エトナちゃんの自分史ブログにようこそいらっしゃいました!
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イタリア・シチリア島での今のエトナの生活を覗きにいらっしゃいませんか?
掛け算競争! 後編
校門から出て来たときも、帰りの電車の中でも、駅からお家まで歩いているときも。
ぶつぶつ九九を唱える怪しいエトナちゃん。
だって明日は九九免状の試験初めての日なんだよ♪
何としても一番に賞状を取りたいな!
もう間違いなく言えるようになった他の段は放っておいて、苦手な六と七の段ばかりをまたもやぶつぶつぶつぶつ・・・
あんなに一生懸命に何かをやったことって、生まれて初めてだったかも!
そして大好きなアニメも本当に見ないで、台所でお料理をしているお母さんのそばに行って言いました。
「お母さん。ねぇ九九、ちゃんと言えるかどうか、聞いて!
明日先生の前で間違いなく言えたらねぇ。九九のお免状くれるんだって!」
「へぇぇ九九のお免状?すごいじゃない。じゃあお母さんが先生だと思って言ってみる?」
まだお母さんの前では早口だとちょっと間違えちゃったな~。
やっぱり六と七の段、もっと早口で言えるようにしなくちゃ。
でも後でお風呂の中でやってみたら、初めて間違えなく言えたよ。
物凄い集中力だったよね。あの日の九九の丸暗記!
エトナの懲り症って、実は九九から始まったのかも知れないな。
次の日の算数の時間。
もう朝の電車の中では、間違いなく九九が言えたんだよね。
でも、もしあがっちゃったらどうしようかな。
みんな聞いてるもん。間違えたらすご~く恥ずかしいな。
待ちに待った算数の時間が来ました!
ご挨拶の後で、さっそくY先生がみんなに尋ねました。
「今日、初めての九九のお免状テストに挑戦する人いますか?」
「はいっ!」「はいっ!」「は~いっ!」
何人かが元気良く手を上げた中に、エトナちゃんも混じっていました。
ぎょっ!他の子はできる子ばっかり。
みんなはエトナを見てちょっとざわざわ・・・
「バカじゃねぇ!あいつまでやんのかよ。どーせ間違えらぁ!」
意地悪な男の子の声が響きましたっけ。
その声がエトナをかっと燃え上がらせました。
あんなヤツにバカにされてなるもんかっ!
胸を張ったエトナは、先生の前に向き直って、元気良く二の段から九の段まで、一回も間違えずに九九を言い通すことができました!
Y先生は大喜び。
みんなは拍手喝采です。
うわぁい誉められちゃったよ!
゚+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+゚
みんなの拍手嬉しいねぇ!
体がふわ~って浮いたみたいになっちゃったよ!
その日挑戦した子は、みんな上手に九九が言えました。
先生が筆ペンで、丁寧に名前を書いてくれた九九のお免状。
もうなくなっちゃったかもしれないけど・・・もし取ってあったら、きっと一生の宝物になってたと思います。
小学校の先生♪ 九九免状なんてステキですよね。
ぜひクラスの子たちにもあげてください。
そして一生大切に取っておくようにと言ってあげてください。
九九のお免状は、単に九九が言えるようになったご褒美という以外にも、とっても深いものを示してくれているような気がするんですよ。
七五三・七歳です。
掛け算競争! 前編
二学期も軌道に乗った頃、いよいよ九九のお勉強が始まりました。
ににんがし、にさんがろく、にしがはち・・・
ごごにじゅうご、ごろくさんじゅう・・・
36人のクラスのみんなで声を揃えて唱和!
