エトナちゃんの質問攻撃だーっ!
子どもの好奇心というものは、その子の自己開発にとても大切なものですよね。
だって考えてもみれば、この世に生まれてわずか数年しか経っていないわけですもんねぇ。
見るもの聞くもの何でも知りたい。
動物さんの赤ちゃんだって全く同じです。
でも、動物さんの赤ちゃんって、時には自分の命が危険にさらされることがあるにもかかわらず、自分で体験して覚えていきますよね。
親が狩を教えるにしろ、好物の食べ物を探すにしろ、子どもは親の真似をしながら体験して覚えていくんですよね。
ところが、私たち人間には言葉という楽なコミュニケーションの方法があります。
人の真似事をするのが難しい視覚障害を持つ私たちには、言葉がとても大事な外界との繋がりを与えてくれるんです。
だからというわけではありませんが、エトナちゃんは現代語でいう「ウザイ」子どもだったに違いありません!
毎日毎日大人を見ると質問攻め。
それも結構答えるのに難しいような内容ばかり。
子どもって、わりとそういう難しいことをさら~っと大人に聞きませんか?
「どうして空が青いの?」
「お空って触れる? どこまで登ったら触れる? テーブルみたいなの? 鳥さんや飛行機はぶつかったりしないの?」
「どうやったら雲が取れる?」(ふわふわに見えるからどうしても欲しかった)
「どうして雲は白くなったり黒くなったりするの?」
「どうして黒い雲から落ちてくるのに、雨は透明なの?」
「どうやったら虹に登れる?どうして7つも色がつくの?」
「お日さまは夜になったらどこへ行っちゃうの?」
「どうして夕方になったらお日さまが赤くなるの?」
「風さんはどこから来るの?」
「お花はどうして散っちゃうの?」
「どうしてお花にはいいにおいのと変なにおいのとがあるの?」
「だれが卵の中にひよこを入れたの?息ができないじゃない!」
↑これ今でも結構笑える質問だったりして。
このうちのいくつかはほとんどの子どもが質問することだとは思いますが、極めつけは何と言ってもこれですよね。(笑)
「赤ちゃんはどうやって生まれるの?」
だって妹や弟が生まれるのを見て、子どもが不思議に思うのはごく当たり前。
(もん母さんの記事
からTBさせていただきました。今の子どもたちは逆に親に説明するんですって!!! 笑)
母は、子どもはお母さんのお腹の中から生まれてくるのだとしか言いませんでしたから、エトナは赤ちゃんはおへその穴から生まれてくるものだとずっと思い込んでいましたっけ。
こういう難しい質問に、よく大人は適当な答え方をします。
例えばコウノトリのようなおとぎ話。
けれども大人がいいかげんな返事やおとぎ話しをすると、エトナは自分が小さいから嘲笑されているのだとすぐに感じ取る子どもでしたから、とても機嫌を悪くしたものです。
わかりやすくて、ちゃんと科学的な説明が欲しかったんですよね。
ところで、子どもにもわかるように説明できる人って、本当に偉い人だと思います。
何故なら、自分の専門分野をそれだけ良く自分でも理解しているからなんです。
ラジオの「こども電話相談室」を聞くのが大好きでした。
素晴らしい先生たちが世の中にはたくさんいますよね。
ルーペっておもしろ~い!
虫メガネでは読書の手助けにはならなかったから、ちょっとがっかりしてたみんな。
次に先生が箱から取り出したのは、手で持つのにちょうどいいくらいの大きさのルーペです。
「それじゃぁ、これを試してみてごらん。」
エトナは教科書の上にルーペをのっけて、覗いてみました。
「わーっ!おっきくみえるぅっ!」
「どれどれ~? ほんとだーっ!はっきりしてるねぇ!」
「ちょっと本から離したら、もっと良く見えるよ。」
「字がすんげぇでっけぇ。ぶっとく見えるぞー!」
みんなの評判は上々でした。
「先生これなんて書いてあるんですか?」
視力のいい方の友達が、目ざとくルーペの横に書いてある字を見つけました。
「これはx8って書いてあります。レンズの倍率が8倍っていうことです。」
「はちばいかぁ。もっと大きく見えるものないかなぁ。」
「ありますよ。これ12倍。試してみて。」
今度は先生が国語辞典を取り出しました。
みんなの視力ではとても見られた代物じゃぁありません。
エトナなんか、辞書を見たら文字列が線にしか見えないし、ちょっと離れたりするとただの灰色の紙が白い額の中に入っているみたいにしか見えませんもの。
「うわぁ!字が見えるっ!すごいすごいすごーい!!!」
「オレまじでこれ欲しいぞ!」
「あたしもこれ欲しいナ!」
「ぼくも!」
わいわい (^o^)(^◇^)(^Q^)/ \(◎o◎)/!
