ethlinが部屋を離れてからしばらくの時が過ぎたが、一向に帰ってくる気配はない。
「まさかな…月を見上げて廊下から転げ落ちた…なんて事は…ふっ…さすがにねぇだろうな」
しかし口に出してみるとありえないようで、あいつならやらかすような事実にため息が漏れる。
「仕方がねぇ…様子を見に行くか」
手を止め、筆を置いて部屋を出る。
ふと空を見上げればぼんやりと霞ががった月が浮かんでいる。
秋らしいひんやりとした風が頬を撫でる。
(こんな肌寒い夜に庭なんかで寝ちまったら…風邪ひくじゃねぇか)
庭に転げ落ちたとしても、朝まで寝ている事などありえない…と思いつつ、庭先を気にしながら勝手場へと向かった。
途中で佐之助と新八が縁側で酒を酌み交わしている姿を見つけた。
(あいつらに聞いてみるか…声くらいかけたかもしれねぇ)
「おい、佐之助、新八、お前らethlinを…って…てめぇら!何してやがる!?」
酒に酔った佐之助と新八の傍らには、見慣れた小さな背中が寝転がっていた。
「あっ!歳三さんだ~♪」
ethlinはむくっと起き上がり、真っ赤な顔をして小さな杯を振り回している。
「おめぇ…酒飲んだのか?」
「お月様が浮かんだお酒を飲みました~♪めっちゃ美味いのってなんのって♪」
いったいどのくらい飲んだのか、座っている事も困難らしく、またぐんにゃりと床にうつ伏せる。
「土方さんもよ!仕事仕事ばっか言ってねぇで、一緒に飲もうぜ!!」
「そうそう…せっかくの十五夜の夜なんだからよ」
佐之助も新八もすでに泥酔状態に近い。
「くっそ…仕事中に飲ませやがって…しかもぐでんぐでんじゃねぇか!おいethlin、とりあえず部屋に戻るぞ。立てるか?」
腕を引き上げ立ち上がらせるものの、足に力が入らずその場でへたり込んでしまう。
「い~や~だ!!抱っこして!!」
素面の時には絶対に口にしない甘えた言葉を叫びながら、子供の様に手足をバタバタとさせ暴れだした。
「くっそ…お前…酔うと意外と厄介だな。ほら…抱えてやるから、盃は置いてけ」
手の杯を奪い取ろうとすると、、また嫌だと言って離さない。
「だ~め~。歳三さんにお月様見せてあげるんだから~」
「月なんざ、空を見上げればいつでも見れるだろうが」
「ち~が~う~!!」
さらに手足をバタつかせ暴れだした。
ethlinの扱いに四苦八苦する俺の姿を見て、佐之助と新八は腹を抱えて笑っている。
「てめぇら…人事だと思って笑いやがって…」
おもいっきり睨みつけるが、酔っ払いの二人に効くわけがねぇ。
「だってよ…土方さんが酒に酔ったらよ…しつこく絡むからみんな扱いに困るのによ…」
「その土方さんが酔っ払いに絡まれて困ってんだから…笑わずにいられねぇよな!」
言い返してやりてぇところだが、まったくの真実だから言い返す事も出来ない。
「ちっ…だから酒は嫌ぇなんだよ!ethlin、とにかく部屋に戻るぞ!」
無理やり抱きかかえ、佐之助と新八の野次を背中にその場を後にした。
「ったく…飲めねぇ奴がなんだって酒を飲むんだ?よりによってくそ忙しい時に…」
しかし酔っ払いの耳に、俺の文句など届くわけがない。
「風が気持ちいい~よ~」
ethlinは首に手を回して、ぴったりと俺に寄り添ってきた。
(…なんで素面の時にコレが出来ねぇんだよ…)
やがて眠気が襲ってきたのか、腕の中でうとうととし始めた。
「寝ちまえ、いっそぐっすり寝ろ」
「ん…はい…」
部屋に戻った頃には静かな寝息を立てて、深い眠りについてしまった。
「ったく…世話が焼けるぜ」
布団に横たわらせ掛け布団をかけてやると、ニンマリと笑った。
「歳三さん…お団子に…きなこ…もっと…」
「酒の次は食いもんかよ…。まぁ…ここんとは朝から仕事詰めで、休憩もろくに取らせなかったからな…仕方ねぇか」
書類の山に目線を戻し、ため息をつく。
「とにかく一人で出来るところまで仕上げねぇとな。ethlin、今のうちにぐっすり寝とけよ。明日の朝は飯を食わせる時間もないくらいにこき使ってやるからな」
俺は再び机に向かい、黙って筆を走らせた。
翌日、ethlinは朝餉の時間になっても起きる事はなかった。
よっぽど疲れが溜まっていたのだろう、泥のように眠っている。
俺は勝手場に向い、手早く食えるようにと握り飯をこしらえ、たくあん、味噌汁を膳に乗せ部屋に運ぶ。
