光陰矢の如し、とは言うけれど | Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん

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2010年1月。30年以上住んだ東京から引越し、沖縄生活をスタート。
その沖縄に10年暮らし、『Okinawa通信』を書きました。
が、さらに、2019年10月末に、ここ、福岡市西区・糸島近くの
「伊都国(いとこく)」の地に。

伊都国つうしん 82

 

● 福岡に越してきて 2年と約4か月 ………

   まぁ速いこと。
   その、約28か月のうちの24か月は、新型コロナ禍の下 ……。

 
   福岡に来たら、どこそこにも行ってみたい、あれもやってみたいが、
   ほとんどできない ………、
   そんな、いわばあまり充実していないと感じられる日々。


昔から言われていることですが、
例えば無為にすごす日々は、その時には一日が長く感じられても、
ふりかえれば、あっという間に過ぎた日々となります。
なんせ、中身がないのですから。

対して、日々充実してすごした期間は、その時には一日が短く感じられても、
ふりかえれば、たとえ一週間だったとしてもずいぶん長く感じられたりもします。

そういう喩えでいえば、この約28か月は、やはり速かったですね。


もっとも、

年齢を重ねれば重ねるほど、一年が速くなる、ということもあるかなぁ。



● 子どもの頃の一年、20年代の一年、そして50代60代の一年の速さは違うのか。

   年齢をとると、だんだん (どんどん) 一年が速くなる、とはよく言うことだし、
   私自身もそう実感しています。


ずいぶん以前、たぶん50代になったときだったと思いますが、
なじみのバーのカウターで常連客どうし、そんな話になった時があります。

  その時、私がたとえ話で、
  「人生って、人間の一年って、LPレコード盤のようなものだ」


  という思いつきを話しました。


  LPレコード盤は、1分間に33回転。 針が 1周するのを1年とします。
  そしてレコード盤の外側は、子どもの頃です。年齢をとるごとに内側にきます。

  同じ1分間33回転 (つまり同じ1年) ですが、
  レコードの針は、子どもの頃は長い距離を廻ります。

  が、年齢とともに同じ1周 (1年) でも、
  針がたどる距離は、どんどんどんどん短くなってくる ………


この話は、大いにウケました (笑)。
思いつきだったけれど、我ながら、いい喩えだったな、と憶えているのです。




 

             レコード盤とプレーヤー。
             (画像サイトより)

             最近は、なぜかこのアナログな
             レコード盤とプレーヤー市場は
             右肩上がり、らしい。




● 年齢とると一年が速くなる ……… に、新しい説。

 この新説、たしか日経新聞のコラムで読んだ記憶があるのですが、
 ちゃんとメモしてなかったので、
 いつの、誰のコラムだったか分からないし、
 正確にはどのように語っていたか、不確かで、申し訳ないのですが、
 
 内容な以下のようなものでした。



   人生の時間について。なぜ年齢をとるとに速いのか。
   それは人生の年月の経験との関係、という話。 

   つまり、10歳の時のその1年の経験は、10歳の人生の中の、10分の1の経験だ。
   対して、50歳の時のその1年の経験は、50歳の人生の中の、50分の1の経験。

   人生の中での経験としての記憶の割合が、どんどん小さくなっていく ……。


   20歳のときの1年の経験・記憶は、その人の20分の1年、
   70歳のときの1年の経験・記憶は、その人の70分の1年、

   同じ1年の経験・記憶でも、時間の割合がどんどん小さくなる ………
   だから年齢をとると時間が速い。


う~む、これはこれで深いものがあるなぁ (笑)。


ま、こんなどうでもいいことを考えなくても済むよう、
早くコロナ禍など消えてほしいですよね。



 

             わが家隣り、大家さんチの白木蓮、
             2月12日まだ寒いのに、
             しっかり蕾がふくらみ始めている。

             白木蓮にも一年が巡ってくる。
             それはきっと速くも遅くもない、
             律儀な一年なのだろう。