  も一つ、改めて、というのは、

  その天孫降臨の地・高千穂が、実は(本当にそうなの?)と

  思われている………らしい、からです。

 

 

どういうことか、というと。

『古事記』によると 「筑紫(つくし)の日向(ひむか)の高千穂の

久士布流多気(くしふるだけ)」 に天降ったと記されています。

 

それで、日向(ひゅうが)の地の高千穂だと、言われてきたわけです。

地名などさまざまなことからです。

実際、ナミさんによると現在も 「日向(ひむか)」と読む名がいくつも

あったとのことです。

 

それに対して、天孫降臨の地が

「福岡県西区・糸島」、つまり、わが伊都国エリアではないか、

という説が、拮抗するかのごとく出てきている状況のようなのです。

 

以前紹介の原田大六氏が書いていたように、

この地には、高祖山(たかすやま)に日向(ひなた)峠があり

同じ高祖山には、クシフル岳もあるのです。

高千穂は、高祖(たかす)の音便変化ではないか、という推理。

 

さらに天孫降臨の地のことを、上記のあとに続けて

 … ここは韓国(からくに)に向かい …… 朝日を直さす国、

  夕日の日照る国なり ………

と記しています。

 

伊都国では、日向峠から日は昇り、玄界灘に日は沈みます。

 

 

そんなことで、どうなんだろう、その地を改めて見てみたいなぁ ……

という興味本位がけっこう大きかったのでした。

 

 

● さて。

 

  

・ 高千穂の町に入り、最初に向かったのは「高千穂神社」。

 

  

      大きな風格ある神社。

      ウィキで改めて見てみると

      古い神社ではないようだが。

      

 

・ 次に向かったのが、神話どおりの名前、「天の岩戸神社」。

 

 祭神はもちろん天照大神だが、いつからなのかは不明のようです。

 ウィキによると、創祀は、天皇家や朝廷ではなく、地元民からのよう。

 

 

          とてもきれいで清々しい神社。

          その建構えからして

          熊野の速玉大社に似てる印象。

 

 

 

        ・ そのすぐ近くにあるのが、

          この天安河原(あまのやすかわら)。

 

 ここは天照大神が、弟・スサノウの横暴に腹をたて、

 天の岩戸に隠れたあとに、八百万の神たちが相談した場所とのこと。

 だったらその奥に、天の岩戸がありそうだが、どうやら ………。

 

 

ここは、渓流そいの曲がりくねった小道を下っていくと、

いきなりこういう景色がでてくるので、とてもインパクトがある。

 

実は、宮崎から戻ってからすぐ、NHKの「ブラタモリ」が、

なんと「高千穂」をテーマにしていて、しかも最初に出てくるのが、

ここ天安河原だったので、そのシンクロニシティに驚いたのでした。

 

 

 

 

・ そして、最後に寄ったのが、幣立(へいたて)神宮でした。

  ここは、宮崎県・高千穂からはなれ、熊本県です。

 

 

           幣立神宮。神気を感じる。

 

 

     境内にとてつもない樹木たち。

       曲がりくねった樹々から

     かなりのパワーを感じる。

 

 

 

 

高千穂でも天の岩戸神社は、高千穂町から離れた場所にありました。

でも山々の麓の、それらしい場所にあったのですが、

 

幣立神宮は、

高千穂から離れて熊本に向かう国道218号線途中の、民家などない、

ええっ、こんなところに神社があるの? という場所にあるのです。

 

 

帰宅後にナミさんが、

「まず何かしらの理解できないものがそこにあって、

それを祀るために建てられた神社なのでは」と、言っていたのですが、

 

………… まさにそういう印象を、私も受けました。

つまり、それだけ不思議な、不気味な、何かの漂いを感じる場所でした。

 

あとで 「幣立神宮」 をネット検索してみると、

1500年前に建立された神社、無名だということだけれど ……………、

とんでもない数の、不思議、パワー、不気味、など体験スレッドがある

ある意味とても面白い神社なのでした。

 

 

普通、私自身が感じる 「いい神社」 には、

すがすがしい神気、清らかさとありがたさに、ひたされるのですが、

 

この幣立神宮には、強い神気は感じましたが、

清々しさ、ありがたさは、感じることはできませんでした。

ま、初対面でしたから、なのかもしれません。

 

 

それにしても、

この帰路で寄り道した4つの神社施設のなかで、

幣立神宮に、(高千穂では感じなかった)強い神気を感じたのでした。

 