「先生もっと大きいのー!」
そうそうこれこそ子どもの世界なんですよね。
好奇心でより大きな刺激を求めるっていうのが。
「ありますよ。」
という先生も笑い声。本当は先生も楽しいみたい。
何か、一緒に遊んでくれてるみたいに感じちゃうのは何故?
「これ20倍。それと、こっちが36倍。」
「貸せ貸せ!オレが先!」
「イヤだ先生あたしにくれたんだから、あたしが先よ!」
「ゆう君はいつも言葉遣いが悪いですよ。気をつけなさい。」
とおっしゃって、先生はゆう君に24倍のルーペをわたしました。
さて、ルーペも倍率が上がればそれでいいかというと、どっこいそうは問屋がおろしません。
倍率が高くなると、それだけピントが合う距離が近くなるんです。
つまり、顔がだんだんと本に近づいていくから、しまいには自分の顔の陰で本が暗くなって読みにくくなったりするんですよね。
しかも、ルーペ自体の視野がせまくなっていくので、レンズの中に入る文字の数が少なくなっていくんです。
36倍なんか、ルーペというよりは顕微鏡に近いかも。
あの大きな字で書いてあった小学一年生の教科書なんて、一文字さえ入りませんでした。
結局、ほとんどの子が読書をするのなら8倍、辞書を見るなら12倍を選びました。
今でもエトナは、PC操作をする時は4倍、読書やクロスステッチは8倍、辞書や新聞は12倍、どうしようもない驚異的に小さい字などは20倍の弱視レンズを使い分けています。
みんながそんなことをやって楽しんでいるうちに、一時間目が終わってしまいました。
最初の弱視訓練授業。おもしろかったな!
でも、みんなはルーペを放したがりませんでした。
「先生、お休み時間色んな物見てもいいですか?」
「お外に行ってお花見てもいいですか?」
「いいですよ。くれぐれもなくしたり、落としたりしないでくださいね。それから元あった箱の中に、きちんと戻しておいてください。」
わ~い!
みんなは自分の好きなルーペを持って、花やアリさんを見にお教室から走り出て行きました。
虫メガネを持ったミニミニ探偵たち
エトナちゃんが二学期の学校生活に慣れてしばらく経ったある日のこと。
M先生が何だか大事そうに箱を抱えて教室に入って来られました。
みんなもう「きりーつ!」「れーい!」「ちゃくせきー!」がちゃんとできるようになったんだよね。
ところで、エトナは号令をかけるのがだーいすき!
だって恥ずかしがらずにおっきい声が出せるんだもん!
そしてみんなが号令通りに動くのがおもしろいじゃない。
だから当番の日になると、まるで「隊長」になったみたいにすごく嬉しかったよ。
(大きい声を出すのが好きだなんて、昔からずうずうしかったんだなぁエトナは! エトナを運んできたコウノトリ、もしかしたら初めから日本とイタリアを間違えてたんじゃない? 方向オンチだったのかなぁ。何しろエトナのコウノトリだから・・・!)
先生がご自分の口と教科書を開く前に机の上に置いたもの。
それは例の大事そうに持って入っていらっしゃった箱です。
「みんなこっちに来て、見てみてください。」
さぁ生徒たちはいっせいに立ち上がって、教壇の周りに群がりました。
わいわい、何だろ何だろ。いい物かな?
