ハロウィン当日、俺は白ばらちゃんが用意した衣装に身を包み、赤ばらちゃんの部屋へと向かった。
「赤ばらちゃん、俺だ。着替え終わったか?」
「あっ!狼さん♪もう入っていいですよ」
ドアを開けると真っ赤なフードを被った小さな赤ばらちゃんが立っている。
「ふっ…やっぱり赤ばらちゃんは赤が似合うな。かわいいぜ」
赤ばらちゃんはきょとんとした顔をして、俺の姿を上から下までジロジロと眺めている。
「なんだ?おかしいか?」
「…狼さん…本物の王子様みたい…」
いや…だからよ…俺は本当は王子なんだ…と言いたいところだが、赤ばらちゃんがリクエストしたという俺のハロウィンの仮装は、皮肉な事に『王子様』だった。
「わーい♪本物の王子様だ~」
赤ばらちゃんは大はしゃぎで、俺に飛びついて喜んでいる。
「そうか、物語の中から抜け出したみたいか?」
「はい♪狼さんは~今日一日王子様ですね~」
(ったく…俺が王子の格好をするなら、赤ばらちゃんはお姫様の格好をすればいいのによ)
そう思うものの、赤ばらちゃんにお姫様のドレスを着せたところで、裾を踏みつけて転んじまうのがオチた。
「赤ばらちゃんは赤ずきんの格好だが、お姫様に負けないくらいかわいいぜ」
俺は源さんの店で見つけた赤い薔薇のコサージュを、フードの胸元につけてやった。
「どんな格好をしていても、赤ばらちゃんは赤い薔薇姫だ。どんなに綺麗なお姫様でも、赤ばらちゃんの前じゃ霞んじまうぜ」
「えへへ♪狼さんが~お姫様にしてくれました~」
恥かしそうに笑う赤ばらちゃんの小さな手を取る。
「んじゃ行くか?森ん中たくさん回って、たくさんお菓子を貰わないとだな」
「はい!」
俺達はバスケットを片手に、仲良く家を出発した。
「Trick or Treat♪」
「Happy Halloween!!」
訪ねる先々で赤ばらちゃんの元気な声が響き渡る。
その度に家の住人が現れて、用意していた小さなお菓子の袋を手渡す。
「えへへ~ありがとうございます♪」
赤ばらちゃんは貰うたびに嬉しそうに笑って頭を下げている。
「礼儀正しくするのは立派なレディになる第一歩だ。赤ばらちゃん偉いな」
「優しくしてもらったら~優しくしてあげる。お菓子を貰ったら~お礼を言う。人に会ったら~挨拶する。白ばらちゃんが~『ちゃんとしないとダメよ』って教えてくれたから♪」
そうは言っても気位の高い貴族の娘や一国の姫君達は、ツンツンすまして挨拶も礼儀もねぇもんだ。
「随分と森の中を歩いたが…源さんと島田のところがまだだな。ここからなら島田の店が近い。島田の店に行ってみるか」
さらに歩いて島田の店まで来たが、玄関には『CLOSE』と書かれた札が下げられていた。
赤ばらちゃんが玄関のドアを引いてみたが、鍵がかかっているようだ。
「グス…島田さん…遊びに来てねって言ってたのに…」
「赤ばらちゃん、泣くな。ちょっと留守にしてるだけかもしれねぇだろ。ん?何か引っかかってやがる…」
『CLOSE』の札に『赤ばらちゃんへ』と書かれた手紙がくっついていた。
「あ~島田さんからお手紙だ~♪えっと…『源さんのお店で源さんと待ってます』だって~♪」
「源さんと二人でお出迎えか…楽しみだな」
赤ばらちゃんの手を引いてさらに森の中を二人で進む。
源さんの店の前までくると、玄関の前には島田愛用のスーパーCubが置いてあった。
「島田さんのバイクですよ♪わーいわーい♪源さん♪島田さん来ましたよ♪Trick or Treat♪です!」
「Happy Halloween 狼さん、赤ばらちゃんよく来たね。いらっしゃい。待っていたよ」
ドアが開き、忍者の格好をした源さんが出迎えてくれた。
