珈琲と虹と鯨の棲む場所 -94ページ目

珈琲と虹と鯨の棲む場所

東京都三宅島をフィールドに直感を綴る

何年ぶりだろう、ここ数年見れなかったウミガメの上陸跡
※ウミガメは世界でたった7または8種類(研究者によって変わる)全て絶滅危惧種です。

今年はすでに数か所で上陸が確認されています。
普通に観光客や島民が訪れる海岸なので、踏み荒されたり、掘られたりしないよう
みんなで守っていきましょう。

夏の終わりから秋にかけて、子亀が生まれるのを見れたら素晴らしいですね。

※アカコッコ館のレンジャーや自然ガイドにお伝えして、
現場の調査・確認、日本ウミガメ協議会へのレポートなどを行ってもらっています。
お店番をしながら、この本を読んでいます。

内閣総理大臣に指名された時、一番身にしみたという、
おふくろのフメの言葉が書かれています。

人さまに迷惑かけちゃならねえ。この気持ちだけだな。
他人の思惑は関係ねえです。働いて働いて、精一杯やって、
それで駄目なら帰ってくればええ。
人さまは人さま、迷惑にならねえことを精一杯はたらくことだ。

人の恩も忘れちゃならねえ。
苦あれば楽あり、楽あれば苦あり。
枯れ木に咲いた花はいつまでもねえぞ。

政治家なんて喜んでくれる人が七分なら、
嫌ってくる人も三分はある。
それを我慢しなきゃ、人間棺桶に入るまで、
いい気になっちゃいけねえだ。でけえことも程々にだ。

沁みました。

そして、週末にはこんな言葉も。
The boughs that bear most hang lowest.

常にこうありたいです。




一日三便(繁忙期には四便もある)島と内地を繋ぐ「大切な足」
夕方にさしかかる午後の便で雲海に浮かぶ素晴らしい富士山と江ノ島の景色を見た♪

こんな景色を見ると、これからも頑張ろうとシンプルに前向きに思えるから不思議だ。
もっと気軽に利用できる金額に、なんとかできたらいいなぁ~と心底思う。


スタンダードを極めた人間にしか、スタンダードを超えることはできない。

基礎と格闘せず、早道を行こうとする奴は、たいてい失敗する。
表面だけで、根本がないからだ。

突き抜けたことをしたいなら、基礎を徹底的に学ぶことだ。
基礎を超えるなら、格闘しながら基本を極めるしかない。

何の報いも期待されず、何かを与えられた者は、どう思うだろう?
何としても相手に多く返したいと思うにちがいない。そこに人を動かす力の本質がある。

毒にも薬にもならない人間には、何も為せない。そして人は、薬にばかりなりたがる。
しかし、何かを激変させる力があるのは、薬ではなく毒のほうだ。

何かがうまくいっているときに、人はみんな
「運がいいよね、うまくいっちゃって」って言うけれども、冗談じゃないよ。
俺はあんたの100倍血のにじむような努力をしてるんだっていうふうに
言いたい気持ちを抑えて、飲み込むわけですよ。

それを言っちゃったら馬鹿だから。
「運がいいよね」って言われてないときは、うまくいってないときだから、
「運がいいよね」って言われなきゃ駄目なんですよ。

そのときに自分で、これほどの努力を人は運というか、
っていうふうに苦笑しているっていうのが、一番いい時だと思うんですよね。

だから「これほどの努力を人は運と言う」っていう言葉が僕はとっても好きなんです。

新しく出ていくものが無謀をやらないで、一体何が変わるだろう。

僕が一番嫌いなのは、小手先とか、表面的とか、上辺とか、それが一番嫌いなの。
それでやってる限り、結局出てくる結果も、上辺や、表面的や、小手先でしかない。

チャンスは「今がチャンスだ」と思うものではない。
後から「あれはチャンスだった」と思うものなのだ。

「神は細部に宿る」という建築家の言葉は、仕事にもあてはまる。
つい、見過ごしてしまうものにこそ、事を左右する鍵がある。

小さなことを守れないやつに、大きな仕事などできるはずがない。

「努力」という言葉を、僕なりに定義し直すと、それは圧倒的なものになって、
初めて「努力」と言える。一般的に言う「努力」など、その名に値しない。
人が足元にもおよばないほど行った凄まじい努力が、僕の言う「努力」である。

圧倒的努力とは、とても単純である。
人が寝ている時に寝ないってこと。人が休んでいる時に休まないってこと。
そして、どこから手を付けていいかわからない膨大なものに、手を付け、最後までやり通すことだ。

「運が良かった」は、謙遜でのみ使うべきだ。断じて他人をこう評するべきではない。
その言葉は思考を停止させ、努力を放棄させ、成長を止めてしまう。

【幻冬舎】見城徹が語った『努力』に関する言葉