箱の中に入っていたのは、色んな形の虫メガネやルーペでした。
まるで大事な宝石みたいに、一つ一つが紫色のフェルトで張られた箱の穴ぼこに収まっていましたっけ。
ルーペというのは手で持ちながら字などを見るレンズの一種。
よく宝石の鑑定に使われたりするんだとかで、晴眼者にも重宝されている一品です。
そういえばエトナも、町の時計屋さんで細かい構造なんかを見るのに使っている方を数名見かけました。
普通は円柱の筒のような形をしていて、手のひらに入るくらいの大きさをしています。
筒の頭には強い度のレンズが入っていて、筒の周りのレンズに近い円柱の壁は黒いプラスチックでできています。
一方、筒の下半分は透明のプラスチックになっています。
外からの光を入れて、見るもの(例えば本)の表面を明るくしてくれます。
レンズに近い所が明るいと、光が入りすぎて返って見えにくいからなのでしょう。
皆さんもお日さまの下で写真を撮る時、カメラの周りを手で覆ったりしませんか?
ところで、虫メガネやルーペというものはまだ小学校一年生の子どもたちにとっては好奇心のモト。
格好のおもちゃです。
「まずはこの虫メガネで、この字を見てみてください。」
先生が下さった大きな虫メガネ。
柄の部分が太くて、どっしりしていました。
う~ん・・・何かこれ持ってると科学者になったみたいだな。
何しろ虫メガネっていうんだもんねぇ。ファーブルさん自分のを持ってたかなぁ?
いやいやそれとも事件を捜査中の有名な探偵みたいかな?
どれどれキミの鼻の穴ん中を見てやろう。
わっはははは!
ゲラゲラゲラ!
「遊んでないで早く字を見てください!」
ドンッ・・・って先生が机を叩くと、ルーペが一斉に箱の中で飛び跳ねました。
先生の一喝でおとなしく本を見る子どもたち。
本当にミニミニ探偵みたいに真剣な顔になりました。
確かにちょっとは大きくは見えるけど・・・前よりはいいんだけど・・・みんなの評価はイマイチでしたね。
虫メガネの倍率は私たちには低すぎて、ほとんど役には立たないのです。
弱視の定義
皆さんは、日常生活の中で視覚障害という言葉を聞いたことがあっても、弱視と言う言葉を耳にすることってあまりないんじゃないかなぁって思います。
そもそも弱視の定義というのは何なのでしょうか?
答えはこれ。
矯正視力(検査施設にあるレンズ)を用いた視力)が0.3以下に対して「弱視宣言」がなされます。
このうち、両目とも矯正視力0.2以下の方が身体障害者として扱われ、盲学校に入学する権利を与えられるんですよね。
身体障害者には、障害者手帳というものが都道府県から発行されていて、特に医療関係で優遇されるようになっています。
雇用促進法(特定の会社員の数に対して障害者を一名雇用させることを義務付ける法律で、これを守らないと国が企業から罰金を取る制度)があるとはいえ、障害者は普通の社会人並にお給料をもらうことが難しいのが現状。
(弱視のブログ管理者、kojiさんが詳しいことをご存知です。 TBさせていただきました。関連記事はこちらです。
)
実際、エトナが会社員として企業に勤めていた時も、正社員ではなく現業者扱いでお給料をもらっていました。
やはり有名な大企業に勤める晴眼者は一流の大学、大学院を出ているから学歴が違う。
難しい?入社試験にも通っている。仕事能力だって障害者は普通の人と比べて差が出る。
だから企業側としては同じ給料は払えないということなのでしょう。
その差額の埋め合わせとしての保障が、この身体障害者手帳にはあります。
★ 交通機関の半額(公営・私営のバス、電車、フェリー)あるいは国内線の飛行機30%の値引き
★ 無料医療の保障(あるいは一部の優遇措置)
★ 公営の施設(体育館、美術館、博物館の無料利用または一部の優遇措置)
★ その他、住居地のある自治体から支給されるタクシー券、マッサージ券など。
★ 住居地のある自治体を通して舗装具の無料提供(あるいは優遇措置)が受けられる。
視覚障害者の場合、矯正レンズ(レンズ入りメガネ、サングラス、弱視メガネレンズ、双眼鏡、単眼鏡、ルーペなど)義眼、白杖、点字板、点字タイプライター、音声機器など。
矯正視力0.1以下は一種と呼ばれ、いわゆる重度障害となります。
バスや電車、公共施設などの利用が障害者・介護者ともに半額となるんです。
矯正視力0.1以上0.2以下は二種と呼ばれ、いわゆる軽度障害となります。