これは、ま、私個人の経験です。

 

前述した「天孫降臨の地」 の話では、伊都国に投票したい私なので、

そう感じてしまったのかもしれません (笑)。

 

 

さて (さらに長くなりますが)

 

● 話はまったく変わり。

 

 

 この宮崎行きの後、私の誕生日がありました。

 正直もう、誕生日などなんとも思わない私なのですが、

 

 ナミさんが祝ってくれて、いろいろ気をつかってくれました。

 誕生日プレゼント2種。

 

 

 

         誕生日ケーキ、これマロンケーキ。

 

 

 

          漫画「ブルーロック」 の1~7巻。

          少年マガジン連載のサッカー漫画。

 

 

なんでも昨年あたりから、

ナミさんはこの「ブルーロック」 にハマっているらしく、

私がどう思うか、どう反応するか知りたくて贈ってくれたようです。

 

7巻分ですが、実際にはさらに20巻以上話が進んでいるらしい。

 

 

私もナミさんも昔から、好きな漫画がけっこう共通しています。

この「ブルーロック」が、

お互い大好きな松本大洋の 「花男」 に似ている、と彼女が思い、

それをどう私が感じるかを知りたかったのだろうか、と思います。

 

 

           松本大洋の「花男」

           今でもしっかり本棚にある。

 

           絵の感じはまったく異なるが、

           キャラクター設定が似てるかも …。

 

 

 

私は、昔からたくさんの漫画を見てきています。少女漫画も含め。

でも最近(といっても結構前から、かな) の漫画は見ていませんね。

 

「スラムダンク」 とか「進撃の巨人」 とか「ワンピース」 とか

「鬼滅の刃」とか …………

まったく見たことがないし、こうやって並べても、果たしてこれが

流行った順序なのかも分からないし、

他にもたくさんヒット漫画があることは知ってますが、興味がない、

………… というのが、最近の私の漫画状況だったので、

 

正直、戸惑ったのですが、ま、ハマりましたね (笑)。

も一つ、ま、正直、とっても暑苦しい漫画なのですが。

 

 

ともかく。7巻をあっという間に読んだあと、その続きは、

ナミさんが購入したというネット漫画を20巻近くまで夢中で読み、

とりあえず、

大きなストーリーがいったん収まったところで休憩しています、現在。

やはりその暑苦しさを冷やすため(笑)。

 

もう少し時間を置いたら、また読み始めるでしょう (笑)

 

 

ということで、今回もまた、

長々とお付き合い、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊都国つうしん 125

 

 

● 前回の続き、まずは約380kmの行きの話。

 

   「美々津(みみつ)」という面白い地を見つけました

    ……… という話が主題です。

 

   実は昨年9月に一人ドライブしてナミさんが見つけた場所です。

   面白そうと思って今回寄り道したのです。

 

   (今回もやはり長くなりそう)

 

 

宮崎に向けて出発した日は、雨予報でした。幸い雨は振らなかったのですが、

まぁ初めての道を行くのに最悪の霧・霧の日。

 

 

も一度、往路確認の意味でこの地図を。

 

 

       4時間41分の表示に隠れている所にある

       別府湾SAで昼食の予定だった。

       ナミさんが前回ここで昼食をとりながら

       別府湾の景色を楽しんだ、というので。

 

 

 

ところがその別府湾サービスエリアに行く途中からひどい霧で、

高速道路でもかなりみんなが慎重にドライブしなきゃいけない………状態。

そして到着したら、こんな状況でした。

 

 

             絶景が見えるのはずの

             別府湾SAの展望所。

             展望所?冗談でしょ、という感じの霧。

 

 

        さらに私らが止めて少ししたら、

        その駐車場がこんな風に。

        2、30分前この状態だと、駐車することも

        結構むずかしかったのでは。

 

 

 

 

ともかくも昼食後、

霧の中の高速道路を走りながら、私らは寄り道の「美々津」に行くために

日向(ひゅうが)インターチェンジで高速を降り、

宮崎県・日向の地を走ります。

高地から低地に降りたせいか、霧は消えました。

 

日向の街なかを走っていると、こんな店が…………。

 

 

              えっ、

              「お湯販売中」って?!

