そして二月十四日。
仕事の合間に小豆を炊いたりもち米を蒸したりと、私と沙雪ちゃんは大忙しだ。
島田さんもすごく忙しいのに、時間がある時に顔を覗かせて手伝ってくれた。
おかげでぼたん餅作りは思ったより早く終える事が出来た。
そして今、私は部屋で土方さんへの手紙を書いている。
気の利いた言葉がどうしても見つからず、ただのありきたりな感謝の言葉を綴る事しか出来なかった。
それでもいい…その言葉に嘘はない。
何度目かの清書を書き終え、私は大きなため息をつく。
文机の引き出しから手毬型の器を取り出した。
小楽さんからもらった紅入れだ。
器には桜の花模様が散りばめられている。
小楽さんはどんな思いで私にこれをくれたのだろうか。
指で少しだけ紅を取り、お皿の上で白い粉と混ぜ合わせて水を足した。
筆に含ませ手紙の上にゆっくりと筆を乗せる。
紙の上にぱっと薄紅色の花が咲いた。
私は丁寧に花びらを一枚一枚描きあげていく。
(初めて会った時も、私の『思い』を受け止めてくれた時も、あの人の傍には桜があった。だからこの花に…桜の花に私の『想い』を託そう。)
こんなにも真剣に手紙を書いた事など、今までにあっただろうか。
誰かに肩を叩かれ、はっとして筆を置いた。
「ethlinちゃん?夕餉の時間だよ。みんな待ちきれなくて、待たないで食べるって言ってる。早く来ないとご飯なくなっちゃうよ。」
「あ…沙雪ちゃん。ごめん、気がつかなくて。もしかしてずっと声かけてたのかな?」
どうやら私は夕餉の時間も気づかぬほど、桜を描く事に没頭していたらしい。
「ううん。二、三度廊下から声をかけただけ。全然返事がないから眠ってるのかと思って中に入って来たの。」
沙雪ちゃんが背中越しに、そっと手紙を覗き込んだ。
「綺麗だね、桜の花。」
「わかるの?桜の花って?」
「うん。島田さんが土方さんの好きな梅の花を…って言った時、ethlinちゃん何か考えてたから、きっと用意したいのは梅じゃないんだなって思った。だったら桜しかないかな~って。すごいね、ethlinちゃんは。まだ二月なのに桜の花を用意するなんて。きっと喜ぶよ、きっと伝わるよ、その大切な想い。」
「うん…沙雪ちゃん、ありがとう。」
(伝わるといいな…ホンの少しでもいいから。)
「ほら早く行こう!今日は珍しく豚肉がおかずなんだよ。早く行かないと本当になくなっちゃう。」
「えぇ!豚肉!早く行こう。絶対に新八さんか平助君におかず取られる。あっ!伏兵の斎藤さんもいるか。」
「クスクス…うん、急ごう!」
私と沙雪ちゃんは手を繋ぎ、駆け足で広間へと急いだ。
夕餉の後、熱いお茶とぼたん餅をお盆に乗せ、いつも通り私は副長室へと足を運ぶ。
手紙は存在を気取られるのが恥かしくて、ぼたん餅の皿の下にそっと隠した。
「失礼します。」
「入れ。」
土方さんはいつも通り背を向けたまま、振り向きもせず筆を動かしている。
「お茶です。それから…今日はぼたん餅を用意しました。」
「あぁ、悪いな。今日は隊士達にぼたん餅を振舞ったんだってな。気遣い感謝する。奴ら全員喜んでいたって話だ。」
「はい、ありがとうございます。」
いつこの手紙の存在に気がつくかと思うと、気が気でない。
衣擦れの音がするたびに、ぼたん餅の皿に手を伸ばすのでは…と気になって仕方がない。
そんな動揺を隠すように、大きな声で声をかけた。
「では土方さん、お仕事のお手伝いをします!」
「いや…今日はいい。疲れただろう?ゆっくりと休め。」
「えっ?」
その気遣いは嬉しいし、手紙を見つけた時の反応を見るのが怖かったのもある。
でもなんだか…気が抜けてしまった。
なんとか気を取り直して背筋を伸ばし、土方さんの背中に向かって頭を下げた。
「ありがとうございます。では、お先に失礼します。おやすみなさいませ。」
ふと顔を上げると背中を向けていた土方さんがこちらを向いていた。
途端に顔が熱くなり、背中に変な汗が流れる。
「あぁ、おやすみ。今晩は冷えるからな、腹出して眠るなよ。」
いつもと同じ優しい笑み。
いつもと同じ他愛のない言葉。
ただ私だけが…一人で気をもんでいる。
「はっはい。」
動揺に気づいたのか、気づかなかったのか、なにもわからないまま私は副長室を後にした。
部屋に戻って寝る準備をしようとしたものの、気持ちが高ぶっているのか眠れそうにない。
借りた書物をパラパラとめくったり繕い物を仕上げても、どうしても気持ちが落ち着かない。
羽織りを肩にかけ部屋を出た。
廊下に座り、明かりのついた副長室を一人眺める。
「今日も遅いのかな?いつ寝てるんだろう。本当にお手伝いする事…なかったのかな?」
こんなにも気にするのなら、手伝いに行けばいいのかもしれない。
「でも、手伝いに行ってまた居眠りして怒鳴られたら…意味ないし。」
そんな怒鳴り声も今晩は聞けそうにない。
なんだか寂しい気持ちで一杯になってきた。
「声が…声が聞きたい。怒られてもいいから…傍にいたいな。」
(それにぼたん餅もう食べたかな?手紙も…読んだのかな?)
副長室に向かって小さな声で呟く。
「私のこの『想い』は貴方に届きましたか。」
次の瞬間、一陣の風が私の頬をなぶった。
私の独り言は冷たい風にかき消され、二月の夜空へと消えて行った。