う~んちょっと変なの。
何だかお坊さんが唱えてるお経みたいだねぇ。
ある算数の時間に、担任のY先生が何も書いていないけどとってもきれいな賞状を一枚、教室に持ってきてみんなにかざして見せました。
「みんな、九九覚えるの大変ですよね。先生もちゃぁんとその大変さがわかってますよ。
でも九九は将来とても大切なものなので、皆さんにはぜひとも覚えてもらいたいんです。
だから、九九が一度も間違わないで全部言えた人には、このお免状に名前を書いて先生からのご褒美にしたいと思います。
次の時間から、試してみたい人、授業の前に立って先生に九九を言ってみてください。
このお免状は、クラスのみんなにさしあげたいので、いつかは必ず先生の前で言わなくちゃならないんですよ!」
さあ大変!
「かっこいい賞状だったねぇ!早く欲しいナ~!」
「あたしも~!でもまだちゃんと全部言えないよ~。どうせ山本君が一番だよね。できるからぁ・・・」
そんなことを言いながらも、みんな我こそは一番早くクラスで「九九免状」をもらいたいなって、沸き立ちました。
二人寄っては一緒に九九を唱え始めます。
これじゃあ何だかますます怪しい世界・・・。
でも一番怪しかったのは何と言ってもエトナでした。
だって、電車の中でも、歩きながらも、しちはごじゅうろく・・・とか何とか言い続けてたんだもの。
一度もみんなに誉められるようなことをしたことがなかった自分。
ちょっと目が悪いからって、よく遊びの仲間はずれにされてた自分。
学校から寄り道して帰っちゃいけないからって母に言われてるから、友達と放課後遊ぶこともできなかったよそ者の自分。
だけど、自分はみんなが思ってるほど特別でもバカでもないよっっっ!
あ~あ、一度はみんなから拍手されてみたい!
よ~し明日は絶対に、クラス一番で賞状をもらってやる!
エトナは六の段と七の段が苦手でした。
何度やってもこんがらがって、えぇと・・・ろくしち・・・(小声で)ろくいちがろく、ろく足すから・・・ろくにじゅうに・・・なんて、足し算をしながら数えなおさなきゃ覚えられなかったんです。
「掛け算なんか、丸暗記しなきゃだめだよ。足し算なんかやってたらダメ!」
M先生が弱視教室でおしゃいました。
「じゃあ先生と競争しようか。どっちが早く言えるか。」
先生と仲良く声を合わせて九九を言うの、楽しかったな!
丸暗記かぁ。
よ~し今日はテレビなんか見ないぞ!
自転車に乗れるようにガンバロウ!
クラスのみんなが自転車の話しを始めるのって、ちょうど小学校の2~3年くらいからなんですよね。
エトナも町の中で、かっこよくスイスイ~ッ!って自転車に乗っている人たちを見て、本当に羨ましかったなぁ!
それに「サイクリング」っていう言葉も魅力的だった・・・。
自転車に上手に乗れる身近な見本は、まず母でした。
だっていつも自転車に乗るとき、足を交差させて左足で何回かペダルを踏んでから、左足でペダルに乗ったままひょいっと右足を上げてサドルに乗っちゃうんだもん。
一体どうしてあんなことできるんだろ。(エトナあの乗り方、今でも怖くてできません!)
「だてに3人の子どもを保育園に送り迎えしてるんじゃないからね。」
母の一言。ごもっともです!
ところで皆さんにも、自転車に乗る練習の涙ぐましいエピソードってきっとあることでしょう。
エトナはとにかく転ぶのが怖かった!
だけど補助付きの自転車って、絶対に転ばないって保障・・・ないですよね。
体重の乗せ方が下手で、思いっきり転んでたなぁ・・・
・゜・(ノД`。)・゜・。
補助つきなのにぃ。。。
でね、家の前の通り道では練習するのに狭いので、近所の自然公園まで自転車を押していって、近所の子たちと一緒に練習してました。
みんなほとんど同級生か年下だったけど、近所のブームっていうのに飲み込まれた感じでしたよね。
さあ、いよいよ補助の車をとって、自転車の練習!
「真美ちゃん坂道で練習したらいいかもよっ!止まりたくても止まらないから。」
こんな提案、皆さん誰かから絶対受けたでしょ?!
