オルコエトーの「置き場」 -6ページ目

東京では感染者数2000名越え、

大阪でも500名越えで、

とうとう東京に引き続き、関西にも再び緊急事態宣言が出されようとしていますが…

 

個人的には、

コロナが少し下火になった秋ごろから、

結構色々なところに行っているので(ほぼ仕事だが)、

感染予防意識低いと思われていると思いますが、

ビンビンにビビって予防しています(笑)

 

それでもやはり、年末の東京行きは怖かった…

 

イエローモンキーラストライブはどうしても行きたかったのですが、

結構ぎりぎりまでホテルも押さえませんでした。

 

東京に着いてからは、

常に除菌シートで手をふき、3時間ごとにうがい。(夜は半泣きで鼻うがい)

ディスタンスや感染対策してない飲食店は入らない。

テイクアウトを利用するなど、慎重に過ごしました。

 

いつもならいろんな場所をうろつくのですが、

もう今回は一か所だけにしようと、中野ブロードウェイに寄りました。

 

 

 

2F以上は人も少ないのですが、

1Fと地下は人でごった返しておりました。

 

特に地下はやばい。

鮮魚売り場で安売りをしており、

お正月の食材を求めるお年寄りでかなりごった返していました滝汗

 

 

え…マジで?

 

 

とわが目を疑いましたが、

なんかもう、ええじゃないかスピリッツすら感じました。

 

 

コロナになっても

ええじゃないか ええじゃないか

うまいもん食えたら

ええじゃないか ええじゃないか

 

 

私たちはええくないので、

人の特に少ないフロアを散策して帰りました。

 

 

ひとまず、カフェに入って休憩しようと思いましたが、

商店街のカフェも

駅前のカフェも

 

人でパンパンです。

 

ディスタンスの概念などありませんでした。

 

あのスのつく有名カフェですら。

 

 

 

こっわ~~~~~~ポーン

 

 

 

 

やばい。

この町は完全にコロナに対して麻痺している…

 

 

私たちはそそくさと東京駅に向かい、

新幹線まで2時間ありましたが、

人気のないカフェで時間をつぶしたのでした。

 

 

土地勘がないので、

中野がそこまで人が多いと思わなかったのは私のミスなのですが…

 

 

これは東京をディスってるわけじゃないんですが、

私もこの中で日常を送っていたら、

「あ、そんなもんで大丈夫なんだ~」と感覚が麻痺してしまうと思います。

こういう時の集団意識って恐ろしい。

 

別に飲食店が感染しやすい!と断定してるわけではなく、

そういう気の緩みが怖いなあと…

 

東京もホテルはどこも神経質なほど感染対策してるし、

過敏なほど感染対策している飲食店もあります。

 

なんか、不憫ですよね。

 

対策せずウエルカム状態にしてしまってる店に対しては、

正直怒りこみ上げます。

ウイルス感染は連帯責任だから。

でも、怒ったところでそんな店は無数にあります。

 

風の時代は、個々の判断が重要だと言われていますが、

この感染予防もそうなんだろうなと思いました。

 

みんながやってるから大丈夫。

とかではなく、自分が不安ならやめる。

 

そして自分の概念を人に強要しない。

 

それが個性の時代なんですよねきっと。

 

 

 

ですが。

 

それとは逆に、

感染しない可能性というのも、

ちゃんと明らかにしていく方がいいんじゃないかと思ってしまいます。

 

 

例えば、THE YELLOW MONKEY が延期していた30周年記念ドームツアーを、

会場を分けて観客を分散する、という形で再開しました。

 

ここまで大規模なライブは、コロナ禍になってから初。

 

キャパの半数以下。

cocoaを必ず1週間前には入れること、

入場の際の手指の消毒と検温。

マスク着用で声を出さない。

前後左右を開けて着席。

 

など、徹底した感染対策をとり、

 

東京ドーム 約19000人

横浜アリーナ 約5000人

代々木第一体育館 約5000人

(日本武道館から1週間以上経ちましたがまだ感染者はいません)

 

一人も感染者は出ませんでした。

 

私はドームと最終日に行きましたが、

毎回事務所の方の前説で泣いてしまいました。

 

メンバーもスタッフも、相当な苦労と決意をもって行ったライブであることは想像がつきます。

それは、エンタメを背負うビッグバンドの使命のようなものがあったんだと思います。

 