上記の保障は障害者本人に限られる上、自治体から受けられる舗装具提供の範囲も狭くなってきます。
※ 障害者年金は手帳の基準とはまた別扱いになります。
病状は進行したり、治療や手術などによって改善したりと変動があるので、2年に一度の専門医による検診を受け、そのつど診断書を市の年金課に提出しなければなりません。
難しいのは、例えば網膜色素変性症(通称は色変)にかかっている場合です。
この病気は、簡単に言うと網膜に栄養を送っている血管が萎縮したり詰まったりして網膜に血液が行かなくなるために、網膜が変性する(機能しなくなる)のです。
一点を見つめている視力は0.5以上もあっても、視野がとても狭くなっていて、まるで5円玉の穴から覗いているような状態。
電車やバスの行き先表示などは見えても、横から走ってくる車や人を避けることができません。
また、夜になると鳥目になってしまい、全盲の方と似たような状態にもなります。
おまけにたいていが進行性で、回復する見込みはあまりないといわれます。
色変の方の判定は、一点で測る視力が良いために実際生活の困難さに対して軽くランクづけられることが多いのです。
みんなにありがとう
ある日、学校の先生が病院にお見舞いに来てくださいました。
二学期になって漢字を習い始めた頃から、授業で初めてのお手紙を書くことになったんだって。
ちょうど手術のために欠席しているクラスメートのために、みんながエトナに手紙を書いてくれました。
「げんきですか。はやくがっこうにかえってきてください。いっしょにあそびたいです。」
「まみちゃんおげんきですか。目はいたくないですか。みんなしんぱいしています。」
「きょおわ、みんなでニワトリのへやにいきました。白いタマゴがみっつとみどりいろのインコがいました。まみちゃんにもみせたいです。」
「あはは。『きょおわ』って書いてあるぞ。しょうがないやつだな。」
お手紙の中には、クラスの女の子が香水を振りまいたティッシュが入っていました。
何かとても嬉しくなっちゃった。
みんなあたしのこと好きなんだな。
いいな。いいな。みんなありがとう。
お礼できなくて残念だよ。
あたしも手紙が書けたらいいのにな。
まだ書き方知らないんだけど、先生学校に行ったらまた教えてくれるかな?
あたしもあさってには退院できるんだって。
お医者さんがそう言ってたもーん!
まだ右目に分厚い眼帯をしたまま、エトナはついに退院しました。
でもお母さんは帰ってからおうちに何が起こるか、な~んにも教えてくれませんでした。
玄関の戸を開けると、3歳の京子が「おねえちゃんおかえり~!」
って叫びながら、ピョンピョンとびはねてましたっけ。
そしていつもの我が家の晩ご飯の時間。
ムーミンじゃなかったけど、大好きなアニメを見ながら食事をしていたら、トントンって誰かが戸を叩きました。
「こんばんはーっ! 品物お届けに参りましたー!」
おーおー、何だ何だどうしたんだ。お父さんもお母さんも何だかやたらと騒がしいゾ?
とアニメも忘れてキョトンとしていると、突然父と知らないおじさんが一緒にものすごく大きな箱を居間に運んできました。
箱を開ける大人たち。エトナと京子だってわくわくしながら傍をうろちょろ。
そしてとうとうふたが開けられた!
わ~~~い! カラーテレビだぁーーーっ!!!
お母さんったら、エトナが退院する日にテレビを届けてもらうように頼んでたんだよ。
父と電気屋さんが古いテレビを下ろして、新しいテレビを接続しました。
チャンネルを合わせると、今まで見ていたアニメが何とカラーになっている!
全然白黒なんかより見やすいんですよねぇっっ!
何か、急にお金持ちになったみたいだ!
・・・って子ども心には有頂天になって喜んでたけど・・・。
お父さん、お母さん、当時のカラーテレビってとても高かったでしょ。
小さなクリーニング屋さんで、三人も子どもを養っていて、手術の後でテレビなんか買ってくれて。
ずいぶん無理したんじゃない?
・・・って大人になった今では親心に泣けてきちゃう。
だけど、きっとお父さんもお母さんも嬉しかったんだよね。
包装紙やダンボールや説明書が散らかってる部屋で、ところ狭しと駆けずり回って喜ぶ子どもたちの顔を見て、きゃぁきゃぁ歓声をはりあげているのを聞けたんだものね。
みんな、本当に本当にありがとう!