              お湯を売ってる店は

              サーフィンショップだ。

 

 

 

 

ここ日向は、それ目的の移住者が多いほどの、

サーフィンの絶好のゲレンデが長長と続くエリアです。

 

冬でもいい波があると、当然、サーファーたちは海に出てる。

走っていてときどき見える海に、いい波とサーファーたちが見えている。

たぶんそんなサーファーのための、お湯販売なのでしょうね、

なるほど(笑)。

 

 

 

●で、そこを走りつづけて、美々津の町(集落)に入ります。

 

入ったとたん、これまでとまったく違う雰囲気。

古き良き………

といったおそらく江戸末期・明治時代の佇まいの家々が並んでいます。

そして、観光客がまったく歩いていない。(私らだけ)

だから、その静寂さが独特の空気感をかもし出している、と気づくのです。

 

まず場所を。縦に長い長い宮崎県の

県北にあたる。日向灘に面した青い目印が、美々津です。

 

 

 

 

          そして街並み。

            国の重要伝統的建造物群保存地区

          指定されているそうだ。

 

 

ここは、とても古い歴史を誇る由緒ある土地であり、

江戸時代から明治、大正、昭和の初めまで廻船で栄えた土地だったよう。

しかし戦後、鉄道、さらには国道ができてから衰退が始まったようです。

つまり、美々津の海路の価値がそこなわれたわけです。

 

 

 

           どこの家の郵便受けにも

           このような廻船で栄えたなごり

           の、ような船のレリーフがあった。

 

 

 

ここには、観光客むけにある施設はおそらく、2つだけ。

「美々津軒」と「歴史民俗資料館」。

 

「美々津軒」は、明治初期の廻船問屋の家を多少修理し、

 ほぼ当時のままを残して、往時の繁栄ぶりがすみずみに感じられるように

 展示している建物です。見どころが多い。

ここの案内役の女性が、90歳を超えているのに、まぁ、素晴らしい説明ぶり。

 

以前来たときにも会っているナミさんとの再会に、本当に喜んでいました。

ここにある土産コーナーが、

おそらく美々津の唯一の、観光客用のお土産屋と、思う。

 

 

 

それはさておき、彼女の説明により、往時の繁栄ぶりはもちろん、

神話の、まだ天皇になる以前の初代・神武天皇が、ここ美々津の浜から

近畿地方にむかって船出した、との話を聞きました。

これ、神話上では「神武東征」という話、その出発地、ということ。

 

 

さらには、明治4年の廃藩置県の直後、短期間ではあったけれど、

この日向一帯が、なんと「美々津県」だったことも教えてもらいました。

 

 

            廃藩置県の直後の

            九州の県。(画像サイトより)

            確かに日向は「美々津県」だ。

            ほかに、伊万里県?とか、面白い。

 

 

 

             これは歴史民俗資料館にある

             「美々津県」の県印だ。

 

 

 

●昭和初期、まだ美々津の繁栄が残っていた頃のこと。

 

 1940年(昭和15年)は、紀元2600年、

 (日本神話上、神武天皇が即位して2600年にあたる年らしい)。

 

 子どもの頃、紀元2600年なるそんな話を聞いた記憶が、

 美々津軒での説明を聞くうちによみがえりましたが。

 

 昭和15年、まさに太平洋戦争開戦の前年です。

 きっと軍部・国が中心となって、大変な記念行事が行われたでしょう。

 

 ここ美々津では、大きな廻船問屋だったか筆頭の船大工だったか、

 彼女の説明を忘れましたが、ともかく当時の美々津の大尽が、

 自費で大量の木材を調達し、自費で、神武天皇が美々津から大阪まで航海した

 という船を造ったそうです。

 

 

 

           歴史民俗資料館に展示された

           その作られた船の模型。

 

 

           さらには、美々津から大阪までの

           神武天皇の航跡をたどる航海、

           大阪に到着した様子を記事にした

           当時の新聞。

 

 

 

ともかく。歴史的な街並みが残っている(多分維持も大変でしょう)

しかし現在は、昼間ですら人通りがほとんどないその街並み…………、

その、遠い昔から廻船業でにぎわった美々津の日向灘に面した港そばに………。

 

 

 

        神武天皇を祭った立磐神社のとなりに。

        なんと、

        日本海軍発祥の地、だと。驚いた。

 

 

 

●九州は、日本の中でも古い歴史、激しい歴史を経てきた土地、

 

 という印象はありましたが、それは福岡に来て、改めて思ったことです。

 