 

このように、

予防すれば、ライブでは感染しないということが証明されました。

 

しかし、

マスコミは、大きく取り上げてはくれませんでした。

ライブを行ったことは取り上げても、

感染者が居なかったことは取り上げてくれないんです。

 

重要なのはそこなのに。

 

 

マスコミは、エンタメに対してマイナス要素は取り上げるけど、

こういうプラスの真実は取り上げてくれないんですよね…。

 

(ちなみによくネタにされるのは、「JAM」の歌詞の”いませんでした、いませんでした”の部分ですが、重要なのはそのあとの”こんな夜は君に会いたくてまた明日を待ってる”という部分です)

 

感染経路はいまいちハッキリされませんが、

濃厚接触会食が危ないんだなってことはみんな分かってきましたよね。

 

もうコロナウイルスが流行りだして1年。

そろそろこれは長い戦いになるんだろうなってことも。

 

コロナが増えるたびに、全てを制限するのが本当に正しいのだろうか?

そのたびに一体何人がウイルス以外で命を落としていくのだろうか?

 

直接コロナウイルスで亡くなった人の数と、

経営難や精神的負担で命を絶った人の数。

どちらが多いのでしょうか?

 

感染する可能性も、

感染しない可能性も、

自分の判断で冷静に見極めていきたいですね。

 

 

 

 

感慨深いなあ。

ライブの感想もまたきちんと書きたいのですが、
まず個人的な思いを忘れないうちに…


活動お休み前の締めくくりとして行われていた、
THE YELLOW MONKEYのドームツアー






本来ならば、4月4、5日の東京ドームで区切りとなるはずが、
コロナウイルスのため、延期→払い戻しに。

5日の千秋楽に行く予定であり、しかも、かなり良席であるsuper指定席(アリーナ席よりさらに良席)の抽選に当たっていたのですが、それもなかったことに…(泣)

もう今年は無理かもな…とあきらめかけていたところに、
席数をかなり減らし、そのかわり4か所に分散するという形で、
ツアーを再開されました。

東京ドーム5000人から、じわじわと様子を見て追加し、
半数以下の19000人で開催。

ライブ一週間前からすごくソワソワしました。
この感覚は、活動再開1発目のライブ前に似ている。

ワクワクと「本当に見られるのかな?」というほんの少しの不安。

コロナ渦後にこれだけの客数で行うライブは世界発なので、
どんな状況で観ることが許されるのかも分からないし、
おとなしく座って、拍手も出来ず、ただじっと見るだけかも?なんて思っていました。
そんなことは全くの杞憂だったんですけどね!(笑)
(ちなみに席はアリーナに程遠いスタンド席)

最初このウイルスが蔓延した時、

「おとなしくしていれば、きっとすぐ元通りになるから、それまでの我慢…」と思っていたけど、

結局”元通り”になどならないし、

なるとしてもどれだけ先のことだろうか…とみんな気づき始める。
だったら、新しい様式のエンタメを始めるしかない。
しかも知名度が高いアーティストがやって、
大丈夫であることを証明しなくてはならない。
でも、そんなリスクが高くて自ら泥をかぶりに行くような事、誰がやるのか?

採算などないだろうに、色々なリスクを承知で先陣を切って切り開いてくれるTHE YELLOW MONKEYのファンであることが誇らしい…

ROCKって、反逆したりルールを破ることじゃないんですね。
ルールを守ったうえで、切り開いてくことなんですね。


カッコいいぜ…




THE YELLOW MONKEY×東京ドームという組み合わせは、
自分にとって思い出深いです。

まず、初めて私が生でTHE YELLOW MONKEYを見たのは、
2004年12月26日の東京ドームでした。

2001年に活動休止し、2004年に解散。
その〆として全国で10ヶ所で行なわれた
THE EXHIBITION AND VIDEO FESTIVAL OF THE YELLOW MONKEY『メカラ ウロコ・15』

(通称イエモン博。衣装の展示などがある)の、
フィルムコンサートの後、サプライズでメンバーが登場し、
「JAM」1曲だけを演奏して去っていきました。


みんなバラバラの恰好で(エマちゃんなんてパーカーだしw)
そこにはもうTHE YELLOW MONKEYはおらず、
「終わったのだなあ…」と実感させられてしまい、
休止前にはまり、活動再開を何年も待ち焦がれていた私としては、
なんとも悲しい初対面となりました。


そして10数年。
私は舞台づくりに夢中になって、それももうどこかでやりきってしまった感があり、
人生自体が燃え尽き症候群のようになり、
何に情熱を注げばよいか迷子になっていたころ、
まさかのドームサプライズ登場から12年後の申年にTHE YELLOW MONKEY復活ですよ…

そして、2017年の東京ドームでのライブ。(リベンジだ!)