「いい?手を放すよ!」
「うわ~~~っ! やだぁ!!! こわいよーーーーー!!!」
「大丈夫だってぇ!」
そんなこと言ったってねぇ、猛スピードで動いたら何も目に入らなくなっちゃうんだよ弱視って!!!
そうなんです。私たちって、物を見て、それが何だか頭でわかるまで、普通の人よりも若干時間と集中力を必要とします。
だから坂道の自転車や、遊園地や、スキーのように猛スピードで自分の体を動かされると、あっという間に周りに何があるんだかわからなくなってしまいます。
つまり平衡感覚とか、方向感覚とかが失われやすいんですよね。
そらそらエトナちゃん大ピンチ!!!
どわっしゃ~んっ!!!!
原っぱでコミック映画さながらの大転倒。
両足を青空に向かって高々と上げての尻餅。勿論おパンツ丸見え大公開!
近所の子たちはお腹を抱えて大笑い。
笑ってる場合じゃねぇよバーローッ!!!
でもね、みーんなこんな経験をしたから上手に乗れるようになるんだよねっ!
エトナもある日突然、乗れるようになっちゃいました。
さぁ!今日もサイクリング、サイクリング♪♪♪
弱視教室の第一号
M先生から放課後弱視教室に来るようにと言われていたので、エトナは帰りの支度をしてからみんなと挨拶をして、1階に3部屋もある新しい教室に初めて行きました。
真中の小さなお部屋は、先生の事務室。
見たこともない面白い機材がたくさん置いてありました。
右側のお部屋には黒板と教壇、そして机が一つだけ。
普通のお教室がちょっと小さくなったくらいの広さだったかな。
そして左側にも同じくらいの広さの教室があって、スポンジのボールだの、何かリハビリに使えそうなものが置いてあったように覚えています。
そしてこの部屋の特徴は、テレビ読書器なるものがど~んと座っていたことでした!
転校早々クラスの女の子に、「あんたの弱視教室を作るのに、うちらたくさん寄付したの、知ってる?」
って恩着せがましく言われちゃったけど・・・あの時はいや~な気持ちになったけど・・・みんなに口答えできなくなるほど、本当に豪華なお教室でした!
M先生が盲学校をお出になって、新しくこんなにも素晴らしい弱視教室を作る上で、国や東京都、そして杉並区と一体どのような交渉をされたのでしょうか?
機材の一つ一つが何百万円もするものなんです。
テレビ読書機、拡大コピー機、普通のコピー機、立体コピー機など・・・。
今から思うと、M先生の弱視教育にかけられた情熱に対して、頭が下がる思いです。
エトナがすぐに興味を示したのは、なんと言っても拡大コピー機でした。
これは普通のコピー機とは違って、ちょうど団地用の学習机みたいに、ふたをパカっと上から下に向けて開けるようになっています。
中には鏡が貼ってあって、二本の眩しい蛍光灯がぐるっと鏡の回りを囲んでいました。
下げたふたの裏側に、ちっちゃい字の新聞などを置いてガラスの内ぶたで押さえてから、もう一度ふたを閉めてスイッチオン!
ガーッっという音がして、しばらくすると新聞のコピーが大きな字になって出てきました。
「わ~いおっきくなったぁ!」
エトナが触ろうとすると、M先生が慌ててその手をぎゅって握ってしまいました。
「あっ!真美ちゃんダメダメ。このコピーはまだホコリを乗せてるだけだから、指で触ったらとれちゃう。」
「?????!」
「だから真美ちゃんの左側に赤い電気がついてる台があるでしょ。そこにその紙を入れるんだよ。」
そうです。そこにはちょうど紙をすいって差し込めるような台がありました。台すれすれの高さには横長に電気ストーブみたいな赤い電気が光っていて、その下を紙がウイ~ンって通り過ぎていくと、コピーのホコリがちゃんと焼き付けられて手でも触れるようになるんです。
今では勿論普通のコピー機で拡大ができるから、こんな手間はかけなくていいのですが、エトナが子どもだった頃はこの拡大コピー機さんにとってもお世話になりました。
わ~い給食だぁ!