でも、この初めての遠出の旅の途中で、

たぶん1時間ほどの滞在だったと思いますが、とっても面白い所に来たなぁ、

こんな、いわばひなびた小さな集落に、とんでもない歴史が残されている、

しかもそれがあまり知られていない………それに触れることができた、

九州は、やっぱり面白いなぁ………という静かで大きな興奮がありました。

 

 

私、以前のブログで、風来坊です、と自分のことを書きました。

風来坊だからなのか、風来坊こそなのか、その地の歴史と関わりたい思いが

大人になってからうまれたのでしょうね、きっと。

 

 

風来坊なり(その故郷)について言えば、

 

第1の故郷が生まれた小樽だとすれば、

第2は大学時代の京都、第3は一番長いが仕事をしていた東京、

第4が次の事を考えようと思い結果的にはそのまま隠居して住んだ沖縄、

その後の続きというか、次の地、第5の故郷・福岡。

 

ま、5つの(ある種のこころの故郷)を持つありがたさが、あるわけです。

 

 

歴史は昔から好きでしたが、隠居生活が始まった沖縄から、

いまいる自分の地の歴史のことを知りたがることが始まったと思います。

だから、越してきた福岡でもいろいろこの地の歴史を読んできたのですが、

 

そこからちょっと離れた、江戸時代でいえば高鍋藩の地、美々津の

それも古代から江戸、明治、昭和の歴史、九州の地の面白い歴史を知り、

とてもうれしかったですね。

 

福岡県内のことも、もっと知りたいし九州の他の県のことも知りたい、

そう思わせてくれた旅の初日でした。

 

 

 

また、長々お付き合いありがとうございました。

 

 

 

 

 

伊都国つうしん 124

 

● 福岡に来て初めての遠出でした。

 

   こちらに越して来て、あちこち行こうと思っていたらすぐにコロナ禍。

   福岡、糸島ですらあまり行っていない………。

   (最近はコロナ状況的にも行けるようなのですが、出不精グセに)。

 

   それが先日、宮崎市に(わが家の2台目)愛車ブル吉くんで行ってきました。

 

 

 

       ブル吉くん(命名はナミさん)

 

       沖縄時代、10万キロ走った軽を、中古で買ったパジェロミニ、

       8年20万キロ近くまで乗った、そのゴーヤくん(命名同じく)が

       とうとうダメになり、急きょ購入した2代目、スバル・ステラ。

       同じく軽です。

       軽薄なブルー(私見)だけど、今回、とても頑張ってくれた。

 

 

 

   宮崎市、、地図やネット情報で遠いなぁ、とは思っていましたが、

   いや走ってみて、実に遠かった ………

   (ちなみにブル吉くんにはカーナビなし・スマホのグーグルナビで)

   わが家から宮崎市。こんなに遠いんだ、と

   改めてわかりました。

 

 

 

 あとで給油後に計算して分かったのですが、

 わが家から宮崎市まで、約380kmでした。 

 これ、調べたら東京からだと、なんと名古屋を超える距離らしい……

 え、九州の中で? ですよね。

 

 なるほど、遠かったわけだぁ、です。

 ま、ともかく、いろいろ初めての楽しい体験でした。2泊3日でした。

 

 

● さて、宮崎市に行こうと思ったのは、

 

 

(ここで注意!  

 

 なぜ宮崎に行こうと思ったのかの話をするために、

 私の昔からの音楽趣味の話から始めています。だからいつものように、

 ここから先が、けっこう長くなるので、

 途中で、あ、いいやと思った方は、どうぞ飛ばしてください) 

 

 

 

 

 ● 私は、中学・高校と、まさにビートルズとリアルタイムの年代です。

 

 が。

 もちろんビートルズも聴いていましたが、当時私がもっとも聴いていたのが

 タンゴとシャンソン ……… でした、という、

 大人になってから振り返って、自分でもかなり変なニンゲンだったと思います。

 

 とはいえ、今でも両方とも好きです。

 シャンソンは、今やほとんど消えかかっていますが、

 タンゴは、ピアソラのおかげまだ生き残っている、という風に感じています。

 

 日本には、ピアソラに憧れたバンドネオン奏者、それもかなり優秀な人がいます。

 もっとも知られているのが (もちろん愛好者間で、ですが)、「小松亮太」。

 私は昔から大好きです。CDは何枚も持っています。

 彼は、ピアソラ没後、アルゼンチンに行き、存命な当時のバンド仲間と演奏して、

 大絶賛された人です。

 