当時、一応映像関係で賞をもらったり、映像を仕事にしていたものの、
完全にくすぶっておりました。
もう何がいいのかわからないし、人が何を求めてるのかもわからない。
人生楽しくない。

辛いことが重なり、もう本気で映像なんてやめてしまおうかな…

と思っていたのです。


しかし、この2017年の東京ドームライブは、映像演出がすごく凝っていて、
それはまさに、自分がやりたいことをグレードアップして具体化したようなものでした。


これでこんなに感動するってことは、私がやりたいと思っていたことは間違いではないのかもしれない。
映像にはもっと出来ることがあるはず…!


そこから、
両立していた別の仕事を辞め、
映像一本でやっていくことにしました。

で、今に至る(笑)


あの頃は、
毎日ストレスを抱えていて、
とにかく色々ゴチャついており、

「なんでこんなところにいるんだろう?」
「私はなにをしているんだろう?」
「こんなところ抜け出したい」

と、ずっとモヤモヤして、
自分のふがいなさにいら立っていました。


で、今はというと、

そんなこと浮かびもしません。

休みはしっかり取れないくらいには忙しいけど、
楽しいし、夢や希望もこの先に沢山あります。
毎日考えることもいっぱい。
当時思っていた「こんなところ」は一応抜け出せたのかなと…(笑)

あの頃、
「次に東京ドームに来られるときは、どんな風になってるんだろう?」

と思っていたんですが、
なるほど、こんな感じかあ、と今感慨深く思っております。



今年は誰もが人生の節目を感じてると思います。

多分、全く何も変わらないよってひとはいないと思う。

私はコロナ渦の方が、思わぬ縁が繋がったり、展開もいろいろあり、
多くの出会いがありました。

でも、
なんかすごく不思議でヘンな感じ。
時が止まるんじゃなく、
パラレルワールドの方に入っちゃった感じなんですよほんとに。
面白いんだけど、現実じゃないっぽい(笑)

それが今回の東京ドームで、
声は出せなくとも、今年の初めのころのようにライブを体験出来て、
やっと本来のルートに戻り、地に足をつけて再び時が回り始めたような感じです。

私も個人的にちょっとしたきっかけで急に、新しい形のエンタメをしようと動きだした折りに、この東京ドームライブがあったので、
余計にそんな風に思いました。


不思議だねえ。


ずっと私はご縁に恵まれて、色んなことをさせてもらって、
でも、流されるままコントロールも危うくただ溺れないようにするだけだったのだけど、
今は自分から波に乗りに行ってる感じです。

私といえば THE YELLOW MONKEY is my lifeなガチ勢なんですけど、


今日は有料のナゴヤドームのライブ配信がありました。

 

 

 

これは、昨年から続いている活動休止(今回は短いってよ)前の30周年記念ドームツアーの初日のライブ。

 

この次の大阪には行ったのですが、
4月に東京ドームで大団円…という直前でコロナがやってきて延期に。
(当てた念願のスーパー指定席も無となりました)

 

 

配信チケット代は3500円。


マァ、メンバーにお布施する気持ちで…

 

と思ったけどとんでもなかった。
とんでもなくヤバいライブだった。

 


語彙力死亡してるけどヤバいとしか言いようがなかった。

 

 

部屋を暗くしてヘッドフォンして観たらトリップするくらい、臨場感もあり、
なによりセットリストが神がかっていた。

 

 

FOXYからSLEEPLESSへの流れからさらに加速していた…って誰が分かるねんてマニアックな話だけど、
イエローモンキーは売れてなかった1st2ndアルバムも凄くいいのだ。
君ら全然メジャー狙ってないやろっていう超アングラ路線だ。

しかしそれがいい…!
(本人たちはバリバリ売れたかったらしい)

 

 

30年前の曲も、現在の曲も、まったく甲乙つけがたいかっこよさってすごいよな…。
え…ていうかこのバンドかっこよすぎない?(真顔)
という瞬間を繰り返しながら、陶酔…

 

 

 

3時間たっぷり、あますことなく、昔と変わらないスタイルで、
魅了し、走り回り、
全く疲れを見せない50代。

 

 

それに引き換えちょっと走るだけで限界4649になってるワイは…

 

 

 

それはさておき、

 

 

久々に、
ほんと~~~~に久々に、
血液が全身をめぐるのを感じた。

 

 

え?てことは死んでたの?

