さくら日和 ⑥ | ethlinの煩悩毛だらけ

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煩悩さらけ出し日記

キリのいいところで筆を下ろし、茶を口にした。


(ぼたん餅があると言っていたな。)


盆を引き寄せ、ぼたん餅の皿を手に取った。


その下には、封筒が一通置いてある。


(手紙か?)


中を開けると、それはethlinからの手紙だった。


日頃の感謝を綴ったその手紙には、薄紅色の花が散りばめられていた。


「この二月の寒空に桜の花か…あいつなかなか洒落た事をするじゃねぇか。そう言えばあいつに最初に会った時も、屯所に押しかけて来た時も…いつも桜の花が傍にあったな…。やっぱりあいつは桜に縁がある。桜の精…いや、桜の木の小人か。」


薄く笑いながらぼたん餅を口にした。


それはほどよい甘さで、中には甘露煮が入っていた。


「美味いな…。あいつには茶屋で甘いモノ食わせては『いつまで経っても京の味には馴染めねぇ』とよく零したな。だが、あいつの作る味は…なんだ…悪くねぇ…。」


部屋の隅に目を走らせる。


いつもならその辺でチョロチョロと忙しなく動き回っている姿が、今日は見えない。


「たまにはいいだろうとと早めに下がらせたが、いないと寂しいもんだ。茶の代わりを頼んでからにすればよかったな。」


ため息を一つつき、盆を手に廊下へ出た。


途中で顔の大きさほどあるぼたん餅を手に、嬉しそうにしている島田とすれ違った。


「なんだ?島田、そのぼたん餅は。ふっ…どうやらお前のぼたん餅は特別らしいな。それだけ大きけりゃ中の栗は5~6個は入ってるんだろう。」


「副長、お疲れさまです。俺のぼたん餅は単に大きいだけですよ。それに栗は二粒しかありませんから、ethlin君と沙雪君に一粒づつ差し上げました。それをどうしたかは彼女達にしかわかりません。しかし彼女達の事です、きっと『特別』な人に差し上げたのでしょうね。」


「なんだと?」


俺が口にしたぼたん餅には栗が入っていた。


皿に隠すように置かれていた手紙。


手紙に散りばめられた桜の花。


(そういえば、さっき茶を持ってきたethlinは、いつになくそわそわしていたな。)


「ふん、わかった。」


短く返事をすると、島田は軽く会釈をしながら自室へと歩いて行った。


(俺に『特別』なモノを寄こしたって事は…いや…わからねぇ、あいつの事だからな。自分で食おうとして、それを間違えて俺に寄こしたのかもしれねぇ。なら、今頃部屋で落胆して号泣してるんじゃねぇか?)


ただ思い当たる節はある。


(書庫で転んだと言ったから、心配して俺が頭の中を探ったら急に体を硬くしたり、急に黙り込んだりしたな…。さっきも声をかけたら赤い顔をして慌てて出て行った…。)


今まであった事を事細かに思い出して行くうちに、自然と笑いがこみ上げてくる


「……ふっ…そうか。やっぱりそういう事か。」


(お前がそういうつもりなら、俺もそろそろ答えを出さねぇといけねぇな。)


「顔が見たい。それから…声が聞きたい。」


俺はそのままethlinの部屋へと足を運ぶ事にした。











「なんだ?まだ眠ってないのか?」


部屋の近くまで行くと、ethlinは部屋の前で一人夜空を眺めていた。


「あっ…土方さん…。はい、こんなに早く部屋に下がったのは久しぶりで、なんだか落ち着かなくて。」


「だったらさっさと寝て、明日に備えりゃいいだろ?ぐっすり眠れば明日は居眠りしなくていい。」


「そっ…そうですね…そうでした…ごめんなさい。」


叱られたと思ったのだろう、ethlinはしゅんと頭を垂れてぼそぼそと呟く。


「いや…謝らなくていい。」


(くそ…こんな事を言いたいんじゃねぇ。)


