日中は少し暑いものの、夜は肌寒いほど空気がひんやりとしている。
季節は秋、今日は十五夜。
ささやかではあるが、屯所の中でも月見団子や栗、里芋、そしてお酒といった月見料理が振舞われた。
飲めない私はお酒を辞退して、月見団子を賞味した。
そして相変わらず休む暇もない歳三さんの机の上にススキを飾る。
十五夜で思い出すのは、空の月が欲しいと姉に無理を言った事。
ほとほと困った姉は水の入った桶を持ってきた。
水桶を覗き込むと、まあるいお月様が浮かんでいた。
しかし手で掴もうとすると消えてしまう。
月が取れないと泣きじゃくる私に「あなたと同じで恥かしがり屋だから、この桶から出たくないのよ」と姉は笑った。
今では遠く、懐かしい思い出。
しかし、今はそんな感傷に浸れるほど暇ではない。
夕餉の時間もそこそこに仕事に取り掛かったが、満腹になったせいか強い眠気が襲って来る。
もちろん眠る暇などない。
手が止まれば容赦ない罵声が浴びせられるのは必然である。
あくびをかみ殺し目の前の仕事に集中してみるものの、気がつけば瞼は落ちて、体がウトウトと舟を漕ぎ始める。
はっと眼を見開き、背筋を伸ばして何事もなかったような顔をしてみる。
(我慢…我慢…)
何度目かのあくびをかみ殺した途端、大きなため息とともに名前を呼ばれた。
「ethlin…お前な…」
「はい!はい!ごめんなさい!寝てません!」
反射的に体が飛び上がり、手にしていた書類はばらばらになった。
(あっちゃ~
)
歳三さんは嘘をつけと言わんばかりの顔で私を睨み、私の背中には嫌な汗が流れる。
「寝てないなら、謝る必要なんざねぇだろうが」
機嫌の悪い声が部屋に響いた。
「ごめんなさい…一瞬だけ…寝てました」
言い訳が通用する人ではない。
私は素直に謝って、がっくりと頭をうなだれる。
(はぁ~またやっちゃった…)
歳三さんは大きなため息をついて手を止め、私の傍に座りなおす。
(あぁ…お説教だぁ…そして今はそのお説教の時間さえも惜しいくらい忙しいのに…ホント私って役立たず…)
歳三さんの右手がすっと動き、私は体を硬くする。
(はうっ…
)
しかしその右手は私の頭をそっと優しく撫でた。
「朝から休みなしだったからな。仕方がねぇ…少し夜風に当たって来い」
顔を上げると、私を労るように優しく笑う。
「頭が冴えたら、すぐに戻って来いよ」
この人は自分がどんなに疲れていても、私に優しい言葉をかけて気をつかってくれる。
そんな優しさが嬉しくて、やっぱり私はこの人のためにどんなに辛くてもがんばろうと思ってしまうのだ。
「はい!じゃあついでにお茶をお持ちします」
「あぁ、美味い茶を頼むぞ」
「はい!とびきり美味しいお茶を入れてきますから!!」
私は大きく伸びをして、元気よく副長室を後にした。
冷たい風に当たると、少しだけ眠気が治まった。
「寒いからあっついお茶が美味しいよね。そうだ月見団子少し残ってないかな?お茶請けに持って行こうっと♪」
勝手場へと向かう途中、廊下で楽しそうに笑う原田さんと永倉さんの姿が見えた。
二人は杯を手に、空を見上げている。
「原田さん、永倉さん、こんばんわ。お月見ですか?」
「よう!ethlinちゃん!今日は十五夜。月を見ずして何を見るってか~。月見団子と栗と里芋を供えてススキを飾れば、後は酒の出番だよな」
「そうそう…杯の中の酒に月を浮かべて飲めば…これまた美味いってもんだ」
お二人はほどよく酔いが回っているらしく、赤い顔をして楽しそうに笑っている。
「ふ~ん…お酒に月を浮かべて…」
杯を覗き込むと、確かにまあるい月が映っている。
「卵が入ってるみたいで美味しそうですね」
「そうだろ?そうだろ?卵は滋養があるよな?ethlinちゃんはよ、休み無しで仕事してんだろ?玉子酒飲んだところで何の罰もあたらねぇよな?」
そう言って永倉さんはお酒の入った杯を私に押しつける。
「はぁ…」
手の中の杯を覗き込むと、やはり白い月がぼんやりと映っている。
幼い頃、姉が私のために捕まえてくれたように、まあるい月が目の前にあった。
「夜は随分と冷えてきたな。ここでキュッと一杯酒を飲めば~身体も温まるってもんだ」
確かに原田さんと永倉さんの言い分は一理ある。
(いやいや…仕事中だし…)
チラリと二人を見ると、実に美味しそうにお酒を飲んでいる。
(小さな杯に一杯くらいだったら…仕事に支障ないかな?)
ためしに一口だけ口にしてみる。
「…ん!!」
「どうだ?美味いだろ?」
原田さんがニヤリと笑いかける。
「…美味しい…お酒って…こんなに美味しいものなのですね!」
私は杯のお酒を全部飲み干した。
杯に浮かんだ月のせいなのか、本当に美味しいお酒なのかよくわからないが、今まで口にした中ではダントツに美味しいお酒だった。
顔が少し熱くなってきたのがわかる。
(あ~お酒飲んだの…絶対にバレるよね…どうしよう…でもでも…とりあえず頭は冴えてるから大丈夫だよね)
「おっ!結構いける口だな。よっし!!」
永倉さんが空になった杯になみなみとお酒を注ぐ。
覗き込むとやはり杯の中には月が浮かんでいる。
口の傍まで杯を運び、ハタと気がついて杯を持つ手を下ろす。
「…でも…仕事の途中なので…」
そう言って杯を返すと、二人は「なんだと?」と睨みを効かせる。
「俺達の酒が飲めねぇってか!?」
「そうじゃなくて…えっと…」
返すに返せない雰囲気にのまれ、もう一度お酒を口にして飲み干した。
二杯目となるとさすがに喉も体も熱くなってきた。
「二度ある事は三度ある~♪さっ!次三杯目いってみよ~」
そして手元の杯に、三杯目のお酒がなみなみと注ぎ足された。