保育の学びをしていると
Iメッセージ
Youメッセージ
というものが出てきます。
Iメッセージとは「私」が主語になるメッセージ
Youメッセージとは「あなた」が主語になるメッセージ
Iメッセージで伝えるといいよとなっていて
例えば
「ありがとう。嬉しい。」だとIメッセージ
「えらいね。おりこうさんだね。」だとYouメッセージ
Youメッセージだと、褒めてても副作用が出る場合があるのですね。
褒められるためにきちんとする、とかね。
Iメッセージだと純粋に、自分の行動が相手に与える影響を感じることができて
こうすると喜ぶんだな、嬉しいんだなというように
変にひねくれる要素が無い感じがしますね。
注意をするときも同じ。
そしてこれは、保育に限らず
大人同士のコミュニケーションでも同じ。
先日ある出来事を通して感じたのが
Youメッセージって
言ってる人のジャッジが入っていて
でもそのジャッジは、ただ単にその人のフィルターを通して感じているだけで
それが真実だとか正解だとかではないということ。
起こっている出来事は中立で
自分の中にある何かがそれに反応して
不満だったり喜びだったりになるわけで
例えば
「あなたは○○なところがある。そこが良くない」
と言ったとして
でもそれは言ってる人の捉え方なだけ。
違う人から見たら、違うかもしれないし
言われてる人は、感覚や捉え方が違うだけなのかもしれない。
そう捉えるには
捉えてる人の中に、何か、そう反応する“種”がある。
だからIメッセージで
「こうしてくれたら嬉しいです」
の方が、伝わり方も全然変わってくるなぁと。
目の前の出来事を
珍しく、冷静に客観的に見ながら
そんなことを思い
「あ~私も、こんなようなことやってるなぁ」
なんて気づいちゃったりして。
でもイライラしてると、なかなかね~なんて(笑)
まぁ、“種”がイライラの反応してジャッジしてるんでしょうけどね~。
自分の事って見えないから
他人を通して見せられる。
だから、目の前の出来事は
もし、嫌な感じのことだったら
それは、もう手放したい自分の中の何かを見せられてるのかもしれません。
嬉しい楽しいことだったら、それはどんどん増やしていけばいいしね♪
手放しても手放しても
次々と出てくる出てくる~(笑)
でも出てくることは悪いことじゃなくて
それだけ手放してレベルアップしていけるってこと!
「これは、もう手放したい私のクセだわ!」
と、目の前の嫌なことを客観的に見れるようになっただけ
私も成長したなと思うのでした
日々修行♪練習♪(笑)