部屋に戻ると、起き上がったethlinが山積みの書類を前でワタワタと動き回っていた。
「やっと起きたか?ほら…顔くらい洗って来い。飯の時間だ。いや…食いながら仕事する。昨日お前が寝ちまった分、死ぬきで仕事をこなすからな…覚悟しとけ」
「はわわわっ…おはようございます。あの…昨夜はスイマセンでした…。あ~なんか粗相ばっかりやらかして…言い訳してる間に顔洗って、すぐ仕事にかかります!!」
部屋から慌てて飛び出すethlinの腕を掴んで引き寄せる。
「ちょっと待て…お前、昨夜の事…憶えているのか?」
「はい…お酒飲んで…暴れてました…」
バツが悪そうに下を向く。
「ふっ…じゃあ俺に『抱っこして』って叫んだ事も、部屋に連れ帰る時に俺に甘えた事も、全部憶えてるのか?」
ニヤリと笑いながら問いただすと、顔を青くしたり赤くしたりしてしどろもどろになり始めた。
「ちっ違う…あれは…あ~何であんな事言ったんだろ~」
「なかなか面白かった。あんな姿、お前が素面の時にはぜってぇに見せねぇからな」
「だから…だから…あれはお酒が…あ~恥かしい//////」
真っ赤な顔をして俯くethlinをそっと抱き寄せる。
「いいか!俺以外の奴の前で…絶対に酒飲むな!!あんな姿見ていいのは…俺…だけだからな…」
「はっはい!」
「んじゃ顔洗ってこい。今度は寄り道するな。誰かにまんじゅうやるって言われても真っ直ぐ部屋に戻って来い」
背中を軽くポンと叩き部屋から送り出すと、鉄砲玉のように飛び出していった。
「ったく…世話が焼ける」
山積みの書類に目線を戻し、ため息をつく。
「さて…っと…存分にこき使ってやるか…」
俺は書類を手にして、机に向かい筆を手に取った。
月が空のてっぺんに昇る頃、山積みだった仕事の山もほとんどが片付いた。
朝、昼はまともに飯を食わせる時間もなかったが、夕餉の時間はいつも通り皆で膳を囲み食事を取った。
部屋に戻ると、縁側でethlinが盃を乗せた盆を、一人ぐるぐると回している。
「お前…懲りずにまた酒持ってきたのか?」
杯には酒らしい透明な液体が入っている。
「はい…ちょっと待ってください…えっと…」
前後左右に盆を動かしたり、自分がチョロチョロと動き回ってみたり…いったい何をしているのか…?
「あっ!」
小さな叫び声を上げ、早く早くと手招きを始める。
「歳三さん、ここ…私の後ろから杯の中を覗いてください」
「なんだ?何か見えるのか」
ethlinの肩越しに杯の中を覗き込むと、酒の中に丸い月が浮かんでいた。
「見えますか?中にお月様が見えますか?」
「あぁ…見えた。まん丸のお月さんが、酒の中に浮かんでるな…」
(昨日こいつが叫んでた『月が浮かんだ酒』ってのはこの事か…)
「はい!どうぞ!これは歳三さんのために用意したお酒です」
そう言って杯を差し出す。
「十五夜が終わって十六夜になってしまいましたけど、昨日飲んだときすごく美味しかったから、歳三さんにも飲ませてあげたかったんです」
「それで昨日、杯を手放さなかったのか?」
「はい」
ethlinは当然と言った顔でニコニコと笑っている。
「参ったな…」
杯の中には鮮やかな月が浮かんでいる。
「俺は春の月が一番美しいと思っている…だかな…こうやって見ると…秋の月も捨てたもんじゃねぇな」
一気に飲み干し、杯を盆の上に戻す。
「冷たい空気の中に浮かぶ、秋の月も悪くねぇ。それに秋は…」
「それに…なんですか?」
真っ直ぐな眼が俺の眼を見つめる。
「いや…なんでもねぇ。ほら、さっさと仕事を終わらせるぞ。今晩は仕事が終わるまで居眠りもさせねぇからな。覚悟しとけ。居眠りなんかしようもんなら…庭に叩き出してやる」
「あわわ!死ぬ気でがんばります!!」
「ふん、せいぜい死なねぇ程度にがんばれ。死んだらめんどくせぇ上に邪魔になる」
「はい!」
ethlinは片腕を元気よく上げて、腕まくりをしながら部屋に戻っていった。
小さな背中を眺めながら、俺は自分にしか聞こえないような小さな声で呟く。
「秋は…俺の大切な桜が生まれた季節だ。肌寒い秋を過ごし、冷たい雪の下で冬を迎え、春になれば美しい花を咲かせる。好きな季節は春だが…お前が生まれた季節なら…秋も悪くねぇな…」
昨日と同じ、少し冷たい秋の風が頬を撫でる。
(久しぶりに一句詠むか。十五夜…いや…月今宵…。とりあえず仕事を終わらせるのが先決だな)
俺は再び机に向かい、静かに筆を走らせた。