 

 

            アストル・ピアソラ。

            アルゼンチンタンゴに革命を起こした人。

             (以下3点は画像サイトより)

 

            ま、一番知られている曲は

            リベルタンゴ。

            興味がある人は聴いてみて。 

            あ、と思うはず。

 

 

            小松亮太。

            49歳になったのかぁ。

            日本のバンドネオンの第一人者、

            というか、

            たぶん世界一ではないでしょうか。

            バンドネオン奏者って、世界に

            そんなにいないと思う(私見)。

            この楽器、日本人好みの音色なのかな。

 

 

 

彼のライブはずっと前から見たいと思っていたのですが、

なんせ沖縄には来ないし、福岡に来て期待したのですが、コロナ禍。

 

ここ一年でも来る予定はない ………… のかぁ、と思っていたら、

バンドネオン奏者で、若手ですがもう一人好きな三浦一馬が、来るのです。

 

 

             三浦一馬。32歳。

             私は彼のCDは一枚だけ。

             それぞれの曲にイマイチ迫力が ……。

             と思っていた。

 

 

 

● ふたりの違い ……… もちろん年齢も関係していると思いますが、

 

 ふたりとも、ピアソラに大傾倒しているのですが、

 

 小松亮太は自分で楽団を作って演奏活動をしています。

 ピアソラ楽団とは違う編成ですが、かなり近いと思います。

 もちろん「小松亮太のピアソラ」 ですが、ピアソラに近い音が楽しめる。

 

 

 三浦一馬は、年齢的なのか思考的になのか理由は分かりませんが、

 自分の楽団は作らず、同じようにピアソラ好きな演奏家ソリストと

 コラボレーションでピアソラを演奏する、という活動をしているようです。

 

 私が持っている一枚の三浦一馬のCD

 コラボによる新たなピアソラを作ろうとしている……のは感じるのですが、

 正直、ちょっと迫力に欠ける印象を持っていました。

 

 

 で。昨年暮れ、ネット検索で

 小松亮太はここ一年来ないと知り、ならばと、三浦一馬を探していたら、

 なんと、福岡と、宮崎の公演がありました。

 でも、福岡よりも宮崎のほうが、好きなソリストと共演するのでした。

 

 チェロの宮田大と、ギターの大萩康司の名前がありました。

 二人ともとても好きでよく聴いています。

 ぜひとも生で見たいと思っていたので、すぐに申し込んだわけです。

 

 距離を考えもしないで(つまりそんなに遠くないだろうと思って)、

 宮崎公演を申し込んだのです。

 

 

     三浦一馬 宮崎市公演チラシ。

     (画像サイトから)

     ピアソラの五重奏団みんなソリスト。

     2列目に左が大萩康司、右が宮田大。

 

 

 

 

   宮崎市・アイザック・スターンホール。

   欧州のオペラハウスを参考にしたのだろう、

   舞台に向かって、左右の2階3階そで席が

   なかなか素敵で、

   全体がほぼ満席になっていて驚いた。

 

 

 

● で。演奏は(約2時間)、本当に素晴らしかった。

 

 ピアソラはもちろん知っていて大好きなナミさん、

 しかしバンドネオンのこととか、その奏者のこととか知らなかったナミさんも

 とても感動した、と言ってました。 それがうれしいし、

 

 

 私もまったく同感です。

 前述したように、正直、この公演、それほど期待はしていなかったのです、

 でも、チェロの宮田大とギターの大萩康司をライブで聴けるのだから……と

 思っていたのです。

 

 

 ところが、です。

 とんでもなく、ともかく5人が5人、素晴らしかった。

 まさに優れたソリストたちです。

 バンドネオン、ピアノ、チェロ、ギター、サキソフォン、いや本当に。

 

 三浦一馬が、思わず

 「いやー、新年早々いいのかなぁと思うほど、熱くなってしまいましたね」

 と言っていましたが、まさに5人とも熱く盛り上がったコラボレーションでした。

 

 アンコールの2曲目でこれで最後です、との話があり、

 実際それで終わったあとも拍手が鳴りやまず、舞台袖に引きあげた彼らが、

 その後も2度3度、舞台に登場して拍手に応えていたほどです。

 

 

 いやぁ、初めてバンドネオンのライブ、好きなピアソラの楽曲ライブを聴いて

 とても幸せな時間を持てました。

 