「あっあの…」


ethlinは顔を上げた瞬間、俺の手にしている盆に気がついたらしい、さらに気まずそうな顔をして俯いてしまった。


「ぼたん餅美味かったぞ。なんだ…その…お前の作るモンは…悪くねぇと思う…美味いな。」


「本当ですか!良かった。」


「それから手紙も…ありがとな。いつも顔を合わせているのにわざわざ手紙を寄こすなんて、おかしな事をするなと思ったが…たまにはいいもんだ。それから手紙の返事は…。」


「あっ!もしかしてお茶のおかわりですか?」


肝心の最後の言葉は、ethlinの声にかき消された。


「あ?あぁ…いや違う。まだ起きてるつもりなら、少しだけ仕事を手伝ってくれねぇか?いつも傍でチョロチョロしてる奴がいねぇと、どうも調子が狂っちまう。茶はついでだ。ついて来い。」


俺はethlinを連れて勝手場へ移動した。


俺は茶の準備をするethlinをただ黙って見つめていた。


「お前は本当によくやってるよ。俺の世話なんて面倒だろ?」


「いいえ、土方さんは放って置いたらご飯も食べずに何日も過ごしそうですから、目が離せません。全然嫌じゃないし楽しいです。反対に私の方がご迷惑ばかりかけていて、なんだか申し訳ないです。」


その言葉に嘘はないだろう。


こいつはスラスラと世辞が言えるほど器用じゃない。


「もし俺が…」


「はい?なんですか?」


「もし俺が本物の『鬼』になったら…お前はどうする?」


この問いかけは二度目だ。


だからこいつの答えは知っている。


節分の夜、ethlinは「それでも俺に必死について行きたい」と行った。


だがethlinは『鬼』の事を、まだ何一つ知らない。


新選組が隠している『鬼』の事を。


町の噂を聞いていても、新選組とは関係ないと思っているだろう。


「あの?土方さ…やっ…痛っ!」


困った顔をして俺の顔を見つめているethlinの手を掴み、俺は強く引き寄せた。


「『鬼』は血に狂い理性を無くし、そして人を屠る。『鬼』になった俺はお前を殺し体を切り裂き、その血肉を喰らうだろう。それでもお前は俺について行くと…そう言い切れるのか?」


俺の腕の中で小さな体は震えていた。


しかしこの答えを聞くまでは放すわけにはいかない。


「土方さん…本物の『鬼』になるのですか?」


答えを聞くのが怖かった。


だからこの気持ちに気がついていながらも、俺は答えを出せずにいたのかもしれない。


長い沈黙の後、ようやくethlinが口を開いた。


「土方さんが本物の『鬼』になったとしても、土方さんである事に変わりはありません。どんなに心を押し殺し、強い人間を演じても、人間の本質はどうやっても変えられません。もし…理性を失って血を屠るために私を殺したら、土方さんは優しい人だから、きっと後悔するのでしょう?でも私が犠牲になると言うのなら、それは最初にあったあの日から決められていた運命なのかもしれません。」


「………」


ethlinは俺の腕の中で少し身動ぎをして、顔を上げた。


そして満面の笑みを俺に向ける。


「私はそんな顔をした土方さんを見たくはありません。私が与えられる血肉で貴方を少しでも救えるのなら、やっぱり私は貴方の背中を全力で追いかけて行きたいと思います。」


「…そうか。」


「はい。」


この小さな桜の花は答えを出した。


(だったら…俺も答えを出してやらねぇといけねぇな。俺の口から、俺の言葉で…)


腕に力を入れると、ethlinが居心地悪そうに身動ぎをして離れようとする。


「あの…土方さん?」


「もう少しだけ…こうしていてくれ。」


二月十四日。


まだ雪がちらつく寒い夜、俺の心の奥底にある温かいモノの正体を知った。


「…はい。」


それはひと際紅く咲く桜の蕾。


その花が咲くのは…もう少しだけ後の話になる。