今日も無事仕事を終え、真っ直ぐに家に帰って晩ご飯を食べた。
お風呂屋さんへ行ってきたら、今度は部屋でゆっくりとなおねぇとゆきちゃんにメールを打つ。
ここ一ヶ月近くはこんな毎日だ。
会社帰りの寄り道も、あの日以来する機会が減ってしまった。
たまにゆきちゃんとミスドかあんずの木に寄るくらいだ。
お布団に寝っころがりながら二人にメールを送信すると、思い出したようにむくっと起き上がってパソコンの電源を入れた。
机の上の鮮やかなピンク色の封筒を手に取り、中身を取り出す。
中には秋祭りと書かれた招待状と手紙が一枚。
招待状の宛名には『小さなお花のようせいさん へ』と書かれている。
パソコンの前に座り、招待状の裏に書かれた病院の名前を検索した。
病院のホームページを開き、ぼんやりと画面を見つめる。
「普通の病院っていうより…ケア専門の施設なのかな?それも精神的な?」
私は黙ってピンク色の封筒から手紙を出し広げた。
小さなお花のようせいさんへ
お友だちとあそびにきてね。
おいしいおかしをよういして、まっています。
お花ありがとう。
みちる
みちるさんは私の事を漢字の読めない小さな子供だと思っているのか、それとも…。
「漢字も書けないような容態というか…精神状態…とか?」
しかしそんな状態にまでなる大変な事態など、私に思いつくわけもない。
私はパソコンの画面をただじっと見つめていた。
「歳三さんがみちるさんを傷つけ…みちるさんの人生を滅茶滅茶にした…」
その意味はわからない。
今はまだ…わからない。
「そして今…みちるさんのお腹には歳三さんの赤ちゃんがいる…」
どうして…と聞くこともできない。
怖くて本当の事を知りたくない。
「私の事を大切に思っているなら…どうして?」
その問いかけに答える人は傍にはいない。
答えを知る人に、今は聞く事も出来ない。
「止めよう…考えていても前へ進まないし」
みちるさんからの手紙と招待状を封筒に戻し、黙って机の上に置いた。
そしてもう一通、机の上の薄青の封筒を手にした。
歳三さんからの手紙だ。
封筒を机に戻しては、また手に取る。
何度も同じ事を繰り返し、思い切って封筒を手に取った。
中から手紙を取り出して、迷いながらも手紙を開いた。
何度も繰り返し読んだ…歳三さんからの手紙。
相変わらず私の事を心配する言葉ばかりが書かれている。
「食べ過ぎるなとかお腹出して寝るなとか…ふふっ私の事…いつまでも…子供だと…思って…る…んだから…」
涙が零れた。
私を愛おしく思うと…
私を大切に思うと…
ただその言葉だけで、私の胸はいっぱいになる。
どうしても憎めない。
どうしても嫌いになれない。
絶対に…忘れられない。
「歳三さんは…歳三さんの抱える闇は…私が思うより重くて大きいのかもしれない…」
きっといつか知ることになる。
私があの人の心を求める限り。
きっといつか真実を見てしまう。
私があの人の傍にいたいと願う限り。
「その時…私は…どうするの…私は…どうしたらいい…私は…私は…本当はどうしたいの…」
何度も何度も自問自答しても、私が出す答えはたった一つしかなかった。
本当にそれが正しいのかはわからない。
何が正しいのかさえ…もう自分では判断が出来ない。
私はただ流れる涙をそのままに、机にうつ伏せてぼんやりと虚空を見つめていた。
あの人の事を考えながら。
愛おしい桜花の事を想いながら。
ふと視線を上げると、本棚の上に佇むアイビーの鉢植えが目に入った。
歳三さんからハロウィンのお菓子と一緒に贈られた小さな鉢植え。
『リトルプラチナ』という品種らしい。
ジャック・オ・ランタンを模った植木鉢に、丸っこいハート型に似た小さな葉が揺れている。
「お礼…ちゃんと言わなきゃ…お菓子とアイビーのお礼…それにみちるさんにも…」
私は机の中からレターセットを取り出した。
便箋を目の前にペンを持つけれど、正直何を書いていいのかわからない。
もうこの行動も何度目だろうか。
何度も書きかけては止めてしまう。
ため息をつきながらパソコンをカタカタを弄ってみるものの、画面上に参考になるモノなど出てこない。
