ぼんやりと歳三さんからのメールをチェックしていると、携帯の画面が電話の着信を知らせる画面に変わった。
画面に『土方歳三』の文字が現れ、私の心は跳ね上がる。
(どうしよう…今電話に出たら泣いてたのがバレちゃうよ…)
いつも電話をかける時もかかってくる時も、事前にメールを送っている。
さっき届いたメールは電話する事を知らせる内容ではなかった。
(何かあった…とか…?)
不安がよぎり、私は思い切って通話ボタンを押した。
「…はい」
震える声を抑えながら、私は電話に出た。
「悪かったな。急に電話して…」
「いえ…大丈夫です」
声が震えそうで、言葉が続かない。
「…泣いてたのか?」
違うと言いたいのに私の口からは言葉が出ず、代わりに嗚咽が漏れた。
こんなにも汚い私にかけられる声があまりにも優しくて、涙がどうしても止まらない。
「泣いて…ません…」
「嘘つくな。お前は…隠し事は上手いが…嘘は下手だな」
電話からは複数の笑い声と音楽が聞こえてきた。
「あの…もしかしたらお仕事中ですか?」
流れる音楽が次第に遠くなり、やがてほとんど聞こえなくなった。
「あぁ…仕事中だ、夜のな。…お前が泣いている気がして…悪い…連絡もなしに電話した」
「ごめんなさい…仕事中なのに…」
「お前が謝る事ねぇだろうが?俺が勝手に電話した、そうだろ?」
かすかに伊東のおじさんの“土方さーん?”とヒステリックに叫ぶ声が聞こえた。
「あの…伊東のおじさんが呼んでますよ」
「勝手に呼ばせとけ」
「でも…」
電話を切った方がいいのか躊躇していると、小さなため息が聞こえた。
「姉さんの言うとおりだな。お前はもう少し…自分の事中心に考えてみろ。たまには少し我が儘言ってみろ」
「我が儘って…」
「前に言っただろ?一人で泣くなって…俺の知らないところで泣くなって…なにかあったら電話しろ」
「でも、歳三さんはお仕事で忙しいし…」
「電話に出れなかったとしても、お前が俺を必要としてる事くらいはわかる。電話に出るまでしつこくコールするのは勘弁して欲しいがな」
電話口で苦笑しながら言葉を続ける。
「『声が聞ききたい』って理由だけで電話するのは我が儘か?」
「我が儘…だと思います…。だって…自分が寂しいからって…相手の時間を拘束する事だし」
いつだって声が聞きたい。
自分の名を呼んで欲しい。
そう思う事さえも我が儘だと思うのに、それ以上を求める事は贅沢としか考えられない。
「俺は…お前の声が聞きたくて電話した。迷惑だったか?」
「そっ…そんな事ない…そんな事…ないです」
「だったら…俺だって…迷惑じゃねぇ。泣きたくなったら電話しろ。いつも電話に出られるとは限らねぇが、お前が俺を必要としている事くらいはわかる。最初に言っただろ?姉さんに相談できない事は俺が聞いてやる。お前がめそめそしてないか電話してやるって…」
二回目に会った時渡された小さなメモ。
歳三さんの携帯の電話番号が書かれた…大切なメモ。
『俺の番号だ…その…姉さんに相談できない事は俺が聞いてやる。だから…』
『いいんですか?』
『良くなきゃ、渡さないだろうが…その…何もなくても、たまにはかけてこい。いいな』
憮然とした顔で話すものの、少し照れたように優しく笑うこの人を好きになった。
本当は自分が傷ついているのに、こんなにも私に優しいこの人だから好きになった。
心に傷を負っていても迷わず前へ進もうとする…こんな人だから傍にいて守ってあげたいと…そう思った。
「はい…歳三さんは嘘つきませんもんね」
「あんまり信用しすぎると、後で泣く羽目になるぞ。ちょっとは人を疑う事も憶えろ」
「大丈夫です。歳三さんは優しい狼です。小さなハムスターの私を背中に乗せてくれます」
「クッ…そのうち振り落とされるぞ」
「平気です。振り落とされたらまた追いかけますから。追いつくまで追いかけます。私結構しつこいんですよ」
電話口で笑い声が漏れた。
「そうだな。あれだけ泣かされても…まだ俺の背中を追いかけくるくらいだからな」
「はい!諦めるまで追いかけ続けます」
再度伊東のおじさんのヒステリックな声が聞こえた。
「仕方がねぇな…そろそろ戻るか」
「あの…ありがとうございました」
「謝る事はねぇって言ったろ?俺の方が声を聞きたくて…仕事中だっていうのに電話した。謝るのはこっちの方だ」
「いえ…嬉しかった…です」
電話越しに顔の赤いのが伝わるんじゃないかと思うくらい、顔が熱かった。
「寂しくなったら姉さんに貰った俺のぬいぐるみに添い寝してもらえ。傍にいなくても…俺はちゃんと…お前の事を考えて…想っているからな…」
「はい…」
こんなにも想われている事が嬉しい。
こんなにも幸せな事が怖いくらいに嬉しい。
“まぁ~土方さん!こんなところにいらっしゃったの!!お客様がお待ちでしてよ”
伊東のおじさんの大声が聞こえた。
「チッ…とうとう伊東の野郎に見つかっちまったな。それじゃあ俺は仕事に戻る。おやすみ…ethlin」
「はい…お仕事頑張ってくださいね、歳三さん」
「あぁ、腹出して寝るなよ。今晩は冷えるからな」
「もう!子供じゃないですよ!!」
大声で叫ぶと、電話口に笑い声が響く。
「クッククク…俺から見ればまだまだ子供だ。ぐっすり寝ろよ」
「はい」
そっと電話を切り、机の上に携帯を置いた。
机の上には誕生日に沖田さんから貰ったプリザープフラワーが飾られている。
(沖田さんもこんな思いしてるのかな…。ううん…沖田さんはもっと辛い…。堂々と好きって…誰にも言えないんだもん…。おねぇに想いも告げられない…)
原田さんの隣にいるおねぇを、どんな思いで見ているのだろうか。
ふとおねぇが沖田さんの事を『寂しそうな男の子』と言っていたのを思い出した。
(今ならわかる…本当に欲しいモノが目の前にあるのに、けして手に入れられない…悲しい心…)
ケーキの形をしたプリザープフラワーをじっと見つめる。
(本当は優しい人なんだよね。だってこんなに綺麗な作品を作れるんだもん。みちるさんの為に無理言って作ってもらったプリザープフラワーもすごくかわいくて…温かだった…)
「何かお礼…しようかな」
今なら少しだけ…沖田さんと仲良くなれるかもしれないと、私は思った。