5月30日。
私はおねぇのショップの事務所で頭を抱えながら唸っていた。
「デザインが気に入るとお値段が可愛くない。お値段で選ぶと、納得がいかない。」
「カタログも見る?取り寄せするよ。でもさぁ~土方さんの誕生日は明日でしょ?なんでもっと早くに決めなかったの?明日は会う約束あるんでしょ?」
「えっ…いや…明日は私…仕事だし。歳三さんもその日は大切な用事が…あるし…。」
我ながら歯切れの悪いしゃべり方だ。
(バレてないよね?)
チラリとおねぇに目線を走らせた。
おねぇは何故か、超不機嫌な顔をしていた。
「なんで?せっかくの誕生日なのに、土方さん、なんの用事があるの?それになんで休み取らなかったの?ゆきちゃんなら、言えばはりきってあんたの休み入れてくれるでしょ?」
「なんでって…月末だし忙しいかな~って…。歳三さんの用事は…なんなのかは…えっと…わかんないけど、それは個人の自由じゃない?」
「ethlin、あんたは大切な記念日に好きな人と過ごしたいって思わないの!?」
胸がチクリと痛んだ。
「それは思うよ!思う…けど…。」
「思うけど?」
私は今年初めて歳三さんの誕生日を御祝いする。
だからもちろんその日に会って、一番にお祝いしたかった。
でも…
これは自分で決めた。
ちゃんと現実と向き合うために…。
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『歳三さん、5月31日はお仕事お休みですか?』
『あぁ、山南が気を利かせたのか休みを入れていた。ったく…いい年になって誕生日もねぇと思うがな。』
『じゃあじゃあ!誕生日はみちるさんと赤ちゃんと親子水入らずで過ごせますね!私、31日はガッツリ仕事なんですよ。月末だからいきなりセールするとか言っちゃって。最近デパート全体の売上が厳しいから…セールセールばっかりで…嫌に…なっちゃう…。』
『…』
つとめて笑顔で喋るものの、どうしても顔がひきつってしまう。
胸が痛くて、言葉が詰まって、涙が溢れてきた。
『今年は花粉症が酷いんですよね~。鼻は収まったけど、目が乾くし痒いし涙出るし。しかもドライアイで渇いて痛いし。弄っちゃダメだってわかってるけど、えへへ…我慢…出来ない…』
大きな手が伸びて、私の頭を軽く撫でる。
『ありがとう。』
『…。』
『お前の気持ちはちゃんと伝わってる。だからもっと自分の気持ちに正直になれ。俺は…こんな事言える立場じゃねえがな。』
歳三さんは苦笑しながら、私の頭を数回軽く叩いた。
『辛くて我慢出来ないなら泣けばいい。』
『辛くなんか…ないです。』
辛くなんかない。
辛い思いをしたのは歳三さんとみちるさんだ。
私は辛くなんかない。
ただ平和な日々をただ安穏と過ごしているだけだ。
でも、胸が苦しくなって涙が出る。
みちるさんの事を考えると、どうしても胸が苦しくなる。
どうしても「嫉妬」という嫌な感情が私の心から離れない。
理解しようと決めた、だから理解しなくてはいけない。
けど…やっぱり理解出来ない。
挙げ句の果てにみちるさんの事「可哀想な人だから仕方ないんだ」を憐れんで…本当に私は嫌な事ばっかり考えてる。
『だったらなんでそんな面白い顔してんだ?』
『面白い顔は…元々…だもん。』
顔を上げられないほど、私の顔は涙でグショグショになっていた。
『そんな顔…他の奴に見せるなよ。みんな笑いが止まらなくなるぞ。』
急に頭を引き寄せられ、私は歳三さんの胸に顔を埋める格好になった。
背中を擦る温かい手。
私を抱き寄せる逞しい腕。
この人はいつも私を、優しく受け止めてくれる。
こんなにも嫌な私を、いつも優しく受け入れてくれる。
『ひでぇ顔だな。ほら、鼻かめ。顔拭いてやるから。』
『ごめんなさい…。』
