いいよ絲山秋子作品も20冊目なので全作品読破の後半戦に入ってきた。
今年度中には読破できそうかな?(明日から議会準備に入るのでちょいとお休み)
ラジ&ピースは地方FM局に務める相馬野枝の話
読みながら、遠い過去の自分を振り返ってしまった。
バブル期の就職活動で得た内定は2つ
アルバイトの情報誌、若者文化を応援する、リクルートフロムエーと
夏の「Jwaveのサマーセミナー」という青田買いのようなイベントで
ディレクターコース、ナビゲーターコースどちらも選考に残り、
事務局からナビゲーターコースの方が良いですよと言われ参加した。

終了後、留守番電話もない個人電話にラジオ制作会社の社長から
ラブコールを頂いたものの、当時の二社の条件(給与や寮など)の違いと
一番は、父親から「FM局なんて遊びの会社はダメだ!」と猛反対され、
同期がバンバン内定をもらってる中で、焦ってリクルートフロムエーを選択した。
※内定式に寝坊で遅刻、人事の電話で起こされるという失態もあった。
その後、一年目は広告営業ということで必死に業務をこなすことが精一杯だったが、
どこかでこの選択は間違いだったのではないか?と心の底で葛藤していた。
とらばーゆのイベントでキャロル久末さんがゲストだと聞くと、
運営に頼んでイベントに入れてもらったり。※終了後に写真も撮ってもらった。

そうこうしていると、二年目に入る3月後半に思いがけない内示があり、
いきなり海外旅行事業部という新規事業に配属となった。
事業の前身はリクルートインターナショナルという会社で、
会社を整理してフロムエーの中で事業の一部として
「若者の旅を応援する」をコンセプトにはじまる部署だった。
この異動ですぐにオーストラリア全土を周る海外出張したり、
翌年は92年のアルベールビル五輪のゲレンデを滑る仕事で
スイス、フランス、イタリアをスキーで巡った。イギリスにも行ったし、
この異動で人生は大きく変わったと言ってもいい。
当時の部長に仲人もお願いしたし、バブル崩壊後の広告が厳しい時期に
会社の経費で海外経験させてもらったことは、今もずっと感謝しています。
当時、同期が集まって飲むと、「俺たちが必死に広告営業で稼いだ金を、
おまえが海外出張で使いやがってよ~おごれ!」って言われてました。笑
金八先生(武田鉄矢さん)の言葉で、
「自分を励ましてくれるのは、自分の過去だけである」というのがあります。
絲山秋子作品を読むと、高校時代からこれまでの自分が、
良いことも、悪いことも、必ずフラッシュバックします。
それだけでなく彼女が今住んでいる群馬県高崎市は母方の実家なので
作品の多くに出てくる群馬弁と地名は、
小さな頃に爺ちゃんと過ごした日々を思い出す。
もどることのない過去を振り返るのは、未来の自分のためでもある。
そう思って今日を精一杯生きるしかない。
