福岡に来て、初めての夏 | Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん

Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん

2010年1月。30年以上住んだ東京から引越し、沖縄生活をスタート。
その沖縄に10年暮らし、『Okinawa通信』を書きました。
が、さらに、2019年10月末に、ここ、福岡市西区・糸島近くの
「伊都国(いとこく)」の地に。

伊都国つうしん 7


● 7月30日に週間予報どおり、梅雨明けしました。

   8月に入って東海地方は梅雨明け宣言されましたが、関東はまだなのでしょうかね。

    (今回は、ちょっと新設コーナーの紹介があるので、少し長めになります) (いつもか(笑))



で。
なかなか明けなかった梅雨、
夏が大好きな私は、いつもだったらイライラしていたでしょうが、
今年は、7月初めの2週間、すでに夏になっていた沖縄に行ったおかげか、
しごく落ち着いた気持ちで(笑)、梅雨明けを迎えましたね。


ところで私らが行っていた間は、感染者がほどんと居なかった沖縄も、
いまは大変なことになってきました。
ここ福岡市も、過去最大の感染者数などということになりました。


一昨日かのロコニュースで、若い福岡市長が、
「感染者数を抑える対策か、重症者を出さない対策か、
 どちらが重点を置くべき方向か、それを検討していく」
と、語っていました。

いつも横文字まじりのプラカードを持って説明 (解説?) している
東京都知事とちがって、頼りがいのある市長だな、と感じたしだい。




● ところで、福岡に来て初めての夏。

   やっぱり暑いです ……
   沖縄の夏との違いはまた、こちらの夏を十分経験してから紹介します。

   夏を迎えての、わが家周辺の様子などを少々。


歩いて5分の今津湾の海水浴場 ……… 駐車場がないから、どうなんだろうと思っていました。
昨日8月2日は、梅雨明けして初めての日曜日です。
なので海水浴場は、どんな人出なのだろうと様子を見にいったところ ……。



 

               たぶんコロナの影響はあまり関係なく、
               盛夏の今津湾の海水浴場はこんな感じなのかな。
               8月2日午後2時半頃。

               子ども連れの家族中心に、
               端から端まで歩くと20分くらいのビーチに、
               全部で50人くらいかなぁ。
               そして風が弱いのにやはり日曜だからか、
               ウィンドサーファーは10人以上居た。



私、まだこの今津湾でのウィンドサーフィンデビューをしていない。
沖縄から戻ってこちらの梅雨が明けたら乗ろう、と待機はしているのですが、
肝心の風が、なんかしばらく吹かない予報です、残念だぁ。




あとは、わが家の夏の風景 ……… これ、沖縄時代と変わらないなぁ。


 

                ナミさん、梅雨明けを待っていた。
                漬けていた梅を、三日間天日干しするからだ。
                7月末日にようやく干せた!と安心していた。



 

               こちらでもプランターに植えたオクラ。
               苗植えをした後で沖縄に出かけた。
               留守した2週間はずっと雨だったので
               大丈夫かなと心配だったが、
               こうしていつのように、
               可愛らしいオクラの花を毎朝咲かせてくれる。
               毎日少しずつだけど収穫している。



 

                  東京の友人、Maちゃんから頂いた
                  能作の風鈴。
                  まさに涼し気な音色がすばらしい。






● さて、話は変わり。


【200字小説】 コーナーの新設について。


実は、まだ東京で仕事をしていた時 (つまり沖縄でブログを始める以前)、
たぶん13~14年前くらいだと思いますが、

フッと、200字の小説を書いてみよう、と思いつきました。

短編小説は好きですが、いわゆるショートショートはそれほどでも ……、
たまたま書棚にあった川端康成の 『掌の小説』 文庫を再読して、
あぁ面白いなぁ と改めて感じたのが、きっと、きっかけだったと思います。