ムーミンと禁じられた遊び
お誕生日プレゼントのカラーテレビにつられて、右目の摘出手術を受けることを承知してしまったちょっぴり情けないエトナちゃん。
でもカラーテレビは手術が終わってからのお楽しみなんだって。
この年にはカラーテレビが爆発的に普及したらしく、誕生日にはどのお店にも在庫がなかったんだそうです。
その代わり仮面ライダーとウルトラマンの人形を買ってもらいました。
\(^o^)/
・・・カワユイぬいぐるみとか、ドレス姿のお人形って言うんじゃないのよ。
エトナって本当に変わり者。
二学期に入って間もなく、エトナは大きな手術を受けるために総合子ども病院に入院しました。
家族から離れて、初めてたった独りで一週間以上も外泊したんです。
でも一つのお部屋に4人も子ども仲間がいたから、じきに寂しいとは思わなくなっちゃった。
ママがお見舞いにくれたお人形を抱いて、ホームシックにかかって泣いてる子もいたけど、エトナは泣かなかったな。
だって、新しい環境が物珍しくて楽しかったんだもん。
ここが病院だということも、
しばらくおうちに帰れないということも、
手術をしたら目がなくなっちゃうということも・・・。
みんなちゃぁんとわかってるおりこうさんでした。
「それじゃぁ病院での生活をエンジョイしよう!!」
入院してる子の一人が、自分のお部屋に何とカラーテレビを持って来ていたんです!
だからアニメの時間になると、子どもたちがテレビの前で映画館みたいにおとなしく並んで座って見てましたっけ。
エトナはそこで初めてムーミンをカラーで見ました。
ムーミンって・・・白かったんじゃないのかぁ!
って、水色のムーミンを見てびっくりしたことを覚えてます。
・・・手術室の眩しいUFOみたいな明かりの下で、エーテルを嗅がされたのは覚えてる。
あれからどれくらい経ったのかな。
気がついたらもう夜。
お部屋の天井にオレンジ色の小さな明かりがついていました。
両手をベッドに縛られて、右目には眼帯がかかっていました。
看護婦さんが入ってきたので、エトナはベソ声で頼みました。
「手が痛いよう。緩めてよう。」
「緩めてあげてもいいですよ。でもあと一日だけ、このままでいなきゃだめなのよ。おめめをこすったりしたら、ばい菌が入っちゃうでしょ。」
「おめめなんかこすったりしないもん!」
看護婦さんは手が痛くないくらいにベルトを緩めてくれました。
本当にもうおめめ取っちゃったのかな?
不思議なことに、目の痛みなんて全然なかったんですよね。
「真美ちゃんの頭の上に、とーってもきれいなドレスを着たお人形さんがあるんだけどなー。」
若いお姉さんの声で、看護婦さんが静かに言いました。
「お母さんが持ってきてくれたのかなぁ。」
だけど肩が動かせないから、どんなお人形かな?って見たかったけど、ちょっと無理。
「オルゴール人形みたいだなー。看護婦さんも聞いてもいい?」
「うん。鳴らして。」
そこで看護婦さんは、ドレスの下にあるねじを巻きました。
オルゴールの曲は「禁じられた遊び」
麻酔の余韻でうとうとしているエトナのまぶたの中で、オルゴールの調べに乗って水色のムーミンと黄色いノンノンちゃんが楽しそうにダンスをしていました。
ガラスの瞳
夏休み、二学期が近づいてきたころのことです。
緑内障になっていた右の目の眼圧が上がって、エトナは痛いものだからしょっちゅう指で目を押さえていました。
「真美ちゃん、どうしたの? おめめ痛いの?」
お母さんに聞かれても、うん・・・って元気なくうなずくばかり。
ちょっと頭も痛かったし、吐き気もしてたんですよね。
都心の総合子供病院に行ったエトナと母に、先生はおっしゃいました。
「右目の眼圧がこれ以上上がりますと、ボールなどがぶつかったりした時に眼球破裂などを起こすかも知れません。眼球破裂は多量出血を伴いますから、とても危険なんです。それに放っておくと、左の目にも緑内障が転移する可能性もないとは言えません。お嬢さんも頭が痛いようですし、手術して摘出することをお薦めしたいのですが。」
「え・・・っ? 摘出・・・と言いますと、目を取ってしまうんですか?」
「いやだよう。目無しでお外なんか歩きたくないよう!」
エトナはとうとうベソをかきはじめました。
そりゃぁそうですよ。まだちっちゃくて、感受性が強い女の子なのに・・・。
目無しなんかで街を歩いたら、だぁれも好きになんかなってくれないもん!