 今度はやはり、小松亮太のライブもぜひ福岡で見たい。宮崎は遠いもの(笑)。

 

 

 で。

 今回、長いブログを読んでくださり、本当に感謝しています。

 

 でも実は、宮崎行き帰り(それぞれ約380km)にも

 とても、いろいろ話したいオモロイことがあったので、

 次回以降にお話させていただきます。

 

 とりあえず(笑)、長い長いお付き合い、ありがとうございます

 (次回も長くなりそう……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊都国つうしん 123

 

 

● 希望的観測として、年齢とは関係ないと思いたいのですが。

 

 

   というのは、

   今年、誕生年は省いて、6回目の歳男を迎えることも、まぁ

   少しは関係あるかもしれないけれど、

   昔から結構そういう傾向があったので ………、と思っています、ハイ。

 

 

いくつかあげると、

 

・ DVDを借りて見ていて、半分くらい過ぎたとき 「あっ、これ見たことあるわ」。

・ 本を買ってきて半分くらい読んだとき 「あれ、これ読んだことある ……」、

  さらに(もしかして……) と本棚を確認したら、同じ本があったり。

・ 東京から沖縄に越すときに、90%くらいの本・雑誌を処分したのですが、

  実は、厳選して持ってきた本棚の中に、同じ本が4~5冊あって自分で唖然。

・ これは便利そうだ ……と買ってみたら、以前買った同じものがいくつもあったり。

・ うまいと評判の店で次は違うものをとメニューを見て、また同じものを注文したり。

 

 …………… ほかにもたくさん、これはもう昔から。

 

 

でもまぁ、ここ数年、そういうことが以前よりは増えてきたかな、とも思います。

 

自分の年齢って、

まぁ身体の面でいうと、それこそ目、が顕著ですけれど、

他にもいろいろ以前とちがう、出来ないことが増えてくる、おとろえる、

ということはあります。

 

ただ、鏡を見なければ、以前と全然変わっていない自分 ……… もいるわけです。 

 

 

…… とはいえ、やはりその、心の面でも年齢は感じることもありますね。

 

これは誰かが言った言葉で、とても名言だとと思いますが、

 

  若いときは、

  体に受けた傷は早く治るけれど、心に受けた傷はなかなか治らない。

  齢とってくると、

  体に受けた傷はなかなか治らないけれど、

  心に受けた傷は早く治る ………(ま、いいか、という感じで)(笑)。

 

 

 

つまり、いい意味での 「忘れる技術」 というか、

生活の (心地よく生きていくための)知恵というもの、なのでしょうか。

それは年齢を重ねてきたからこその、ということかな。

(ま、物事の本質に向き合っていない、と批判されるかもしれませんが)

 

 

 

 

● で、そんな私なのですが、

 

  「忘れてるっ……」 ってことで、とてもいい経験をしたのです、最近。

 

 

 

少し前のブログで 「百日紅と千日紅」 の話をしました。

 

で、その後に (あぁそうだな )と本棚から取り出し、

久しぶりに杉浦日向子の漫画 『百日紅(さるすべり)』 上・下を読んだのです。

 

私、何度か見ています、この 『百日紅』。

 

 

 

        杉浦日向子 『百日紅』 上・下。ちくま文庫

        私の持っているのは、2015年刊。

        上は第18刷 下は第17刷だ。

        それぞれ約350ページと分厚い。

        実際には、198311月から1988年1月まで

        4年余りの期間に描かれた30作の物語。

 

 

上・下各15作品、だいたい1話につき20ページ~30ページ。

憶えているシーンもいくつかありますが、

 

実は、ほとんど忘れていまして、それで、まるで初見のときのように、

一つ一つの物語に感動してしまいました。

 

 

自分の記憶力の最低さ加減にあぜん ………、当然、もちろんそれもあります。

あきれ返ってしまいます。また、忘れてるって。

 

でも、

「忘れてるって ……」 ことは、なんて素敵なことなんだろう、と

読み終わった後に、心底、感謝したのも事実です (笑)。

だって、何度も同じもので

新鮮な感動をすることができるのですから(特異体質か?)(笑)。

 

 

年齢もあると思いますが、たぶん遺伝でしょうね、

この私の、忘れる柄? 体質? 脳?

