今日は10月31日、ハロウィンだ。
日本でもすっかりおなじみの行事となり、お菓子売場にはかぼちゃのケーキやプリン、お化けかぼちゃの“ジャック・オ・ランタン”をデザインした容器に入ったお菓子が並べられている。
(歳三さんが贈ってくれたかぼちゃプリン…美味しかったな。斎藤さんが作ったんだよね。焼き菓子も美味しかったし、ラッピングもすごく綺麗だった…。お礼…言わなきゃ…それに…)
ぼんやりと考え事をしていると、主任からすぐに食品フロア事務所へ行くようにと指示された。
(なんだろ?ゆきちゃんも朝から呼ばれて姿が見えないし…)
私は足早に食品フロア事務所へと向かった。
「失礼します」
ノックをして扉を開けると部長と課長がニコニコしながら手招きをしている。
(怒られる…とかじゃないよね?)
素直に側に行くと、ハンガーにかけられた赤いワンピースらしきものを押し付けられた。
「なんですか?これ」
さらに赤い被るようなモノも手渡された。
「見ての通り赤ずきんの衣装だよ」
いやいや…
見ての通りって…
「それがどうかしたんですか?」
怪訝な顔で聞き返すと、今度はお菓子の入った籠を手渡された。
「今日はハロウィンの特別企画として、子供達にお菓子を配るんだよ」
「はぁ…」
だから?
「君は今から一日赤ずきんちゃんだ。どうだ、楽しいだろう」
楽しいとか楽しくないとかじゃなくて…
「なんで私なんですか?それに…」
はっきり言ってコスプレじゃん…と文句を言おうとしたその時、事務所のドアが勢いよく開かれた。
「ぶっちょ~♪かっちょ~♪着替えてきましたよ~。どうですか?」
(うっわ…誰だ?とんでもないくらいのお調子者が乱入してきた…)
チラリとドアの方に目線を走らせると、そこに立っていたのは…ゆきちゃんだった。
「ゆきちゃん何やってんの?それに…なに?その格好…」
「ethlin先輩♪見ての通りコスプレですよ♪コ・ス・プ・レ♪一回はやってみたかったんですよね~」
はしゃぐゆきちゃんは黒のパンツスーツに身を包み、頭には動物の耳、肩にはファー襟巻きを巻いている。
しかもお尻にはふさふさのしっぽが下がっていた。
「それって…狼さん…だよね?」
「あったり~♪先輩はもちろん赤ずきんちゃんですよ♪早く着替えてきてくださいよ」
早く着替えてって…
「話が見えないんだけど?」
むっすりとしている私に、ゆきちゃんは赤いワンピースを当てて「ぴったり♪」と喜んでいる。
「先輩似合いますよ。ちょっとスカート丈が長めかな~」
「スカート丈なんてどうでもいいって!とにかく何なの?なんで私なの!!」
イライラしながら叫ぶと、部長も課長もゆきちゃんも、三人顔を見合わせてクスクスと笑い出した。
「だって、先輩は赤ずきんちゃんですもん♪」
三人の視線は制服のポケットからはみ出した、赤ずきんちゃんのストラップに注がれていた。
(こっ…これ?もしかしてこれのせいなの?)