Y先生の授業が始まって間もなく、懐かしいM先生が教室に入って来られました。
授業中に人が入ってくるなんて、あまりないことだったからみんなびっくりして顔を見合わせています。
学級委員長が、「きりーつ!」って言いかけました。
「あ、いいですみんなそのままで。」
M先生は手を上げて、立ちかけた生徒たちを座らせてしいまいました。
「私はMと申します。
今日この学校に転校してきた齊藤さんと一緒に、体育や図工や理科など目を使うお勉強をすることになりました。
でも皆さんともぜひ仲良くしていただきたいと思います。どうぞよろしく。」
「何なんだ。二人も先生が来るのかぁ。・・・変なの!」
みんなの頭からいっせいに?が出たことでしょうね。
エトナが楽しみにしていたのは、お給食の時間。
前に通っていた盲学校には給食がなくて、お弁当持参でした。
給食はみんな自分の机を好きな友達同士でくっつけてグループを作って食べるんです。
みんな一斉にガタガタ音をたてて机や椅子の移動!
そうだよね。一人でぽつんと食べるより、みんなと向き合って食べたほうがおいしいよね。
大きなワゴンがクラスに運ばれてきて、みんな列を作って給食を取りに行きました。
生徒たちは給食の係りを決めて、白い帽子と白いかっぽう着を着ています。
自分が取ったお盆にパンや牛乳びんやおかずやフルーツを乗せてくれましたっけ。
シチューとか液体のものが入っているお皿を、たくさんの生徒たちに気をつけながら自分の席まで運んでいくのは、ちょっとこわいなぁ。
だって男の子たちなんか、回りのことなんか注意しないでふざけて取っ組み合いをしてるんだもん。
でも自分がやらなきゃ、誰もやってはくれません。
「まみちゃんだいじょうぶ~?」
一人とても親切な女の子がエトナの傍に来て聞いてくれました。
「うん。平気!」
「手伝わなくてもい~い?」
「大丈夫だよ~!」
声をかけてもらったことが嬉しくて、つい元気に返事をしちゃった。
みんなちょっと安心してくれたみたい。
でもこれからは本当に一人で毎回お盆をみんなに気をつけながら持っていかなきゃいけなくなっちゃった・・・!
実は給食を運んでいて、取っ組み合いをする男の子にぶつかってこぼしちゃったことはその後何回かあったんです。
そのたびに怒りたいのはこっちなのに、「何してんだよこのメクラ!」
って反対に怒鳴りちらされてたんですよね・・・。
他の子だったら危ない所はちゃんと避けられたんだろうなぁ。
でも上級生がやってくれる「お昼の放送」をバックミュージックに聞きながら、みんなと笑いながらやった早食い競争とか、牛乳の早飲み競争とか、とってもいい思い出になってます♪
転校のインパクト
二年生の担任のY先生に連れられて廊下を歩いてきたエトナは、やがて大勢の子供たちがわいわいと騒いでいる教室の前に来ました。
クラスの男の子たちが何人かで紙つぶてを投げ合って、みんなきゃぁきゃぁ言って笑っていたんです。
先生はちょっとコワイ顔でずかずかと教室に入っていきました。
「なにやってるんですかっ!」
「きり~つ!」
すぐにクラスの委員長が号令をかけました。
一斉にガタガタと椅子が鳴って、生徒たちが立ち上がりました。
あたりはしーんと静まり返って、今までのバカ騒ぎが嘘のようです。
「れーい!」
みんなまた一斉におじぎ。
「ちゃくせきー!」
再びガタガタと椅子が鳴って、みんな席につきました。
おもしろいの。これだけ大勢の子たちが同じ事をするのって、何か変。
まるで兵隊さんたちみたいだなって思ったものです。
ところで、エトナはおとなしく教室の外に立っていました。
だってさぁ、先生と一緒にずかずか教室に入ってくる転校生なんて、見たことないじゃなーいっ!
