
幻冬舎の見城徹さんの本を読んだ時に、出てきたフレーズ
「君がなんとなく生きた今日は、昨日死んでいった人達が
どうしても生きたかった大切な明日だ。」
このフレーズはアメリカ原住民の言葉だとその本に書かれていた。
綺麗な夕陽を見たり、素晴らしい虹を見たり、クジラを見たり、
なんでもない普通の生活中に「驚き」を目の前に見た時、
誰かと共有したいと心の底から思う。
そんな時に、必ずこのフレーズを思い出す。
白馬の雪山で亡くなった友人は、三宅島でクライミングすることを楽しみにしていた。
結婚50周年の日に夜の虹を一緒に見た親父は、「生まれて初めて夜の虹なんて見た。」と呟いた。
そんな人たちに、見せてあげたいと思う景色がある。
もちろん、生きている家族や大切な友人には、写真や動画で共有することはできる。
それでも、目の前に素晴らしい景色があれば、
フレームの限られた中だけでなく、虹の匂いだったり、ブローの音が聞こえそうな近さや
360度広がるオレンジやピンク、パープルの空は、大切な人たちと見たいと思う。
なんとなく生きて、どんどん一年が終わり、人生の終盤を迎えていく。
なんにもしない日だってあるかもしれない。結果が出ない日々があるかもしれない。
でも、ふとした時に、このフレーズが思い浮かぶと、自分スイッチが入って、
一生懸命生きようと思う。2019年の終わりに、なんとなく生きた日々を振り返る。