最初は、北上市街を見下ろす男山にての撮影。何度も来て撮影もしてはいますが、雲・霧・靄などでスッキリ晴れた記憶があまりない場所です。今夜も北の方角に小さな雲の固まりが居座っているが大きな影響はなく無事終了。

北上市街。北上川と和賀川の合流地点。北の雲が邪魔。
北上市の樺山遺跡、ここも再撮影。環状列石と竪穴式住居跡を中心として、遺跡公園として整備され資料館も併設されています。最初のコマでフラッシュをたき、前景を浮かび上がらせながらの撮影。住居を撮影中、北西の方角に大きな光の軌跡が(実は、よそ見をしているときに写ったもので、後で画像を見て気づきました)。大流星かと思ったものの、径路や光の色具合から見て人工衛星ではないかと。

樺山遺跡の復元竪穴式住居。「すわ!大流星か」人工衛星と思われます。
金ヶ崎町に移動。伝統的建造物群の中の、「旧大沼家侍住宅」へ。前から撮りたい場所だったのですが、実際に来てみると、思ったより建物が大きく、前面には電線が走り、背後は大きな木立でアングルが難しい。建物はもちろん入れたいし、星々(空)もある程度入らないと画としては成立しない。しかも、近くには街灯もなく真っ暗。近づいたり遠ざかったりしながら試し撮り多数。結論→月明かりの下で再撮影するに如かず。
隣接する奥州市江刺区へ。ここも以前から撮りたかった、「蔵町モール」。蔵並をメインに、石畳が続くすてきな風景です。来てみると、その通りには露店のテントが何軒か並んでいて、これは全くの想定外。テントのギリギリまで寄って西の方角を撮影。撮影中には、土曜日ということもあるのでしょうか、飲み会帰りらしき通行人がカメラの前を通り過ぎ、その都度撮り直しです。皆さん怪しいものを見るような、怪訝な表情で、かつ無言で通ります。「端の方を歩いて」などとは言えません。なかには、「星ですか」と分かっていらっしゃる方もおいででした。
終了後、再び北上市へ。北上川にかかる珊瑚橋を撮影。何度も通った場所ですが、改めて見ると何ともいい味を出している、由緒ある橋です。北極星を中心に入れ、こぐま座の星々の軌跡が写り込めば上出来です。
またもや江刺区。「明治記念館」です。春に撮影したときには、花見用の提灯が桜の木にズラリとかけられ、その光で建物の壁が真っ白になってしまったことを思い出し、再撮影。何とも効率の悪い移動となりましたが、近距離だったので、それほど時間のロスもなく。事前の計画はやはり大切なようで。この夜はここで終了。

春の明治記念館。建物も木も真っ白で再撮影。
5日の夜。「晴れ」の予報通り、雲一つない快晴。前夜撮影した分の画像処理はほとんど手つかずで、ここでさらにためてしまうとやる気がなくなりそうで。ということで、今夜は木星の観測。かねてより狙っていた、四大衛星の公転の観測と撮影です。出かけた先は雫石町の網張。お気に入りの観測場所の一つです。
最も内側を回るイオは、公転周期1.77日(約42時間)、二番目のエウロパは3.55日(85時間)ですので、一晩観測すればこの二衛星については、結構な移動を描写できるのではないかと考えました。本番は、もっと夜が長い時期で、衛星の配置がきれいな日を予定していますが、それに向けた練習、暫定版ということで。

事前に確認したとおり、衛星の配置は今ひとつ。20:00時点では3つが見えています。22:00過ぎ、イオが顔を出し始め、木星本体の東側に4つが勢揃いです。この夜は、夜景や星空を見に来る人が普段より多く、入れ替わり立ち替わりで10組ぐらいでしょうか。それを歓迎してか、いつもより流星も多く見られたような気がします。23:29、木星の西側、南の一つ星フォーマルハウトに向かって大きな流星が。見ていた人たちの口からは思わず歓声が上がります。
流星が現れたとき、ほぼ例外なく、男女問わず、「見た!」と言ってから仲間に向かって「見た?」と尋ねています。非常に不思議で面白い反応です。どのような思考・心理の過程で出てくる言葉なのか興味深いところです。「あっ」「出た」「流れた」「すごい」「わぁ」「流れ星っ」などがとっさに口について出るものと思っていましたが。ちなみに、2001年11月のしし座流星群(流星雨)、誰もいない広い草原で観測中の私は、大流星を目にするごとに「ウォ~ッ」「どうだ!」「ありがとう~!」などと何度も叫んでいました。
03:00、ようやく最後の1台が去り、私一人が残りました。話し声からして、比較的若い女性二人組のようでしたが、「あの人まだ星見てるわよ」「仕事大丈夫なのかしら」なんて話をしながら帰って行ったのでしょうか。ご心配なく。これが仕事ですから。月の出とともに雲が湧いてきて、木星も白い固まりに包まれ始めました。天気予報では、03:00~06:00は「曇り」でした。気象庁さん、大正解。これからも頼りにします。