「齊藤さん、入ってらっしゃい。」
Y先生に呼ばれたので、エトナはおずおずと教室に入りました。
ドキッ! 大勢の子どもたちが自分を見ている視線がわかる!!!
足元がブルブル震えてきました。身体の力も抜けて、胸もドキドキしています。
無理もないですよ~。たった8人のクラスから、36人ものクラスに来ちゃったんですから。
学校が始まった1年生の時からこの人数だったらともかく、やっぱりエトナにとっては大きな環境の変化だったんですよね。
地方の学校から都会に来る子たちの気持ち、エトナにはよくわかります。
「今日からこのクラスに入ることになりました、齊藤真美江さんです。
齊藤さんは目が不自由で、一年生の時は盲学校にいました。
新しくできた弱視教室で、M先生から特別な訓練を受けながら、ここでみんなと一緒に勉強するんですよ。
だから皆さん、仲良くしてあげてくださいね。」
クラスのみんなは一斉に拍手してくれました。
てへへ。拍手されちゃったよ。照れちゃうなぁ。でも嬉しい♪
「齊藤さん、前のお席に座ってください。ちゃんと開けておきましたからね。」
先生がおっしゃるので、エトナは
「はいっ!」
って元気なお返事をして、机にランドセルを置いて席につきました。
すると、席に座って間もないのに、隣の大柄の女の子がエトナに耳打ちしたんです。
「あんたの弱視教室を作るために、うちらみんないっぱい寄付したの知ってる?」
って・・・。
普通の小学校に転校!
2年生の1学期も終わりのこと、杉並区の小学校に転勤なさって「弱視教室」の開設を準備されていたM先生から、母に電話がかかってきました。
「教室の準備がほぼ整いました。学校側では2学期からでも視覚障害児を受け入れる体制ができたそうですので、真美ちゃんがよろしければ転校の手続きをしていただけますが。」
さあエトナちゃんの喜びようったらありません。
「M先生何て言ってた? 準備できたって? 新しい学校に行けるの? いつ? クラスに何人くらい生徒いるの? M先生いつも一緒にいるの? 友達いっぱいできるかな? 教科書の字大きいかな? みんなと勉強できるかな? 一番前の机に座らせてくれるかな?」
あ~~~うるさいっっっ!!!
さすがの母もエトナの質問攻撃にはかなわなかった・・・ですね!(笑)
夏休みは一歳になる小さな弟を人形代わりにして遊んでいました。
とにかく小さい子は面白い。ちょっとしたことで泣くし、ご飯は食べさせてやれるし、遊べば笑うし、おむつしてるし、歌を歌えば寝てくれるし、あちこちフラフラと転んで歩いてるから手をとってやらなきゃいけないし。
あたしおっきいお姉ちゃんなんだから、ちゃんと弟の面倒見てやらなきゃいけないんだもん!
ようやく待ちに待った二学期が来ました。
妹の京子はいつもの通り父が地元の保育園に送っていき、母は弟の直一をおんぶしてエトナと一緒に荻窪の近くの学校に連れて行ってくれました。
「ほら、この道の角に酒屋さんがあるでしょ。ビールって大きく書いてあるのわかった? それからここにラーメン屋さんの黄色い看板があるよね? その前の横断歩道を渡るんだよ。そこから先はずっと一本道だからね。一本道が終わったら右に曲がると学校よ。難しくないでしょ?」
母は道々止まりながら、目標になる物を説明してくれました。
こうでもしないと、弱視の子どもたちは道を覚えることができないんです。
というのも、ごく少ない視力で一つの物を見るためにはとても集中力が必要なので、人に手を引っ張られて能動的に歩いていると、楽なものですからお喋りなんかしていて周りの景色が全然頭の中に入って来ないなんていう罠があったりして。
車を運転しながらも一度見たものや道は忘れないなんていう人がいますが、少なくともエトナの場合は交差点や曲がり角などで始終立ち止まって回りの景色を確認していないと不安でした。(今でもそうです!)