『今さらだろ?お前に最初に会った時から、俺はお前の泣いた顔を拭く役目を押し付けられてんだからな。』
『うっ…そうですね。』
(私…しょっぱなから泣きっぱなしだった。)
『休みは?』
『へっ?』
『6月に入ったからのすぐの休みは何時だ?』
『えっと…2日…かな。』
『…6月2日は平日だな。その日の用事は?』
『ないです。』
『じゃあ、その日一日空けとけ。お前の好きなところに連れてってやる。』
『歳三さんもお休みなんですか?』
『いや。だが、その日は休む。』
『それって…ずる休みじゃないですか!ダメですよ!!』
『聞き捨てならねぇな。ちゃんとした休みだ。調整で一日多く休まなきゃいけねぇんだ。ズルじゃねえから安心しろ。』
『でも…』
『ふっ…信用ねえな。まぁ…俺は勝手ばっかりしてるから、信用なくてもしかたがねぇか。』
『違います!そうじゃなくて…。』
『じゃあ、なんだ?』
『私なんかのために…一日お休み使って…いいのかな…って…。』
『お前のために使いたいから、休むんだろうが。』
それは嘘偽りのない言葉だろう。
だから胸が痛い。
こんなにも嫌な人間の自分が、この人に少しでも思われる資格があるのだろうかと…
こんなにも汚れた自分がこの人の傍にいてもいいのかと…
いつも不安になって…胸が締め付けられる。
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「別の日に約束してるんだ。えへへ、その日は私の好きなところに連れてってくれるんだって。そう言えば内輪のバースデーパーティーの話聞いた?歳三さん、うちのお店にわざわざ招待状持って来てくれてね、クスクス…ゆきちゃんさ~お店ですっごい興奮しちゃったらしくてね、歳三さんの目の前で怒られちゃったんだって。おねぇも行くよね?原田さんから招待状もらった?私とゆきちゃんはその日一緒にお休み取って~」
「…のよ…。」
「えっ?」
「あんたを差し置いてまでしなきゃいけない用事っていったいなんなのよ!!」
おねぇは急に大声を張り上げ、テーブルを拳で強く叩きつけた。
「おねぇ?どうしたの?なんでそんなに興奮してるの?」
「興奮なんかしてない。」
「でも怒って…」
「あんたが怒らないからでしょ!!」
ダンッ!
二度目の罵声と机を叩く大きな音。
おねぇがすごく怖くて、怒る意味がわからずわけがわからなくなって…涙が出てきた。
「うっ…うぇ…。」
「…ごっ…ごめん…。」
我に返ったおねぇはバツが悪そうに頭を掻きながら、俯き加減に呟いた。
「最近ちょっと精神不安定でさ…アレも遅れたり早かったりで…なんかイライラしがちなんだよね。」
「大丈夫なの?原田さんに相談した?」
「大袈裟ね~。単なるホルモンバランスの乱れのせいだって。平気平気。今薬剤師さんに進められた新薬のピル飲んでるんだ。のみ始めたばかりだからね…すぐに落ち着くよ。」
おねぇは何事もなかったように笑っている。
「おねぇ。」
「ん?」
「あのね…。」
「何?」
「…なんでもない。」
(まさかおねぇ…みちるさんの事知ってるんじゃないよね?誰も言わないよね?言えないよね?原田さんも…沖田さんも…言わないよね。)
「何?変なの。私に隠し事しないでよ。」
「してないよ。そんなの出来るわけないじゃない。」
胸が苦しい。
自分の心に嘘ついて、大好きなおねぇにも嘘をついている。
「隠し事なんて一つもないよ。そんなもの…あるわけないじゃん。」
私は笑って見せた。
嘘を貫き通すために笑って見せた。
嘘は嘘でしか隠せない。
だからこの嘘は、最後まで私の胸にだけしまっておく。
汚れた自分と一緒に箱に閉じ込めて
誰にも見られないように鍵をかけて
心の奥に
そっと
そっと…しまっておく。