アメリカ世の沖縄の写真展 | Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん

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2010年1月。30年以上住んだ東京から引越し、沖縄生活をスタート。
その沖縄に10年暮らし、『Okinawa通信』を書きました。
が、さらに、2019年10月末に、ここ、福岡市西区・糸島近くの
「伊都国(いとこく)」の地に。

Okinawa通信219



●沖縄市の、中心街ともいえる胡屋(ゴヤ)十字路から、ちょっと街外れの所に洒落た 「プラザハウス」 があります。


この 「プラザハウス」、なんでも日本初のショッピングモールだそうですが、来た当座は (なんでこんな場所に……) と思っていました。
気がついてみたら、すぐそばにキャンプ瑞慶覧 (ずけらん) があります。


つまり、ここはもともと米軍関係者向けに建てられたショッピングセンターだったのです。
そして当初は、まさに米軍関係者のみしか入れなかったとのこと。


沖縄戦終了から (1945年) 本土復帰 (1972年) までの27年間。
沖縄には、琉球政府という名の統治機構がありましたが、米軍政府下の 「琉球列島米国民政府」 の下部組織となっていました。
そして、この米国民政府は、琉球政府を指揮監督し、その決定を無条件で破棄できることになっていました。


この27年間を、沖縄では 「アメリカ世(ゆ)」 と呼んでいます。


いわばそのアメリカ世(ゆ)を象徴するようなプラザハウスで、
アメリカ世(ゆ)時代の沖縄市 (当時はコザ市) を中心にした 「琉球文化写真展」 が行われていました。


当時、沖縄に在住した米国人カメラマンの写真がメインになってましたが、
見ていると、戦後まもなくの、今とはまるで違うコザの街並みなどもあったものの、
なんか50'sの頃のアメリカの田舎町 ……… と感じさせる写真がとても多く、
(あぁ、やっぱりアメリカ世(ゆ)だったんだなぁ…)と、改めて感じたしだいです。


この写真展みても、きっとウチナンチューは、あまりいい気はしないんじゃないかなぁ。



Okinawa通信-プラザ2


                 創業50年以上のプラザハウス。
                 今でもロージャーズをはじめ、お洒落な店舗が入っている。
                 残念ながらあまり人出は多くない…。
                 写真は、プラザハウス画像サイトから。


Okinawa通信-プラザ3



Okinawa通信-プラザ1


               写真展を告知するサイト画像。

               いずれもアメリカ世(ゆ)当時のプラザハウスの写真だろう。
               (プラザハウスのサイトから)


               かつてコザの国際感覚発信地だったように、
               現在でもそのコンセプトを維持している。
               サイトのデザインやコンテンツも頑張っている。



● 「琉球文化写真展」 の写真などから。




Okinawa通信-基地内


             写真展コーナーに入ると、いきなりこの写真。

             基地内の写真だが、ここはまさにアメリカの田舎町だ。

             真っ平らな芝生がずっとつづく。

             ゲートの外は、沖縄だ。



                    
                    Okinawa通信-胡屋十字路


                     胡屋十字路付近。

                     いまは角にミュージックタウンのビルがある。

                     よく見ると、クルマは右側を走っている。




Okinawa通信-ゲート風景

                   当時のゲート通り風景。

                   英語の看板がならぶ。

                   夜はもっとすごいことになっていただろう。




Okinawa通信-浴衣犬


                  写真展とは関係ないけれど……。

                  展示場のすぐそばにあった浴衣など着物店。

                  プラザハウスに入っている店は、みんなそれなりに

                  いい店、いいブランドなんだと思う。

                  けど、このマネキン……。

                  浴衣の右脇に、どうしてブル犬(ぬいぐるみ)を

                  抱えているんでしょう(笑)。

                  吹き出しながら、撮ってしまいました。

                  このセンス……わからん…。




Okinawa通信-ゲート通り


               現在のゲート通り。(第2ゲート近く)

               今でもこの通りは英語看板がならぶ。

               もう少し左へいくと、バーやキャバレー風お店が

               いくつもならんでいる。


Okinawa通信-胡屋十字路へ

                上の写真の位置から胡屋十字路に向かって。

                このゲート通りも昼間はわりと閑散としてる。



Okinawa通信-ライカム


           プラザハウス近くのキャンプ瑞慶覧(ずけらん)。

           すぐそばに「ライカム」という名の信号がある。

           かつて琉球軍指令部 (Ryukyu- command) があり、

           それが省略 (Rycom) されたのが始まりらしい。


           この近辺は、急に空が広くなる。

           つまり真っ平らに整地された芝生と

           平屋の住宅などが並ぶ。

           基地内は、まさにアメリカです。