さて初めて公立の小学校の前に出た時、エトナはすぐに今まで通っていた盲学校と違うものを感じました。
野球やドッジボールや鬼ごっこなどをしている大勢の子どもたちの叫び声や、ボールを打つ音や、バタバタ走り回る音が混じったあの独特のざわめきです。
「みんな楽しそうだなぁ! いいのかなぁ授業前に遊んでいて・・・」
それもそうですよね。通っていた盲学校ではみんな遠くから来ている子がほとんどだったから、お外で遊ぶ暇なんかなかったもの。
だから校庭はいつもし~んとしていて大学みたいに厳かな雰囲気でしたっけ。
母はエトナを連れて職員室に行きました。
2年生の担任はもう教師生活も長いY先生という優しい女の先生でした。
「それでは齊藤さん、先生と一緒に教室に行きましょうね。」
「はい先生。じゃぁお母さん、行って来まぁす!」
エトナは元気に返事をして、お母さんに手を振りました。
「行ってらっしゃい。がんばってね!」
母も手を振ってくれました。
今でも一時帰国をしてから、再びイタリアに発つエトナを成田空港まで見送ってくれる母は、あの時と同じように手を振って見送ってくれるんです。
M先生の転勤
一年生も終わりに近づいた頃、B組のクラスに悲しいウワサが立ちました。
「M先生、転勤しちゃうんだってよ。」
「え~? 二年生に一緒にいってくれないの~?」
「何でも普通学校に行っちゃうんだって。」
「盲学校の先生なのに?普通の子たち教えるの?」
「オレが知るかよそんなこと。先生に聞いてみりゃいいだろ。」
そこでお休み時間が終わってM先生がお教室に戻って来られると、みんなは起立もしないで口々に先生に訊ねました。
「誰がそんなこと言ったんですか?」
「先生お母さんたちに言ったって、うちのお母さん言ってました。」
っておじけづきもせずウワサの張本人。
「あぁ、そういえば昨日PTAでそんなこと言ったなぁ。ごめんごめん。そうです。この3月一杯で皆さんとはお別れです。杉並区というところにある普通の小学校に勤めることになりました。」
「普通の子どもたちの先生になるの?」
「いえ、弱視の子たちに特別な授業をして、普通の生徒たちと一緒に勉強させることを考えているんです。まだ実行前なので、できるかどうかわからないからそのうち皆さんにはお知らせしようと思っていたんですよ。」
みんなが落胆している中で、エトナだけが異様な気持ちを隠しきれませんでした。
「先生、すぎなみくってどこにあるんですか?」
そうだよねぇ、まだ東京都の地理のお勉強してないから、わかんないよね。
「真美ちゃんが乗っている中央線の「おぎくぼ」の駅の近くにあります。真美ちゃんも来られるといいですね。おうちに近くなるでしょう。」
「うん・・・先生がいなくなっちゃうのに遠くの学校まで行くのちょっとなぁ・・・」
それにエトナは変化が大好き。
こんな小さなクラスなんかじゃなくて、もっといっぱいお友達欲しいよ。
だいたい、今よりも学校がおうちの近くなればいいのになって、ずっと思ってた。
だって満員電車で1時間半もかかって学校に行くの、ちっちゃい子にとってはほんとに大変なことなんだもの。
家に帰ってから、エトナはお母さんに聞きました。
「M先生が転勤しちゃうんだって。先生が今日言ってたよ。わたしも先生と同じ学校に行きたい。」
母はちょっとびっくりして、黙っていました。
実は母も、M先生のお話しをPTAで聞いた時、私と同じ意見を抱いていたのです。
学校は近くなるし、子どもが望んでいる統合教育が受けさせられると。
でもクラスの他の子たちの親御さんは、先生の新しいやり方にも、母の統合教育への関心にも否定的だったのです。
M先生は盲学校に勤めているベテランではないか。
まして国立学校の教官ではないか。
何が足りなくて普通学校に行き、単なる教師になって0から誰もやったことのない弱視教育なんかを始めようとするのか。
齊藤さん(母)も齊藤さんだ。子どもにとって統合教育でもさせて成績が下がったらどうするつもりなのか。
「真美ちゃん、このことはもう少し待ちましょうね。先生もどうされるのかわからないし、新しい学校に行かれても色々と準備することがあるでしょう。だから先生からの連絡を待ってから転校することにしましょうね。」
と母は約束してくれました。
日食を見よう!
