汚れた花 ~ ヨゴレタハナ ~ ① | ethlinの煩悩毛だらけ

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煩悩さらけ出し日記

9月も後半を迎えた平日、開店直後の平日のデパートの地階フロアは静かなものだった。


「今日は暇ですね~って言ったらダメなんですけど~。数量限定弁当の販売は11時からだし、もっちょっとしたらお客様で賑わいますかね~」


「こういう時こそ!気を抜いちゃいけないんだけど…あふっ…やっぱり気が抜けるよね…」


ethlin先輩はあくびをかみ殺し、目じりの涙をそっと拭っている。


先輩のエプロンのポケットからオルゴールの優しい音色が響いた。


(この音楽は…)


「電話ですか?メールですか?」


ニヤリと笑いながら声をかけると先輩は慌てて携帯を取り出し、お客様から見えないようにカウンターの中にしゃがんで携帯をチェックし始めた。


そっと覗き込むと、少し赤い顔をして笑っている。


先輩にこんな顔をさせる事が出来る人は、この世でたった一人しかいない。


「ふふっ~土方さんからメールですか?デートのお誘いとか?」


「えっ!ちっちっ…違うよ!!」


慌てて携帯をポケットに押し込み、平静を装ってカウンターの外へ出てくるものの、明らかに動揺しているのが見て取れる。


「だって~なおさんの着メロは徳永英明の『小さな祈り』で~、私は中島美嘉の『雪の華』、その他はたぶんコブクロの『蒼く優しく』で正解じゃないですか?そ・し・て・『星に願いを』の時は先輩必ず赤い顔してますもん。そんなの土方さんしかいないでしょ?」


先輩は呆然とした顔で、私をじっと見つめている。


「ゆきちゃん…鋭い」


「い~や~だ~照れる★だてに長年先輩の追っかけしてるんじゃないですよ~」


「ぷっ…追っかけしてるんだ」


先輩はクスクスと笑っているが、あながち冗談ではない。


私が入社してここに配属になってからずっとお世話になりっぱなしで、私が仕事に失敗した時も、失恋して大泣きした時も、会社を辞めたいと暴れた時も、ethlin先輩が一生懸命に私を守って助けてくれた。


自分の事より人の事…けしておせっかいというわけではないが、自分が我慢して他人の事ばかり気にする、そんな人がいい先輩が私は好きだ。


「朝一にメールしたそのお返事だよ。今日はお花屋さんの仕事だけだから夜電話しろって。今お花屋さんの仕事もすごく忙しいみたい。夜もほとんどお休みなしだったし、電話でお話するのは何日ぶりかな?おねぇも原田さんが忙しすぎてゆっくり会えないってぼやいてたよ…」


「ふ~ん…仲良くていいですね」


ニヤニヤと先輩の顔を覗き込むと、さらに顔を赤くして興奮した様子で叫びだした。


「うん!おねぇと原田さんって仲いいよね!ねっ!ねっ!お似合いだよね!絶対にそう思うよね!ゆきちゃんもそう思うでしょ!!」


「先輩…そんなに大声で叫ばなくても聞こえてますよ。確かになおさんと原田さんはお似合いのカップルですよ。でも今は~先輩と土方さんの話してたんですけど?」


先輩はきょとんとした顔で私を見つめ、頭から湯気でも出そうなくらい真っ赤な顔をして俯いてしまう。


「あっ…えっ…えっと…普通…普通だよ…並だよ…中くらいだよ…」


「クス…ほんと面白いですね、ethlin先輩って」


「もっ…もう…ゆきちゃんからかわないでよ」


ぷいっと体を動かした拍子に、携帯の赤ずきんちゃんのストラップがポケットの外に飛び出した。


「このストラップの赤ずきんちゃん、ほんとかわいいですよね。先輩のイメージにぴったりです。確か土方さんは狼でしたね。夏祭りの写真見せてもらった時…ぷっ…あんな真面目な顔で電話してるのに、ストラップがファンシシーな狼さんなんだもん。そういえば~誕生日になおさんからもらった土方さんのぬいぐるみも狼の耳がついてましたね。確かに犬猫なら犬ですけど…なんで狼なんですか?ドーベルマンかシェパードでもイメージぴったりなのに」


先輩の顔が一瞬だけ曇ったのを私は見逃さなかった。


(まただ…夏が始まる頃から見せるこの表情…)


しつこく聞いても白状しないし、さらに強情張って口が堅くなるから、いつも気がつかないフリをしている。


先輩はふっと笑って「あのね」と切り出した。


「歳三さんはね…狼だよ。みんなといても少し…少しだけ寂しい狼…」


「なんかわかるかもです。孤高の狼か~ふむ…かっこいいですね♪」


「うん!かっこいいでしょ?」


照れながら先輩は幸せそうに笑う。


ずっとこうやって笑っていて欲しい。


人の幸せばかり願うからこそ、私はethlin先輩に幸せになって欲しい。


二人でクスクスと笑っていると、少しだけ周りがざわざわとし始めた。


「どうしたんでしょ?万引き?置き引き?おばあちゃんが倒れたとか?」


きょろきょろしてる私達の前に急に主任が現れて、どっちでもいいからすぐに事務所に来いと言って慌しく消えていった。


「なんか緊急事態みたいだね?」


主任のあまりの慌てぶりに、先輩はポカンとした顔で背中を見送っている。


「いやん♪まさか急に『演歌界の若きプリンス 風間千景リサイタル』を急遽屋上でするから、サクラで何名か参加しろって話ですかね~?それだったら行きたいかも♪」


「ぷっ…若様、そこまでワンマン通すとは…あっ!いらっしゃいませ~」


先輩がお客様に声をかけたので「じゃあ行ってきますね」と言い残し、私は事務所へと向かった。


平和な毎日


平凡な毎日


でも影がもうそこまで迫っている事を、今は誰も知らない。