お嫁さんになんてだぁれももらってくれないもん!
街の人たちみんながあたしを指差して、おばけぇって言って逃げるもん!
いやだ。いやだ。目無しなんかいやだようっ!
「勿論、かわいい真美ちゃん・・・っていうんだっけ? を目無しで歩かせたりしませんよ。ね。義眼っていうものがありましてね、義足と同じように、体の足りない部分を補う装具なんです。日本はとても義眼の製作技術に優れていて、ちょっと見ただけでは嘘の目だってわからないですよ。義眼をつけてたら、プールだって入れます。でも今のままなら、プールで飛び込みをすることもできませんよ。」
ぐすん、ぐすん、目無しなんかいやだもん・・・
うつむいて、先生の話しなんか聞かないでベソをかいてる幼い娘を見る母。
どんな気持ちだったでしょう?
自分だってきっと泣きたかったにちがいない。
だけど自分が泣いたら、この子は誰が慰めてあげられるの?
泣けません。大人だから・・・少なくとも人前では。
そしてきっとお料理をしながら
お風呂のお掃除をしながら
気づかれないようにポロポロ涙をこぼしていたのかも知れません。
私がこの子に代わってあげられたらいいのにって
心の中で叫びながら・・・・・・
帰りのがらがらの電車の中で、お母さんが訊ねました
「ねぇ、真美ちゃん、手術する?」
「・・・・・・・。」
「真美ちゃんの誕生日プレゼント、何にしようか。」
「仮面ライダーのお人形がいい。」 ←(って本気で言った!)
エトナの顔がちょっと明るくなりました。
「そうねぇ、それでもいいけど・・・そうだっ! カラーテレビは?」
「えええええっ!? ほんとーーーー??!!!」
思わず大声で叫んで、シートで飛び跳ねてしまいました。(我ながら単純だなぁ!)
カラーテレビを持っている家は、まだそれほど多くはない時代でした。
クラスのお友達が色々なアニメをカラーで見ていて、とても見やすいよって言ってたから、とっても羨ましかったんだ。
「いなかっぺ大将」の大ちゃんのズボンが青いとか、赤いふんどしをしてるんだとか。
いいなぁ!あたしもそんな色で見たいよー。
ずーっとおねだりしてたんだよね。
ほんとに買ってくれる? だったら真美ちゃんいい子にするよ。
手術もするよ。お母さん!
やったぁ弟が生まれたよー!
話しが先に進んでしまいましたが、入学して間もなくエトナには弟が生まれていました。
お腹が大きくなった時、お母さんは真美ちゃんを呼んでこう言いました。
「もう真美ちゃんは小学生になるし、京子とも一緒に遊んでくれてるから、立派なお姉ちゃんだよね。えらいね。もう一人赤ちゃんが生まれたら、ちゃんと面倒みてくれる?」
「うん! 赤ちゃんが生まれるの? ほんと? 男の子? 女の子? あたし、男の子の方がいいな。今度は弟が欲しいよ。いっしょに仮面ライダーごっことか、ウルトラマンごっこやるの」
そうそう、エトナは大の仮面ライダーファンだったんですよね。
でも、クラスで男の子たちとライダーごっこしても、いつも弱っちぃショッカーの役しかやらせてもらえなかったんだ。
弟ができたら、ショッカーの役をやらせちゃうんだ。
そしたらやっとやりたかった仮面ライダーになれるもん。
何しろあたしは大きくて強いんだから!