「大体さ~お礼状の書きかたなんて検索したってしょうがないよね~」
自分の不甲斐なさに苦笑しながら、パソコンの電源を落とした。
「とにかく…受け取った事と、もらったお礼だけを書けばいいんだよ…うん…」
もう一度机の引き出しを開けて、一枚のポストカードを取り出した。
おねぇと行った雑貨屋さんで見つけたポストカード。
目に入った瞬間に気に入って、即買いだった。
「私が書かなきゃって身構えるから書けないんだ…だったら…」
私はペンを手に取り、丁寧にメッセージを書き綴った。
「ふぅ…書けた。後は表に住所を…」
鞄から手帳を取り出し、ポケットから名刺を取り出した。
夏に携帯が壊れて連絡が取れなくなった時、歳三さんから名刺を一枚手渡された。
『最初に渡した俺の携帯番号のメモは捨てるなよ。あと花屋の名刺を渡しておく。万が一携帯が繋がらなかったら…店に連絡しろ』
歳三さんの電話番号が書かれた小さなメモと一緒に、大切に手帳にはさめてある。
以前メモを捨てずに持っていた私を歳三さんは笑ったけど、この二つは私の大切な…すごく大切なモノだ。
「えっと…シャイン…Shine brightly 桜花…土方…歳三…様…差出人は…」
差出人の名前を書き、裏のメッセージをもう一度確認した。
「うん…これでいい」
汚れないように袋に入れて、鞄の中に詰め込んだ。
翌日事務所にストックしてあった50円切手を貼り、最寄りのポストへと向かった。
ポストの前に立ち、ポストカードを差し入れる。
しかし、手がなかなか離せない。
(お礼はちゃんとしないとだし…礼儀だよ…常識だよ…お礼しか書いてないし、恥かしい事ないよ)
妙に緊張していて、体が熱くなってきた。
(へっ…変な汗出てきた…)
躊躇いながらも思い切って手を離した。
(ふぅ…これでもう取り戻せないからね…)
ため息を一つつき、クルリと踵を返して売場へと戻る事にした。
売場に近づくと、カウンターの中ではゆきちゃんが俯いて何かをしている最中だった。
「ゆきちゃんお待たせ」
「いえ、ちょうどよかったですよ」
そう言いながらゆきちゃんは先日のハロウィンのイベントの写真を差し出した。
ゆきちゃんと二人で写した写真や、フロアのみんなで写した写真、部長をはさんで二人でポーズを取った写真。
「うわぁ~よく撮れてるね~」
「被写体がいいんですよ♪」
「そんな事言ったって何にも出ないよ」
裏表のないゆきちゃんの笑顔を見ていると、なんだか褒められた事が素直に嬉しくてつい笑ってしまう。
おねぇにと用意してくれた写真を受け取り、代わりに写真のお礼にと用意したお菓子をゆきちゃんに手渡した。
桜花のお菓子と気がついたらしく、ゆきちゃんは「土方さんと仲直りしたんですか?」とニヤリと笑った。
「違うよ…おねぇに頼んで買って来て貰った」
つい苦笑いが漏れる。
歳三さんと顔を合わせないだけでいいハズなのに、どうしても桜花には近寄れない。
足がすくんで動けなくなる。
(まるで最初の頃の自分に戻ったみたいだ…臆病で…一人では何にも出来ない自分…でも、ゆきちゃんが前へ進む勇気をくれた。沖田さんも…私に温かい心を思い出させてくれた)
「だからきっときっと会える…会って…ちゃんと気持ちを伝えられる…」
「そうですね。Xデーはすぐそこですよ♪先輩は頑張り屋さんですから、すぐにその日が来ますよ」
ゆきちゃんは元気な笑みを浮かべ、私の背中をバンっと叩いた。
また勇気を一つもらった。
ゆきちゃんの長く綺麗な手は、いつも私に魔法をかけてくれる。
「じゃあ!私は休憩に行ってきます!!手紙を書きたいので先輩の机を借りていいですか?」
そう言って立ち去るゆきちゃんの脇には黄色いタウンページが抱えられていた。
(なんでタウンページ?あっ…そっか!ゆきちゃんこの前お風呂が壊れたって言ってたから、修理屋さんのお礼状出すんだ!ゆきちゃんって律儀だな~。あっ…ビジネス文章のHP教えてあげればよかったな)
まったくもって勘違いである事など私が気がつくハズもなく、この日ゆきちゃんがポストに投函ししたものが、勘違いでよりによってあの人の手に渡るなんて事は…私も当のゆきちゃんも知るはずがなかった。