さくら日和 ② | ethlinの煩悩毛だらけ

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煩悩さらけ出し日記

私は一人京の町をノロノロと歩いていた。


簡単ではあるが、私はさっそく土方さんにお使いを頼まれていた。


しかしその行き先を思うと…気が重い。


『これを角屋へ持って行ってくれ。番頭に渡せばいい。返事も待たなくていい。そうだな…帰りは茶屋で団子でも食って来い。いい息抜きになるだろう?』


そう言って一通の手紙とお団子代を手渡された。


ため息をつきながら胸元から手紙を取り出し、しげしげとその宛名を眺めた。


『夕顔』


宛名にはそう書かれていた。


(夕顔って…私があの覗き見しちゃった手紙を書いた人の名前だ。この人からの手紙が一番たくさんあった気がする。)


「夕顔と言えば源氏物語の中に出てくる女の人の名前だよね。姉さまがこの話が好きで、よく読み聞かせてもらったっけ…。佳人薄命って言葉がよく似合う、怨霊に呪われて…悲しい最期を迎えた光源氏の想い人。」


(でも手紙で感じた印象は全然違うけど。)


手紙をそっと着物の胸元に押し込み、またノロノロと足を進める。


「帰りのお団子は嬉しいけど…正直食欲がない。なんかお腹痛いし…。」


しかしどんなにノロノロ歩いても、向かった先にはいつか着く。


私は角屋の玄関口で大きく息を吸い込み、思い切って中に入った。


「こんにちわ。すいません、私…」


「あぁ…あんたは確か新選組の土方さんの…」


番頭さんが顔を憶えていたらしく、私の顔を見るなり土方さんの使いで来たんだねと声をかけてきた。


土方さんの名前が出た途端、角屋の中が色めき立った。


(こっ…怖い。大奥ってこんな感じかもしれない。)


迫力に押されその場から逃げたくなったが、お使いを頼まれた事を思い出し番頭さんに手紙を差し出した。


「はい。土方さんの使いで参りました。これを渡してくるようにと…。」


途端にそこにいた数人の年若い女達が、私の手から手紙を奪い取ってしまった。


「これ…夕顔姐さん宛やわ。」


そう叫ぶと奥から華やかな花魁が一人現れた。


(この人が…夕顔さん?)


艶やかな笑顔を私に向け手紙を受け取り、自慢げに笑って奥へ戻って行く。


(違う…私と全然違う…あんな綺麗な人見た事ないよ…。)


私は驚きのあまりに動けずにいた。


しばらくぼんやりしていると、また夕顔さんが私の前に現れた。


しかし今度はあの艶やかな笑顔ではない。


恐ろしい顔で私をギッとひと睨みして、また奥へと戻って行く。


(なっ…何!?私なんか拙かった?もしかして手紙渡すの嫌そうにしてたのがバレた?)


「夕顔はね、土方さんに振られたんですよ。」


声のする方を振り向くと、涼やかな切れ長の目の花魁が近づいてきた。


「あっ!えっと…貴女は確か君菊さん…ですよね?」


そしてその後ろからまた違う花魁が、大声で笑いながら現れた。


「君菊姐さん、これ全部読んだ?ほんま笑えるわ~。この手紙見た時の夕顔の顔ったら…。」


その手には私が持ってきた手紙が握られている。


「もしかして読んじゃったんですか?人のお手紙を?勝手に?」


手紙を手にしている花魁が私の顔をジロリと睨み、ふっと笑みを漏らす。


「クスクス…噂通りの可愛らしいお猿さんだこと。」


「なっ!?」


(お猿さん?今私の事お猿さんって言ったの?なに…この人。)


「これ、小楽。」


君菊さんは小楽と呼ばれた花魁を窘めると、驚きと羞恥で動けずにいる私に優しく笑いかける。


「ごめんなさいね。口さがない娘で。悪気はないから許してやって。」


「ごめんね。アナタの事を可愛いお猿さんみたいだって聞いてたらからつい。」


「いえ…本当の事ですから。」


確かにザンバラに切った髪の自分は、華やかな彼女達と見比べれば『猿』同然だと思う。


そして地味な男物の着物を身につけ、男の振りをして生きている。


全ては自分で決めた事だ。


しかし改めて他人の口から言われると、わかっていてもやっぱり傷つく。


そして私を猿扱いした人物もすぐに検討がついた。


(沖田さん…きっと沖田さんだ。くっそ~こんなところでまで私の事、そんな風に言わなくてもいいじゃない。)


悔しさと恥かしさで俯いていると、急に目の前が陰った。


顔を上げると小楽さんが小さな包みを手に微笑んでいる。


「これ、少ないけどお詫びの印。アナタ好きでしょ?甘いモノ。屯所に戻ったら土方さんとお食べなさいな。」


中を覗き込むと、梅の花を模った上生菓子が二つ並んでいる。


「うわぁ~かわいい~!っと…ムグ」


(…って喜んでたらまるで女の子みたいじゃない。つい大きな声出しちゃったよ。)


慌てて口を抑える私を、面白そうに二人の花魁は眺めている。


(ばれてない?ばれてないよね?)


気を取り直し、二人に深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。じゃあ遠慮なくいただきます。」


「えぇ、皆さんによろしくお伝えくださいね。」


「はい、君菊さん。」


「気をつけて帰ってね、小猿ちゃん。」


「はい、ありがとうございます。小楽さん。」


(ううっ…また私の事お猿って言ってるし…。)


「また会いましょう。」


「はぁ…」


(また会いましょうって…また誰か宛の恋文の返事を持って来いって意味?もうヤダ。来たくない。なんかここ怖いもん。)


しかしもう一度自分の意志でここを訪れる事を、私はまだ知らずにいた。