私の母親も、いろんなこと (大事なことも)普通に忘れていた人でしたから。

 

 

でもまぁ、記憶力が弱いというか、記憶が不得意な人も、

決して捨てたもんじゃないな、ということで (笑)。

 

 

 

 

           冬になると何度もブログに登場する

           わが家の庭の小さな寒椿。

           ナミさんが昔私が買った皿に、

           飾ってくれた。なかなか美しい。

 

伊都国つうしん 122

 

● 一応の “中” 掃除を済ませ、一応のお正月を

 

   お正月は好きです、昔から。

   子どもの頃は、まさに “もういくつ寝ると…” だったし、

   大人になっては、いろいろ理由はありますが、一番大きな理由は、

   ここで、新たな自分を進めましょう、という気にさせてくれる、

   日本の思想ですね。

 

   何回か言ってきていますが、日本人の気質でしょうね。

   (そうやって何でも忘れ去り、物事の本質を突き詰めない ……

    という面が裏側にありますが)

 

   元日は、いつもそれなりにやはり、儀式っぽく、一日を過ごそうとしますし、

   それで新年を迎えて、自分に、何らかのパワーをもらおうとします。

   (ま、私が神道の(なんちゃって)信者、だからということもある)

 

 

4度目伊都国での年始は、何んででしょう、かなり酔っ払ってしまって、

そういういつものルーティンがうまくできなかった ……、

酒のこりで頭が重い、、、元日でした。

が、ま、さんがにち、連日気持ちのいい青空で迎えられました。

 

 

● そんな4年めの、ここ福岡市西区・伊都国の、年末年始の写真羅列です。

 

 

 

   いつものように年末に、しめ飾り。

   少し大きいがシンプルなものを。

 

 

 

           30日に恒例の

           小樽の魚屋から毛ガニが届く。

           今年は少し大きめだ。まだ凍っている。

 

 

         31日、一年に一度のぜいたく。

         カニはやはり毛ガニが

         一番おいしいと思う。

 

 

    糸島の友人夫婦から、

    いつもの「糸島日めくり」いただく。

    また例年、由布院の蕎麦もお裾分けして

    もらっていて、昼に、年越しそばに。

 

 

 

 

 

          元日、昼も進んだ頃にようやく

          神棚に、お屠蘇代りの日本酒と

          おせち料理、お雑煮をお供え。

          のちほど、神気が入ったお酒や

          正月料理をいただきます。

 

 

 

 2日。今津湾に面した「二宮神社」さんへ初詣に。

 海岸沿いを歩いていると、

 たぶん初乗りでしょう、

 海にウィンドサーファーが2~3艇。

 沖縄では私も正月早々に乗ってましたが、

 ここでは寒さが違います。

 沖縄10年で、軟弱なウィンドサーファーになり

 3月までは冬眠してます。

 

 

    2日の午後だったが、

    二宮神社の初詣は、私ら二人だけ。

    時間帯なのかな …… その後一人来ていた。

 

 

        2日の夕方、2階のベランダに出たら、

        遠くの空に (何だろう ……)

        ようやく、凧だと気づいた。

        凧揚げを見たのは久しぶりだったからだ。

        それにしてもずいぶん高いなぁ。

        右側の空には、ひこうき雲の2本のラインが。

 

 

 

    3日は、二つの神社に初詣。

    まずはすぐ近く、今山にある

    「熊野神社」へ。

    参道の長い長い階段がハードなんだけど、

    その分、いつ来ても荘厳な気になる。

    そして木もれ陽がいつも気持ちいい。

 

 

         熊野神社さんの上にある展望所。

         目の前の樹木が少し剪定されていて、

         以前来たときより展望がよくなっている。

         ここで初日の出を迎えた人も多いだろう。

 

 

 

       もう一つは、クルマで15分ほどにある

       桜井神社さん。ここもいい神社だ。

       参道に出店が並んでいるのを初めて見た。

       3日の午後遅めなのに結構混んでいた。

       ここには二つの本殿があり、

       こちらは、「桜井神社」さんの本殿。

 

 

 

       その真向かいを少し上った所にあるのが

       「桜井大神宮」さん、その一の鳥居。

       ここには伊勢神宮の

       天照大御神と豊受大御神の二神が祭られている。

 

 

 

    3日の夜は、私が握る鮨。

    今年は、中トロ、ヒラメ(エンガワも)、

    昆布じめした鯛、シマアジを握った。

    まずまず。

 

 

 

 

ということで、お粗末さまでした。

今年もどうぞよろしくお願いします。