最初の撮影地は野田村の十府ヶ浦。ここも何度か訪れてはいます。その都度厚い雲や、予報は「晴れ」にもかかわらず雨が降ったりと、振られ続けた場所です。今夜こそ、いけそう。波がやや高く、砂浜の奥までしぶきが上がってくる状況ですが、上空は快晴で、ちょうどカシオペアが画角の上方に捉えられる時間帯。

最後のあたりで、漁船が野田港に入ってきて、港周辺と突端の「大唐の倉」を照らし出しました。ここは、地質学的には古第三紀の凝灰岩断層で、言い伝えでは、平重盛(清盛の嫡男)の子が漂着したとされる場所です。
次は、普代浜です。春頃に一度撮影していますが、月明かりがない中での撮影で、出来栄えに不満がありましたので、再撮影です。今回は十分な月明かりで、満足のいくできあがり、と思った最中、浜の向こう側を走る車一台。こんな時間に、こんな場所に何用で車が入るの?しかも、途中で引き返す際に、こちらにライトをしっかり当ててくれるほど親切!結局撮り直し。ところが、またしても一台の車が浜辺に。今度は向こうを向いてターンしてくれましたので、どうにか我慢して最後まで。
再び野田村。安家橋梁と国道45号安家大橋が重なって見えるポイントへ。まずまず。野田村での比較明用の撮影は今回が初めてで、知っている景観をうまく捉えることができました。時間は23:00。この日は、月没が3時頃ということで、月があるうちに撮影できるのは残り3時間程度、ということで、洋野町へ移動です。
洋野町大野の模範牧場。20年以上前、久慈市に住んでいた頃、頻繁に星を見に訪れた場所です。真冬の深夜、側溝(当時はふたがなかった)にはまり、困り果てた末、近くの酪農家を訪ね、お願いしてトラクターで引っ張り上げてもらったことなどを思い出しました。あのときのご恩は決して忘れはしません。
この場所に現在建てられたすばらしい施設が「ひろのまきば天文台」。駐車場は当時のまま、広がる草原で草をはむ牛は、...もちろん当時の牛ではなかろう。月明かりの影響を考え、南北両面から撮影。今度、営業時間内に是非訪ねてみたい。

残り時間は1時間程度。思い切って種市の海浜公園へ。目指すは「窓岩」。月もだいぶ西に傾いています。駐車場には自衛隊の車輌がずらり。テントが10張ぐらい。芝生にはキャンパーのテントが。皆さん寝静まっているようですので、明かりを控え、足音を立てぬよう目的地へ。
満潮なのか、かなり波が高く、そして荒く、岩の下半分は水の中です。背景には折しも「真夏のオリオン」が昇ってくる絶好の時間帯。時期的には、晩夏あるいは初秋といった方がいいかもしれませんが。

この夜の総移動距離は約400km、撮影枚数は約500枚で1.5GB分。どの場所も好条件で撮影できましたので、画像処理も楽しくやりましょう、とは自分に対する言い聞かせ。
再び夜。無性に月下の山が見たくなった夜です。西和賀町の和賀岳目指して出かけました。残念ながら連峰のあたりだけ雲に覆われ、その山容を見ることはできません。移動して、金ヶ崎町の駒ヶ岳。ここは綺麗に見えています。経塚山と並んだ景観を無事撮影して移動。
早池峰山。麓は晴れていたものの、河原坊から上、小田越まで猛烈な霧の中。残念ですがどうしようもありません。何となく物足りない気分で、再び西和賀へ。こちらも地表から霧の中。山はもちろん全く見えず。こんな夜に限って姿を見せてくれないなんて、もう「いけず」なんだから!
さて、話変わって、1ヶ月ほど前に撮影した木星の自転写真。最後の方になって、木星表面の黒い斑点状のものが写りました。当初、何かが衝突した痕か?それにしては大きすぎる。縞が復活する兆候か?それにしては時期的に早すぎる。などと思ったものの、正体がわからずほとんど忘れかけていたのですが、先日ふと思い出し、あれは何だったんだろう。ということで、再び画像処理をやり直して検証。その結果、木星の衛星(たぶんエウロパ)が落とす影であることが判明しました。

解像度が悪く、最初は点ではなく黒く広がって見えたのでなんだか分からなかったもの。処理方法を変えてみたら、「点」状であり、しかも右には衛星の姿もしっかりと写っています。それはそれとして、大赤斑ねらいの自転画像に衛星の影の画像までおまけに写った、という必然と偶然が重なったすばらしい(自画自賛です)仕上がりになりました。新しい画像によるスライドショーはホームページにて公開中。