「Happy Halloween 狼さん、赤ばらちゃん、ご足労をおかけして申し訳ありませんでした。当日のお楽しみにしようと思って秘密にしていたんです。その代わりお菓子も料理も頑張りましたからね。さぁどうぞ」
その後ろから海賊の扮装の島田が顔を覗かせる。
「わーい♪忍者さんと海賊さんですよ~。本物みたいです」
「赤ばらちゃんの赤ずきんちゃんもかわいいですよ」
源さんに案内され家の中に入ると、室内はハロウィンの装飾で華やかに飾られていた。
「わぁ~おばけかぼちゃさんがいっぱいだ~♪」
照明器具の代わりに、ジャック・オ・ランタンを模った提灯が温かい光を放っている。
「すげぇな…全部源さんと島田二人で用意したのか?」
「赤ばらちゃんは毎年ハロウィンを楽しみにしているからね。それに今年は大好きな狼さんと回るんだと言っていつも以上に大はしゃぎしてたよ」
チラリと赤ばらちゃんを見ると、島田に肩車してもらったり、ジャイアントスイングされたりして大はしゃぎしている。
「そっ…そうか…」
(チクショウ…かわいい事言うじゃねぇかよ…
)
「さぁ、食事にしましょう。遠慮せずにたくさん食べて下さい。デザートも用意してありますから」
源さんと島田、赤ばらちゃんと俺の4人でテーブルを囲み、用意された料理に舌鼓を打つ。
島田が作ったと言うぶどう酒は、白ばらちゃんの手製のモノに負けず劣らずまろやかな味で、飲まねぇ俺も何度となくグラスを手にした。
歩き回って疲れたのだろう、お腹がいっぱいになった赤ばらちゃんの目は半分閉じかけている。
赤ばらちゃんをソファーに寝かせ、残った大人三人は熱い茶を飲みながらくつろぐ事にした。
「随分と回ったようですね。かごがお菓子でいっぱいだ。この後は家へお帰りになるのですか?」
「いや…もう一軒だけ友達のところに行くらしい。どんな奴なのかは知らねぇが、何でも森の西の端に住んでいるって聞いたな」
源さんと島田は揃って「森の西の端…」と呟き、顔を見合わせて渋い顔をしている。
「なんだ?知ってるのか。もしかしてそいつは…すごい変わり者…なのか」
二人は言うべきか言わざるべきかといった顔でぼそぼそと何かを話し合い、やがて源さんが困った顔でこう言った。
「彼女はね…頭もいいし、思慮深い人だ…でもね…相当の変わり者だ。いや…人によっては厄介な人物だね。島田くんも配達に行った時、相当な無理難題を言って困らされて帰って来たらしい」
「無理難題と言うか…いや…でも自分はほとほと困りました。断わればヒステリックな声で怒り出しますし…仕方なく彼女の言う通りにしましたがね…いやはや…彼女の家に配達に行くのはコリゴリです」
島田は頭を掻きながら苦笑している。
「そんな厄介な女がこの森にいるのかよ…」
(白ばらちゃんなんてまだかわいい方じゃねぇかよ…。無理難題言う…ヒステリーを起す…いったいどんな女なんだ)
「赤ばらちゃんにひどい事をする事はないでしょう。彼女は小さな子供が大好きなようですし。しかし注意しなくてはいけない…いや…今はやめておきましょう。赤ばらちゃんの友達ですから。あまり疑うのはよくないですね。ただ、彼女の家に着いたら十分に注意してください。俺が今狼さんに言えるのはこれだけです」
「どんな女なのかは知らねぇが…俺は絶対に赤ばらちゃんを守る。絶対に酷い目なんざ遭わせねぇ。だから安心してくれ」
俺は源さんと島田の目を真っ直ぐに見て誓った。
「そうだね。島田くん、赤ばらちゃんには狼さんがいる、狼さんの傍には赤ばらちゃんがいる。この二人を信じようじゃないか」
俺は眠る赤ばらちゃんの傍に跪き、静かに眠る顔をそっと覗き込んだ。
(絶対に守る…何があっても…俺は赤ばらちゃんの傍から離れねぇ…)
小さな手を取り、俺は静かに誓いを立てた。