「真美ちゃん、男の子か女の子かは、真美ちゃんにとってもどっちがいいかなぁって神様が決めるのよ。お母さんもまだ知らないの。それに赤ちゃんが生まれても、何年も一緒に遊ぶわけにはいかないんだよ。歩くことも覚えなきゃいけないんだから。だから真美ちゃんが、お母さんのお手伝いをして弟を大事にしてくれたらありがたいんだけどな。」
ってお母さん。
なんだー。つまんないの。じゃぁショッカーやらせるのはとても無理だよね。
でもやっぱり、赤ちゃんと一緒に遊びたいよ。
「じゃあ「子守り」ならいい?」
エトナってば、今度は赤ちゃんでママゴトのつもり。
「子守りやってくれる? ミルク飲ませたり、お洋服着せてくれたり、おねんねさせてくれたりしてくれるとお母さん助かるな。」
「わーいわーい!!! お母さん早く弟産んでよ。楽しみにしてるからさ。」
・・・って最初から弟が生まれるのだと決め付けて、近所のおばさんたちに大声で吹聴して周っている、お母さんにとってはとんだはた迷惑なエトナでありました。
考えてみれば、弟が生まれたのは4月も終わりのことですから、母は大きなお腹を抱えて満員電車でエトナを学校に送り迎えしてくれていたわけです。
臨月なのに・・・。お母さん本当にありがとう!
さて、待望の赤ちゃんが生まれました。
エトナが欲しがって騒いでいた、待望の弟です。
でも男の子が生まれて大喜びしていたのは、エトナだけじゃありませんでした。
おクニである富山県の家系を重んじる父だったんです。
父ときたら、「男の子が生まれたら新しい着物を買ってやる」なんて母に約束してたらしいですよ!
今度新生児室に行ったときは、天井には明かりがついていて、いっぱい赤ちゃんが寝ているベッドが見えました。
でもまだ窓が高かったから、父に抱き上げてもらわなくちゃいけなかったんですけどね。
今回は弟がすぐ見つかりました。
窓のすぐ下で、頭がつるつるで、赤い顔して泣いてたっけ。
弟の名前は、素直に一直線に生きて欲しいって、直一ってつけられました。
実は、エトナもこの名前には大喜び。
だって、ピンポンパンの「直子おねえさん」の大ファンだったからです。
(今から考えると、結構ミーハーだったんだなぁ!)
こうしてエトナのおうちは、にぎやかな5人家族になりました。
富士学園
実験室を出る前に、エトナははっと思い出して先生に尋ねました。
「先生、溶岩ないのー?」
「もう一回!」
「えっ? ・・・あ、溶岩は・・・ありますか?」
「溶岩はねぇ・・・あるはずなんですが、高校の先生に聞かないと先生にはわからないんですよ。真美ちゃん溶岩見たいなら、もうすぐ移動教室で富士山に行くことになってますから、その時に見ることができますよ。」
「いどうきょうしつって何ですか?」
みんなも先生の周りにひしめいて、わいわいと同じように訪ねました。
「学校の外で自然についていろいろなことを勉強することです。東京にいては見られない鳥さんや、雲の形を見たりできるんですよ。一晩みんなと一緒に泊まるんです。」
「先生もー?」
「勿論ですよ。 夜になったらゲームもしましょうね」
「わ~~~い!!!」
みんなは大喜びで飛び跳ねました。
やったぁ、あの有名な富士山がみられるんだぁ・・・!
富士山って、見たことないもんね。
みんなよく、今日は富士山がきれいに見えたとか言うんだけど、何のことかわかんないな。
そう。東京からも富士山はよく見えます。
でも、それは視力のある人が言ってることなんですよね。
弱視の人たちには、東京から富士山なんて裸眼では見えないんです。
だからまだ絵はがきも見たことなかったエトナには、富士山っていうのがどんな形をしてるのか想像もできなかったし、ましてきれいに見えるっていうことがどういうことなのかもわからなかったんです。
富士学園にはたいていのお母様方も出席して、低学年がみんなでバスに乗って行きました。
優しいお姉さんみたいなガイドさんがゲームをしてくれたし、みんなで一緒におっきい声でお歌も歌ったりしてとっても楽しかったな♪
でも、「はいみなさん、窓の外に富士山の溶岩が見えてきました」
ってガイドさんが言ったら、エトナはバスの窓にお鼻をくっつけて一生懸命見ちゃったよ。
ガイドさんが噴火の話しをしてくれたっけ。
日本一高いお山の富士山だって火山なんだよ。
へぇぇすごいな。爆発したらうちにも灰が降ってくるかな。
もし溶岩が流れてきたら、東京まで来るかな。
だって昔の東京(江戸のことをそう言ってました)が灰だらけになっちゃったってガイドさん言ってたよ!
