私は一人京の町をノロノロと歩いていた。
簡単ではあるが、私はさっそく土方さんにお使いを頼まれていた。
しかしその行き先を思うと…気が重い。
『これを角屋へ持って行ってくれ。番頭に渡せばいい。返事も待たなくていい。そうだな…帰りは茶屋で団子でも食って来い。いい息抜きになるだろう?』
そう言って一通の手紙とお団子代を手渡された。
ため息をつきながら胸元から手紙を取り出し、しげしげとその宛名を眺めた。
『夕顔』
宛名にはそう書かれていた。
(夕顔って…私があの覗き見しちゃった手紙を書いた人の名前だ。この人からの手紙が一番たくさんあった気がする。)
「夕顔と言えば源氏物語の中に出てくる女の人の名前だよね。姉さまがこの話が好きで、よく読み聞かせてもらったっけ…。佳人薄命って言葉がよく似合う、怨霊に呪われて…悲しい最期を迎えた光源氏の想い人。」
(でも手紙で感じた印象は全然違うけど。)
手紙をそっと着物の胸元に押し込み、またノロノロと足を進める。
「帰りのお団子は嬉しいけど…正直食欲がない。なんかお腹痛いし…。」
しかしどんなにノロノロ歩いても、向かった先にはいつか着く。
私は角屋の玄関口で大きく息を吸い込み、思い切って中に入った。
「こんにちわ。すいません、私…」
「あぁ…あんたは確か新選組の土方さんの…」
番頭さんが顔を憶えていたらしく、私の顔を見るなり土方さんの使いで来たんだねと声をかけてきた。
土方さんの名前が出た途端、角屋の中が色めき立った。
(こっ…怖い。大奥ってこんな感じかもしれない。)
迫力に押されその場から逃げたくなったが、お使いを頼まれた事を思い出し番頭さんに手紙を差し出した。
「はい。土方さんの使いで参りました。これを渡してくるようにと…。」
途端にそこにいた数人の年若い女達が、私の手から手紙を奪い取ってしまった。
「これ…夕顔姐さん宛やわ。」
そう叫ぶと奥から華やかな花魁が一人現れた。
(この人が…夕顔さん?)
艶やかな笑顔を私に向け手紙を受け取り、自慢げに笑って奥へ戻って行く。
(違う…私と全然違う…あんな綺麗な人見た事ないよ…。)
私は驚きのあまりに動けずにいた。
しばらくぼんやりしていると、また夕顔さんが私の前に現れた。
しかし今度はあの艶やかな笑顔ではない。
恐ろしい顔で私をギッとひと睨みして、また奥へと戻って行く。
(なっ…何!?私なんか拙かった?もしかして手紙渡すの嫌そうにしてたのがバレた?)
「夕顔はね、土方さんに振られたんですよ。」
声のする方を振り向くと、涼やかな切れ長の目の花魁が近づいてきた。
「あっ!えっと…貴女は確か君菊さん…ですよね?」
そしてその後ろからまた違う花魁が、大声で笑いながら現れた。
「君菊姐さん、これ全部読んだ?ほんま笑えるわ~。この手紙見た時の夕顔の顔ったら…。」
その手には私が持ってきた手紙が握られている。
「もしかして読んじゃったんですか?人のお手紙を?勝手に?」
手紙を手にしている花魁が私の顔をジロリと睨み、ふっと笑みを漏らす。
「クスクス…噂通りの可愛らしいお猿さんだこと。」
「なっ!?」
(お猿さん?今私の事お猿さんって言ったの?なに…この人。)
「これ、小楽。」
君菊さんは小楽と呼ばれた花魁を窘めると、驚きと羞恥で動けずにいる私に優しく笑いかける。
「ごめんなさいね。口さがない娘で。悪気はないから許してやって。」
「ごめんね。アナタの事を可愛いお猿さんみたいだって聞いてたらからつい。」
「いえ…本当の事ですから。」
確かにザンバラに切った髪の自分は、華やかな彼女達と見比べれば『猿』同然だと思う。
そして地味な男物の着物を身につけ、男の振りをして生きている。
全ては自分で決めた事だ。
しかし改めて他人の口から言われると、わかっていてもやっぱり傷つく。
そして私を猿扱いした人物もすぐに検討がついた。
(沖田さん…きっと沖田さんだ。くっそ~こんなところでまで私の事、そんな風に言わなくてもいいじゃない。)
悔しさと恥かしさで俯いていると、急に目の前が陰った。
顔を上げると小楽さんが小さな包みを手に微笑んでいる。
「これ、少ないけどお詫びの印。アナタ好きでしょ?甘いモノ。屯所に戻ったら土方さんとお食べなさいな。」
中を覗き込むと、梅の花を模った上生菓子が二つ並んでいる。
「うわぁ~かわいい~!っと…ムグ」
(…って喜んでたらまるで女の子みたいじゃない。つい大きな声出しちゃったよ。)
慌てて口を抑える私を、面白そうに二人の花魁は眺めている。
(ばれてない?ばれてないよね?)
気を取り直し、二人に深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。じゃあ遠慮なくいただきます。」
「えぇ、皆さんによろしくお伝えくださいね。」
「はい、君菊さん。」
「気をつけて帰ってね、小猿ちゃん。」
「はい、ありがとうございます。小楽さん。」
(ううっ…また私の事お猿って言ってるし…。)
「また会いましょう。」
「はぁ…」
(また会いましょうって…また誰か宛の恋文の返事を持って来いって意味?もうヤダ。来たくない。なんかここ怖いもん。)
しかしもう一度自分の意志でここを訪れる事を、私はまだ知らずにいた。