確かに死んでたかも。

 

 

生きてるけど死んでたかも。

 

 

コロナを理由にあれもこれも先送りにして、
小さく丸まって家で仕事しかしてない状態は、
生きてるとは言えないかも。

 

 

あーなるほどなるほど。

死んでたわ。

 

 

 

と、自分が生きてるようで生きてないことを確認したのだった。

 

 

「コロナが収まるまで取り敢えずひっそり生きる」
という状態を続けて早6ヶ月。
こんな半死のゾンビ化ですら人間は順応してしまうのだ。


まァ怖い。

 

 

でも血が巡る感じを思い出したので、
脱ゾンビしたい。

 

 

そんなエモい気持ちも久々です。

 

 

 

さて。
今日の配信観るために、
ゴリゴリ仕事してたのでもう白目剥きそうなレベルで眠いけど、
書き留めておかないともったいない気がして…

ちなみにまだチケットは発売してます。
配信アーカイブは7日の朝4時まで見れます。
ファンでリアタイ出来ず迷ってる人はお勧めです。

 

https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2063835

 

 

 

 

 

 

 

 

近頃、「自分以外の何か」に対するネガティブな発言を、
リアルやSNSでよく目にするようになった。

気のせいかな?
いや、多分そうとも言い切れないだろう。

自分には関係ないし、と、気軽につぶやいたであろう、
人や場所、事柄などについてネガティブな発言。

それは想像以上の多くの人に聞かれ、見られているのだなあということを
最近よく感じます。

その何気なく発した言葉が、
瀕死の人の傷口に塩を擦り込む行為になるかもしれない。

言った人はそこまで重い意味なんて考えないでしょう。

ネガティブな発言って、
恐らく誰にもメリットなんてない。
吐き出した本人にすら、何のメリットもない。
むしろ、思いやりに欠ける人だと思われてしまう可能性もある。


と、いう私も、
今までは気に入らないことがあればそうやって吐き出してしまっていたなあ。
と反省しています。

コロナ禍になってそろそろ半年くらいだろうか?
一体いつになったら、安心して人と会えるのだろうか?
一体いつになったら、仕事の見通しがつくのだろうか?
いつまで我慢しなければならないのだろうか?

もうそろそろ我慢もピークに達してしまいそうなのではないでしょうか。

私は結構ヤバいです(笑)

この状況で、精神的に何の影響もないという人もいないと思います。
平常だと言っている人でも、気づいていないだけではないだろうか。

当たりやすい人にキツく当たったり、
先ほど書いたように、自分から遠い矛先ならば影響はないだろうと毒を吐く。

無意識でも、そういう行動に出ている人、多いんじゃないかな。

コロナ禍になって、新しいアカウント作った人、いるでしょう(笑)


パートナーや子供がいれば、
そんな辛さはないのだろうか?
と、独り身の私は思ったりもしますが、
おそらく、どのような状況の家庭にも、暗い影は落ちているのだろうなあ。

私の場合、ポジティブに楽しく、
コロナの影響など受けていないように”ふるまって”いたのだなあと、
無理していた自分に最近気づきました。

しんどいならしんどいでいいのかもな、多分。
しんどいわ、そら。
もういい加減にしてほしいよね。

ここまで読んでいただいて申し訳ないのですが、
それらのうっ憤に対する解決法は知りません。

ただ、自分以外の何かに向けてのネガティブな発言は、もう見たくないなって思ったのです。

 

振り回している言葉の刃は、

誰かの心をズタズタに切り裂いているかもしれない。

自分が無事ならいいのですか?