何かこわいな。またいつか爆発するのかな。富士山・・・。
バスが子供たちに溶岩を見せるために止まると、エトナは喜んで黒い溶岩を触りに行きました。
お鼻をくっつけてにおいもかぎました。
河原の石とは違ってはっきりした、ちょっぴりいいにおいがしてたっけ。
バスが山中湖についた時、エトナは初めて富士山をこの目で見ました。
動いているバスから落ち着いて富士山を見るだけの目の集中力がまだなかったからです。
お母さん方がみんな、きれい、きれいって言ってるのに、ずるいよ。自分だけ見えないなんてって、クラスのみんなが思ってたんだよね。
そのウワサの富士山を初めて見たとき、エトナはその円錐形の山にとてもミステリックな印象を受けました。
だって、丸っこくてあとからあとからいっぱい続いてくっついてるような見慣れた山とは全然違うんだもの。
大きくて、高くて、腕を広げてみーんな一緒に抱いてくれるおっきいママみたいに優しくて・・・。
でもこの山は火山なんだよ。火山だからこういう形になるんだって。
こんなに優しい感じがするのに。
あぁ良かったな! やっと富士山が見られたんだもん。
移動教室ばんざぁい!
実験室のアリババちゃん
だって、パッと見ただけでも目を引くようなカラフルな石がいっぱい入っていたからです。
「おーすげぇ、この石キラキラ光ってるぜ!」
「ほんとだっ!金のつぶつぶがあるぞ」
「かわいぃ~!ピンクの石だぁ」
「わっ!何これ石? 透明じゃん!」
「あたしこれ欲しいなぁ・・・!」
「オレ、これがいい!」
生徒たちは口々に言って、大騒ぎです。
「せんせー、石、触ってもいい?」
「いいですか? でしょ」
「触ってもいいですか?」
「はいどうぞ。でも優しくネ。 地面に落とさないように気をつけてください」
そこでエトナは先生に聞きました。
「石おっことしたらどうなるの?」
「どうなるんですか」
ハァ・・・生徒って大変だねぇ。
「石おっことしたらどうなるんですか? だって・・・石って硬いでしょ?」
「いいことを質問しましたね。 石にはね、ダイヤモンドみたいに硬い石と、ガラスみたいに割れやすい石があるんです。ダイヤモンドなんか、どんな石でも金属でも削れないんですよ。 でもこれなんかは、とても割れやすいから気をつけてくださいって高校の先生から言われました」
へぇぇ~石にも割れちゃうのがあるんだぁ。
先生が私に見せてくださったのは、緑色で透き通るような色をしたブロック状の石でした。
お日さまの光の中で、まるで人魚姫がでてきそうな海みたいな深い緑をしていて・・・中に時々ピンクや紫の縞が入っていて、見ていると引き込まれそうなほど怪しい輝きを放っていました。
それはまるで子供の純粋な心の中に、静かに深く染みとおるような色でした。
「きれーぇ・・・何ていう名前の石・・・ですか?」
先生の声が今にも笑いそうに答えました。
「ここには『ほたるいし』って書いてあります。 本当は先生も知らない名前の石でした」
「先生にも知らないことがあるの?・・・じゃなくて、あるんですか?」
「そりゃぁありますよ。だから真美ちゃんが大きくなったら、先生に色々教えてくれなくちゃ。」
ふぅん、おっきくなっても先生に何か教えるのって変だな。
「ほたるいしっていうの? 面白い名前だなー。何でほたるなのかな。まぁいいや。覚えとこっと」
エトナはまるで洞窟の中で宝の山を見てるみたいにぼうっとして、とっても幸せだったんです。
石とは思えないくらい透き通った水晶。
優しくてかわいい女の子のイメージを与える紅水晶。
貴婦人がまとう紫色の服みたいなアメシスト。
雲母や、キラキラ輝く鉄鉱石や、色々な色のメノウなど・・・
みんな宝物みたいにとってもきれい。
本当に自分の周りでは見たこともないような石ばかりでした。
こんな石が土色の地面の中から出てくるなんて、不思議だなーって思ったものです。
子供の心を魅了した蛍石(フルオライト)の球。
フルオライトは硬度が低くて割れやすいので、
美しいけれどリングなどの宝石には向いていません。