それまで日記はつけていたけど (といっても 「3年日記帳」 なのでごく少量の文章)、
小説などはこれまでの人生で一度も書いたことはありません。

でも書きたくなったのですね。 (何故かは今もわかりません)
200字にしたのは、たぶんその日記の文章量くらいだったからでしょう。


で。
30本くらい、少しずつ書いていたとき、
これをブログか何かで公開して (自分の文章を公開するのが目的ではなく)、
誰もが投稿できる 「200字小説」 サイトを 開設すると面白いかも、と考えたのです。

200字小説なら、きっと多くの人が気楽に書けるのでは …… と考えたし、
(ほら、こんな程度でいいんですよ) と、自分の書いたものを例としてあげれば
投稿しやすいのでは ……… とも、考えました。



ところが。
そう思っていた矢先に、なんと 「ツイッター」 が登場したのです。

140字以内でしたっけ (私はツイッターはやっていないので不確か)、
文章のやりとりができるアプリが出てきて、、、、

まぁ、もちろん直接は関係がないのですが、なんか、勢いを削がれたというか、
その気が、失せてしまったのですねぇ。 なのでそのまんまに ……。


で。 実は最近、
その時書いたものが、私のPCのドキュメントに残っていたのを見つけたのです。


そして、いまこうやってブログという形で (少人数とはいえ) コミュニケートしていますので、
なんか日の目を見せることができないかな、と考えたのです。


というのも。
読み直してみると、その時書いた30本あまりの 「200字小説」、 実はすべてが、
私自身の体験や感じたこと考えたことなどが、その1本1本のアイデアの種になっている。
まぁ、小説というのはそういうものなのでしょうが。

わずか200字の小説の中に、時代はそれぞれかなり異なるものの
それを体験した・感じた・考えたときの自分がそこに居ることに、気づくわけなのですね。

(完全を望みながらいつまでも、当然ながら不完全で、しかもいろんな矛盾の塊と、
 さんざん悩みながらも、結局は、共存する、している …… そういうことで、
 自分ができている ……) ということが客観的に、面白く見えてくる ……。



つまり 「200字小説」 は、別な形式としての日記だし、
それを体験したり感じたり考えたときの、自分自身の感情や周囲のことまで
その記憶を呼び起こす …… なんというか 「過去からの手紙」 みたいな、
そんな印象を受けたのです。


それに気づいて、これは面白いな、と思い、
いま書いている、ほぼ自分の日記のような 「伊都国つうしん」 の中に
入れてみようと考えたわけです。


30数本は当時書いたものがありますから、まぁそれくらいは続くでしょう (笑)。
その後はどうか、パタリと終わるかもしれません。


というより、
興味のある方は、200字です、どうぞコメントとして投稿してください。
きっと面白いのでは、と思います。


たぶん私の書いた何か(200字小説も含) に刺激を受けて、
そこに共有・共感するような別な何か (体験や共感)が生まれるかもしれない。
「200字小説」 は、
その後に読んでみて、何かを与えてくれる 「手紙」 になるかもしれませんね。



他人に対しての誹謗中傷や、ひどく偏った政治的なものでない限りは、
こちらに掲載させていただきますので、ぜひとも。
ただし、最後のマルのはみ出しOKですが、必ず200字以内で。タイトルは別に。
ぜひぜひ!!


ということで、長くなりましたが、
まずは。



【200字小説】   第1回



 

                   写真は、文章とは関係ありません。
                   文字が長々続いたたので、箸休め。
                   8月2日、十三夜の月。
                   これを書いている窓から美しく見える。
                   沖縄の琉歌 「月ぬ美しゃ (かいしゃ)」 を
                   思い出す。



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 朝のアイドリング。

 いつものように6時5分の始発バスに乗る。毎度毎度の場所にいつもの顔顔がいる。
 私もいつもの席に座る。目の前のいつも立ちながらずっとケータイを見ている男に
 今朝も目がいく。40代前半だろうか、勤め人だ。一体何を見ているのだろう?
 ニュースだろうか、いやときどき指を動かしているからメールなのか。
 毎朝、出勤前に仕事のメール?そんな風なハードビジネスマンには見えないなあ、
 いつもいつも同じことを考えている。



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