「私が推薦したんですけどね…部長も課長も『そうだな』って納得してました。で、うんん…僭越ながら狼さんの役は私が…せんっぱ~い♪めっちゃ楽しみましょうね♪」
ゆきちゃんは満面の笑みを浮かべ、私の手を握りしめた。
私はゆきちゃんの迫力に負けて、ただ「うっ…うん…」と答えるしかなかった。
「「とりっく・おあ・とりーと!」」
「「Happy Halloween!!」」
『Trick or Treat!』の合言葉が言えた子供達には「Happy Halloween!!」と声をかけながらお菓子を渡していく。
全館から何人かの社員が参加していて、私達赤ずきんちゃんの他にも白雪姫と小人、シンデレラと王子様の仮装があった。
「ゆきちゃん白雪姫にすればよかったのに…そしたら私は小人役でちょうどよかったのに…」
「何言ってんですか!?小人役なんて身長が小さければ誰でも出来ますよ。赤ずきんちゃんは先輩にしか出来ませんって!!ん?あ~ごめんごめん…なに?さっさとお菓子寄こせ?うわっ!キックするな!!」
背の高いゆきちゃんは目立つのか、何人かの男の子達にに絡まれてキックの洗礼を受け始めた。
弟がいるというゆきちゃんは、さすがに男の子の扱いには慣れている様子で笑いながら男の子の相手をしている。
私のところには小さな女の子達がたくさん集まってきて、中には『Trick or Treat!』の言葉を恥かしくて言えずにもじもじしている子もいた。
しゃがみこんで口元に耳を寄せると、恥かしそうにぼそぼそ『とりっく・おあ・とりーと』と呟く様子が愛らしい。
はいっ♪とお菓子を渡すと、一目散にお母さんの側に逃げ帰った。
お菓子を貰った後も子供達ははしゃいで私達の周りをぐるぐると回ったり、追っかけたりしている。
(夏祭りを思い出すな…屋台に群がる子供達の相手をして…楽しかった…)
子供の相手をするのに四苦八苦していた歳三さんを思い出し、つい笑いが漏れる。
(迷子の子供を肩車してあげてたな…歳三さんも…本物のお父さんになっちゃうんだ…)
ぼんやりとしていると、スカートの裾を引っ張られた。
見ると無愛想な顔の男の子が私の横に立っていた。
「あっ…ごめんごめん、お菓子だね。んじゃ合言葉は?」
優しく声をかけたが、なかなか口を開かない。
「恥かしがり屋さんなのかな?言えるかな『とりっく・おあ・とりーと』だよ」
しゃがんでゆっくりと声をかけてあげると、ボソボソと何かを呟いている。
「もうちょっと大きな声で言えるかな?『と・りっ・く お・あ と・りー・と』」
男の子は眉間に皺を寄せて、小さな声で一生懸命に『とりっく・おあ・とりーと』を繰り返している。
「ふふっ…眉間に皺なんか寄せちゃって…歳三さんのミニチュア版みたいだな。ほら笑って♪せぇ~の『と・りっ・く お・あ と・りー・と!』」
「とりっく・おあ・とりーと!!」
「はい!よく言えました!!」
お菓子を渡してあげると、男の子は嬉しそうに笑った。
(ふふっ…かわいいな~)
頭をくしゃくしゃと撫でてあげる。
男の子は少し赤い顔をして、私の耳元に顔を寄せた。
「ん?なに?何かな?」
男の子に顔を近づけると、頬に何か柔らかいモノが当たった。
驚いて男の子を見つめると、恥かしそうに走り去ってしまった。
(男の子にちゅう…されちゃった…)
「せんぱ~い♪見ましたよ~。い~けないだ~♪土方さん以外の人にキスされるな・ん・て」
「えっ!!見た?見たって…関係ないよ。歳三さんは…今は…ほら…」
もごもごといい訳をしていると、ゆきちゃんは私の肩を叩きながら笑った。
「はいはい、今はケンカ中なんですよね。大丈夫ですよ。先輩がキスされた事はずーっと内密にしておきますからね~。あ~はいはいお菓子ね…ってアンタさっきもお菓子貰ったでしょ~が!!」
ゆきちゃんはあっという間に子供を追いかけて行ってしまった。
(別に秘密にする事なんてないよ…それに歳三さんが小さな子供にやきもちなんて妬くわけないじゃん…やきもち妬く理由なんかないもん…。でもゆきちゃん…沖田さんに面白おかしく話すかもしれない。からかわれる材料になるだけだから、それは勘弁して欲しいけど…。はっ!仕事中だった!!)
私は気を取り直して子供達に向き直った。
(今はまだ歳三さんには会えない…気持ちに整理がつくまでは…会えない。わからない事も考える事も多すぎるし、いろいろ考えるとやっぱり辛い…)
心のモヤモヤを吹き飛ばすように、私は子供達に元気な声をかけた。
「「とりっく・おあ・とりーと!」」
「「Happy Halloween!!」」
はしゃぐ子供達の声が会場中に響き渡った。