時期がいつ頃だったか忘れてしまいましたが、M先生との授業の中で印象に残ったのが授業を途中で打ち切って、皆でお外に並んで日食を観察したことです。
「今日は日食があるそうですから、せっかくです。お日さまの形を見てみましょう。」
そうおっしゃって、先生は大きなボールを太陽に、小さなボールを月に例えて日食が起こるわけを説明してくださいました。
「太陽は直接見ると目を痛めますから、絶対見ちゃいけませんよ。色のついた下敷きを持って出てください。」
ふ~んこんな色がついた下敷きでお日さまなんか見られるのかな。
みんな面白がって自分のノートから下敷きを取ると、外に出ました。
下敷きを通して見ると、太陽ってエトナには小さな点に見えました。
あんなにこうこうと照っているから、太陽ってものすごく大きいものかと思ったら、本当に点だったの。
意外な発見でした。
それだけ太陽って物凄いエネルギーを放出しているっていうことなんですよね。
だけど、こんな点じゃぁ日食が始まってもよく見えないかもしれないな。
ふと横を見ると、M先生が三脚に望遠鏡を立てて、何だか小さい鏡をあちこちに動かしては調節しようとしていました。
「高校の先生から天体望遠鏡を借りてきたから、見てみようと思ったんだけど・・・先生もちょっと慣れないなぁこれ。結構難しい・・・」
とか独り言のようにいいながら悪銭苦闘しています。
「望遠鏡なんかでお日さま見たらいけないんじゃないの~?」
当然誰かが聞きました。
「ちゃんと分厚いフィルターがあるんですよ。でもこれ、せっかくだけどやっぱり先生には難しいかもしれないですねぇ。」
な~んだ先生にも難しいことってあるのかぁ。
そうだっ!
普通の単眼鏡に下敷きを当ててお日さまを見られるかな。
眩しかったらすぐやめちゃえばいいんだ。
エトナは先生に聞かないで、教室に自分の単眼鏡を取りに行きました。
単眼鏡というのは、二つのレンズを持っている双眼鏡の代わりにたった一つのレンズで遠くの物をみる望遠鏡のことです。
エトナは一つしか見える目がないから、双眼鏡なんて重いだけで意味がないですものね。
私たちはお教室でも、黒板の字を見るために単眼鏡を使うことを覚えたばかりだったんです。
単眼鏡の底に下敷きを当ててみたら、おお見える見える。
お日さまがちょっとかけてきています。
「見えるよ! 見えるよ! 単眼鏡に下敷きを当てたら見えるよ!!!」
先生がびっくりしてエトナのところに来ました。
「そんなので見ていて、眩しくないの?」
う・・・まずい、先生に叱られちゃうかな。
先生に止められるのがイヤで黙って実験しちゃったんだけどね。
「ちょっと見せて・・・」
叱られると思いきや、なーんだ先生もやっぱり実験好き。
「へぇ、全然眩しくないんだ。この下敷きけっこう分厚いからねぇ。ま、あまり感心することじゃないと思うけど、そうしょっちゅう日食なんて見られないもんねぇ。」
他の生徒たちはエトナみたいな無茶をするほどの関心を持っているわけではありませんでしたので、みんな下敷きの点がだんだん小さくなっていくのを喜んで見ていました。
先生の天体望遠鏡も、結局最後まで見ることができませんでした。
だって、先生が「見えた!」と思った瞬間、お日さまが動いて視野の外に行っちゃうんだもの。
だから、日食が最後まで見られて一番得したのは、エトナだったかもしれないな。
南極の氷はお故郷の話しをするんだよ♪
M先生との一年間は、エトナの初めての弱視教育にとってとても大切な年でした。
少ない視力で見えている物について、何でもう呑みにしないで確かめること。
文字通り手取り足取りのご指導だったんですよね。
おかげでエトナちゃんは理科の授業が大好きになりました!