私はずるいので、
そういう行為を目の前で見ても、たとえ不快なことを直接言われたとしても、
空気が悪くなるのが面倒くさいので、何も言いません。

(溜めに溜めて大爆発して絶縁するタイプ)

でも、これからは言いますね。

人間関係がこじれようとも、
それで悪影響の連鎖が一つだけでも止まるなら、私は言います。

コロナで心まで殺さないでください。

アートワークbyゴナオプロジェクション

 

せっかくブログを更新するならば、

 

「鼻からういろう飲んで口からところてんにしてみた」

 

みたいなポップなものを書きたかったのですが、

一度ちゃんと整理したいというか、

最近よく考えることをここいらで出しておきたいと思ったので、綴ってみます。

 

あ、たぶん面白くないので、

まじめな話が苦手な人は読まなくてOKです!

 

ぶっちゃけてしまいますが、

私は去年まで、正直政治的なことには興味がありませんでした。

いや…見ないようにしていました。

 

見てしまえばやるせない気持ちになるけど、

腹が立ってもどうせどうにもできないし。

自分に直接関わらなければどうでもいい。

一応義務として投票には行くが、

正直誰が選ばれようがどうでも良かった。

 

だって日本はもう平和だし。

 

自分だけのことを考えて、

自分が好きなように生きれたらいい。

という💩のようなスタンス。

それが私。そう開き直っていました。

 

しかし、とあるキッカケで変わってきました。

戦時中の被爆した軍医の、

たった数ページの日記を見てからです。

 

詳細は今は避けますが、

今までの考えが覆されるような、

本当に頭を撃ち抜かれたような衝撃でした。

 

”今まで平和だと思いこんでいたのはなんだったのだろう?”

”このころと今と、いったい何が違うのだろう。”

 

急に怖くなりました。

 

そこからコロナ禍もあり、確信に変わり…

 

 

今までン十年、私はもうこういうスタイルで生きてくんだと思ってた。

価値観や考え方が、まさかこの年で変わると思わなかった。

 

自分の目の届く範囲で完結していた世界が、

そうではなくなった感じです。

 

古くから私を知っている人は、

「こいつ何最近いい子ぶっとんねんキモッ」

となっているかもしれません。

いや…自分でもびっくりしてるから(笑)

 

とりあえず世界で起きていることは知っておきたい。

そんな風に思う日が来るとは思わなかった。(ほんとにクズなので)

 

とはいえ活動家になる気はないので、

バランスよく視野の広い人間になれればと思います。

相変わらずダメ人間ですニヤニヤ

 

ただ、

客観的に以前の自分を見て、

自分のことしか考えられない自分の狭い範囲しか興味ない人間が、

世の中のニーズに応えられるもん作れるわきゃないよな…

そら売れないわ…

とも思ったりします(笑)

 

いや、まだ答えは出てないからどちらが正しいかはわからないけど…

 

アート系のことって、

結局不要不急のものではありますが、

少しだけでも意味があるものを作っていけるかもしれないな、と思ったりもします。

もちろんドシュールで「どこにニーズがあるねん!」てものも作っていく所存です(笑)

 

 

あと、ちょっと長くなりますが、

政治批判とか誹謗中傷とか言論の自由について。

 

政治に対して批判というか、おかしいと思う事、要望など、

税金を納めている国民ならば発言する資格はあると思います。

 

ただ、反対意見を持つ人もいるわけで、

この手の発言をするならば、反論される覚悟は持たなくてはならないとも思います。

 

ここまではどちらも誹謗中傷だとは私は思いません。

 

人格や容姿を貶す発言は、明らかに誹謗中傷ですが、

正しい意見であっても、何度もしつこくリプを送るのは、

ディスカッションではなく、

相手の精神を追い詰める目的にすり替わっているので、

誹謗中傷になると思います。

 

ここの境目ははっきりさせておきたいと個人的に思います。

 

 

道徳に反していなければ、

どんな意見や考え方を持っても自由だと思ってます。

 

コロナの影響もあり、SNSでのハッシュタグデモも増えてきましたが、

 

 

これだけは言いたい。

 

 

相手の意見や考え方を貶すのはやめよ?

 

肯定する人

 

否定する人

 

参加しない人

 

それぞれの考え方がある。

自分にとって正しくても、

相手にとっては正しくない場合もある。

 

自分の考え方の枠に、無理やり他の人をはめようとしないで。

考え方が違っても、

「ああ、そーでっか」とスルーしよう。

 

自分もあまりできていないので、書きながら言い聞かせております。

 

たらたらと自分の考えを綴ってきましたが、

もちろん賛同してもらわなくてよいですよ!

生きたいように行きましょうちゅー