汚れた花 ~ ヨゴレタハナ ~ ② | ethlinの煩悩毛だらけ

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煩悩さらけ出し日記

事務所から出た私の足取りはけして軽くはない。


「ゆきちゃん、なんだった話って…なんか嫌な話なんだね。今すぐに聞かない方がいいのかな?」


私のどんよりした顔を見て先輩は心配そうな顔をしている。


「いえ…今聞いた方がいいですけど…大きな声で話せる内容じゃないんで…」


正直に言えば先輩に教えるのが嫌だった。


優しすぎる先輩に、こんなにも恐ろしい話をするのが嫌だった。


「会社が経営不振とか…そんな話じゃないよね?」


私は周りをきょろきょろと見回し、お客様がいない事を確認して先輩に言った。


「さっき…ホントついさっきです…うちの駐車場で飛び降り自殺があったそうです。詳しくはわかりませんけど、このビル内の人間らしいです」


「…じ…さつ…?」


先輩は初めて聞いた言葉を繰り返すようにぼんやりと呟いた。


「もう…全部処理されたそうで、何にもないので大丈夫ですよ。それで問題はお客様からのお問い合わせがあった場合なんですけど…とにかく『存知あげません』で徹底しろと言う話でした。社内的にも内密に事を運ぶそうです」


「でもでも…救急車のサイレンなんて聞こえなかったよね?」


ビルの地階とはいえ、サイレンのような大きな音はドアの開け閉めの時に以外にも洩れて聞こえるものだ。


「それがですね~サイレンレスで呼んだらしいですよ。今聞いてきた噂ですけど。もう…素人が見ても即死状態だったらしいですね」


「それって…血だらけで…足も手もあっち向いちゃって…脳漿が飛び散ったりとか…」


自分で言って自分で想像してしまったのか、先輩は青い顔をしている。


「いやいやいや…見た人はほとんどいないらしいですし…8階から飛び降りたらしいんで…まぁ…無理ですかね…。いやいや先輩!忘れましょう!あんまり考えると気持ちが引きずられちゃいますよ」


先輩の小さな背中をポンポンと叩くと「そうだね…」と力なく笑った。









噂というものは伝わるのが本当に早い。


私も先輩も、お昼休みに出るまでの数時間ですでに相当量の噂を耳にしていた。


「怖いですね~。うつ病だったって話ですけど…。朝は普通に会社来て、普通に開店準備してたって話ですよ」


「がんばってお仕事来たのに…急に辛くなってやりきれなくなったのかな?」


「かもですね…。飛び降りの前に薬を飲んでたとか、煙草吸ってたとかいろいろ聞きましたけど、発作的なもんですかね~」


「気持ち落ち着けようとしたけどダメで…思い立って…とか?」


楽しいはずのランチタイムがまるでお葬式のようになってしまった。


「先輩、話題変えましょう!この話はここで終了~!!はい♪ここからは楽しい話題以外立入り禁止ですよ」


私はお弁当箱をしまって、私物袋からお菓子の箱を取り出した。


「あ~しめじの森のチョコマロン味だ~♪もう出てたんだ」


お菓子に目のない先輩は、ぱぁ~と明るい顔をしてしめじの森を手に取り眺めている。


「昨日コンビニ行ったらありましたよ。それから~コレ!!」


私はさらに小さな小瓶のドリンク剤を2本取り出した。


「昨日遅番だったから貰ってないでしょ?栄養ドリンクのサンプルです。朝従業員出入り口で配ってました。冷蔵庫に入れたら昨日渡すの忘れちゃって」


先輩は小瓶を手に取り、ジロジロとラベルを丹念に見つめている。


「聞いた事ない製薬会社だね。新しいところなのかな?」


「みたいですね。まぁタダなんでど~ぞ」


キャップを開けると甘ったるい匂いが鼻をついた。


「うはぁ~なんだコレ…甘そう…」


先輩は瓶に鼻をつ近づけて、くんくんと匂いを嗅ぎながら眉間に皺を寄せている。


「先輩甘いの大好き♪だからいいじゃないですか」


二人黙って小瓶の中の液体を口にする。


「…」


「……」


くるりと隣の先輩の方を見ると、私に負けないくらい苦い顔を向けられた。


「「不味い!!」」


「なんだこの味」


「ありえませんね。いくら清涼飲料水じゃないと言ってもこの不味さはありえません。ぶっちぎりで一等目指せますよ」


「ほんとだよ。ひどすぎるこの味」


「先輩、不味いって投書したらどうですか?ここにURLもありますし。この製薬会社に一番必要なのはお客様の声ですよ」


「あと味のセンスだね」


口から矢継ぎ早に出てくるのは文句ばかり。


しかし不味いんだから仕方がない。


「でもでも~試供品って書いてあるし、これから改善されていくんだよね。改善されても買わないけど」


「同感です。このドリンクが1本50円でめっちゃ元気になるとしても買いませんね~。で~も~」


私は舌をペロリと出して笑った。


「昨日たくさん貰ったんです。私が来た時にちょうど帰る準備してたんで~じっと見つめてたら一箱丸々サービスしてくれました。捨てるもったいないし、なおさんにあげてください。お店の女の子結構たくさんいますよね?」


「あはは~ゆきちゃん上から欲しそうな顔でじっと見てたんじゃないの?クスクス…じゃあおねぇにあげようっと♪口直しにコーヒー飲もうよ、奢るし。あ~その前に水飲みたい」


先輩は小銭入れを手に立ち上がった。


「じゃあ私は瓶捨ててきますね」


私は小瓶を手に取り、ゴミ箱へと歩き出した。


(ゴミはゴミ箱へっと…分別分別…)


瓶専用のゴミ箱を覗き込むと、同じドリンク剤の瓶がいくつも捨てられている。


(社内にたくさんの被害者発見♪美味しいなんて言った人いるのかな?)


「ゆきちゃ~ん、コーヒー何がいい?今日はモカとブレンド」


「ブレンドがいいです♪お砂糖いらないんでミルクは欲しいです」


私は二本の瓶をゴミ箱に放り込み、コーヒーメーカーの前にいる先輩の傍へと走り出した。