ある時、授業中だれかがドアをノックしました。
M先生が教壇から立ち上がって、戸を開けると知らない男の人がアイスボックスのようなものを持って立っていたんです。
「これはA先生、南極からお帰りですか?」
A先生は高校の生物学の先生です。
私たち腕白坊主が石を見られるように、いつかM先生に地質学教室を貸してくださったあの地学の先生と同じ教室にいらっしゃいます。
A先生は南極の皇帝ペンギンの研究家で、南極基地の越冬隊に加わっていらっしゃいました。
越冬隊を乗せた船は南極の春(日本の秋?)に新しい隊員を船に乗せて日本を出発し、昭和基地に送り届けてから前年度の隊員を乗せて戻って来るんですよね。
行きは基地で必要な一年分の食料を積んで出航して、帰りには南極からいっぱい氷を運んで来るんだそうです。
どうしてかな? 隊員さんたちのお土産? にしてはあの大型船一杯は多いですよねぇ。
もしかしたら企業さんが氷を売るために頼むのかな?(笑)
A先生は小学校、中学校、高校、専攻科の各学年に、氷を少しずつお土産に持ってきて下さいました。
小学校一年も終わりになれば、地球上には南極というとても寒い所があって、一年中氷が張っていて、ペンギンさんたちがいっぱいいるんだということくらい知ってますよね。
そしてとーーーっても遠くて、人が簡単に行けない所だということも。
「すごいねぇ、南極の氷だって!」
「どれぇ? どんな色? な~んだ普通の透明の氷じゃぁん!」
「なんだつまんねぇ!」
みんなが氷を見ながら勝手に色々な事を言っていると、A先生がおっしゃいました。
「ハハハ、普通の氷だと思うでしょう。耳を近づけてよ~く音を聞いてごらんなさい。南極の氷は溶ける時、パチパチ音を立てるんですよ。」
そうなんです。
南極の氷って、私たちが知っている冷凍庫の中から出てくる氷とは全然違うんですよね。
南極大陸に積もったふわふわの雪は大気をたくさん含んでいて、その上にどんどんまた雪が溜まると、上の雪の重さで潰されていって氷になるんですよね。
だから昔の大気が圧縮されて氷の中に閉じ込められているんです。
南極の氷が溶ける時、中に閉じ込められていたむかしむかしの空気が外に出て行くから、まるでコーラみたいな音を立てるんだって!
「ほほう。どれ先生が音を聞いてみようかな。・・・あぁホントだ。みんなも耳を近づけて聞いてごらん。氷がお故郷のお話をしているよ。」
一見つまらない普通の氷でも、音を聞いてみるとぜんぜん別物!
視覚障害者にとって、触覚とともに大切なのが聴覚による確認なんですね。
みんな頭を寄せ合って音を聞いていたけれど、エトナも目をつぶって一生懸命聞き入っていました。
ぱちぱち ぱちぱち ありさんたちの拍手みたい。
南極のお話し ありがとう。楽しかったよ♪
大きくなったら南極に行ってみたいな。
「先生、南極の氷食べてもいいですか?」
いつも乱暴な口のきき方をする男の子が、あらたまってA先生に尋ねました。
「いいですよ。これは一年生のだから。」
「わ~い!!!」
クラス中が大喜び。
最初はつまらない氷だとか言ってたくせに、南極の氷の価値がわかったとたん何だかとても貴重な物のような感じがしたっけねぇ。
あの日の授業中に食べた南極の氷の味、忘れられません。