しつこくミヤコ先生の話です。
どうして、たった数時間お会いしただけで、こんなに好きになったんだろう?と心のどこかで、毎日ずっと考えています。当日セミナーに参加した方たちが、みなさんご自分のブログで、やはり私と同じように感激したと書いています。
ミヤコ先生より、ずっと前からサロネーゼとして活躍している先生方が、まだ始めて5~6年、それまでは主婦だったミヤコ先生のお教室に、全国から忙しいスケジュールを調整して通っていらっしゃる事実。
もちろん、お料理の腕前や、しつらえのセンスの良さが前提ではあるのですが、私がたどり着いた結論は、ミヤコ先生が「善良」であるからだと思います。
善きもの。
邪気がない。
女性というのは、物心ついた頃から、意地悪な面を少なからず持っていると私は思います。
そしてその意地悪(イジワルと書くような軽いものでも)を、他人に感じないまま、大きくなった人はいないのではないでしょうか。
私はいわゆるいじめられっこではありませんでしたが、仲間はずれにされたことは何回もあります。
自分では仲良しグループだと思っていたのに、自分だけお誕生日会によばれなかったとか、ある時自分だけが知らない話題でみんなが盛り上がっていたとか・・・。
大人になると、あからさまなことは少なくなってきますが、それでも地域の活動やPTAなど、人間関係でストレスを抱えている人は多いと思います。
そしてそれは自分がお金を出して通う、いわばお客様の立場になっても、経験することではないでしょうか。
ちょっとした会話の端々、目配せなどで心が傷つくことがあります。
本人がイジワルな場合もあれば、気づかずして、そうなってしまったということだってあると思います。
ミヤコ先生には、それがありません。
元の性格が善良な上に、意識して、自分がそういう立場にならないように、お教室にそういう空気を作らないように。と心をくだいているのだと思います。
セミナーでのお話にあった「知性とは他人の痛みを知ること」とは、そういうことも含まれているのでしょう。
善良。誠実。
サロネーゼのおしゃれな世界とは隔たっているような、そういう言葉の心地よさ。
自分が好意をもって迎えられている、自分もここにいていいんだという実感、あたたかい空気。
人間にとってのスタンダードだと思いました。
たくさんの人がそれにYES!と答えて、お教室に通っているのだと思います。
自分が喜んで好きなことをしていることによって、まわりを変えていく。
ミヤコ先生との出会いは、いろいろなことを私に示唆してくれます。