「土方さん」
声をかけてきたのは、今回の夏祭りの実行委員会の会長だった。
「こんばんわ。今回はお声をかけていただきありがとうございます」
挨拶を交わしていると、ethlinは軽く会釈をして後ろの屋台を見てますと耳打ちした。
「いやいや…こちらこそ。あなた方にご参加いただいて本当によかった。去年より数倍盛り上がっているからね。チラシの案も桜花の皆さんからいただいて、前評判もかなりのものだったよ」
「いえ…お祭り好きの連中の考えた事ですから…奴らにも伝えておきます。近藤も地域に貢献できた事が喜んでいます。まだまだ祭りはこれからですからね。最後まで気が抜けない」
「そうだね。花火もこれから大きなモノがまだまだ上がる。あぁ…花火といえば…」
簡単な挨拶と礼を済ませ、会長の背中を見送り、時間を確認してみる。
(メインの花火が上がるまではまだ少し時間があるな…)
後ろの屋台を見ると、ethlinの姿が見えない。
いくらちいせぇからと言っても、あの鮮やかな浴衣の色ならすぐに見つけられるはずだ。
「あのバカ…どこに行きやがった…」
悪態をつくものの、心の中の動揺は隠す事が出来ない。
会場から出る間際、近藤さんがそっと俺に耳打ちをした。
『どうやら例の薬を使っている輩が出入りしているようだ。俺が見た連中は一喝してやったから問題はないと思うが…他にもいる可能性はある』
「くっそ…なんで一瞬でも手を離した…」
携帯電話を手にするももの、この喧騒の中であいつが電話に気がつく可能性は少ない。
「人気のない所へ一人でのこのこ行くとは思えねぇが…一番怖いのは…」
姉さんのように護身術の一つも知らないethlin一人を暗がりに連れ込むくらい簡単な事だ。
あいつの事なら恐怖で叫び声も出せず、されるままになるだろう。
ふとみちるの姿が重なる。
芹沢と新見により精神が崩壊するほどの恐怖を味わい、自我が壊れかけたみちる。
転院により快方に向かっているとはいえ、大量の投薬を受けた影響は完全に消す事は出来ない。
幸せな事だけを記憶して生きているみちる。
だが心の奥底には、まだあの恐怖が眠っているのだろう。
あの小さなethlinなら薬など使わなくても簡単に捕まえられてしまう。
抵抗も出来ず、身体も心も…簡単に傷つけられてしまう。
心が受けた傷は…恐怖は…どんな方法でも完全に消し去る事は出来ない。
「そんな事はさせねぇ…絶対に…絶対に見つける…見つけ出す」
必ず見つける。
必ず守る。
俺の大切な小さな花を。
華やかな浴衣の中に、あの鮮やかな浴衣の色を見つける事が出来ない。
「まさかと思うが…屋台の方に戻ったか?」
携帯の着信を確認してみるが、着信はない。
(どこにいる…)
手がかりのないままの捜索に途方にくれていると、ふいに異臭が鼻をつく。
目つきのおかしな男が俺の横を通り過ぎた。
酒に酔った者の臭いではない。
独特のこの臭いは…
(薬の常習者…か?)
このまま放っておけば、何か問題を起すだろう。
しかしこうしている間にも、ethlinに危害が加わる可能性が高い。
迷っている時間はない。
俺は男を一瞥してその場を離れた。
どのくらい歩き回ったのだろう。
なんの手がかりも掴めないまま時間だけが経っていく気がする。
「よほど焦ってんのか…俺らしくもねぇな…」
ethlinが行方不明になった場所にほど近いところまで戻って来た。
(ダメで元々だ…電話をかけてみるか…)
携帯電話を取り出そうとしたその時、風に乗って聞き慣れた笑い声が聞こえた。
(ethlin?どこだ?)
周りを見渡すが、人混みで見つける事が出来ない。
(聞き間違えるはずがねぇ…)
喧騒の中で耳を澄ませ、声に集中してみる。
やがて笑い声と歌い声が聞こえてきた。
声のする方を見るとあの鮮やかな浴衣の赤と明るい帯の色が見えた。
俺がいる場所から少し離れたところで、小さな男の子を抱いて歌を歌っている。
「♪おいしいおやつににぽかぽかごはん こどものかえりをまってるだろな ぼくもかえろおうちへかえろ♪」
「おねぇちゃん!もっと♪」
「えぇ~おねぇちゃんちょっと疲れてきちゃったよ~」
「ダメ!もっと」
「しかたないなぁ~」
子供をに担ぎ上げたり、ぐるぐると回ったり、しきりに笑い声を上げている。
(なんだ…迷子が迷子の世話してんのかよ…?ったく…)
見つかった安堵から全身の力が抜ける。
「ったく…何やってんだあいつは…俺の気も知ねぇで…のん気に笑いやがって…」
人混みの中を掻き分けethlinの傍へと向かう。
その途中、さっき目をつけた男がethlinの傍に近寄ってきた。
仲間らしき男数人でethlinを囲む。
(あの野郎…)
何か声をかけられ、ethlinはふいっと無視するようにそっぽを向く。
一人の男が拒絶するように子供を強く抱きしめて身体を固くするethlinの肩を掴んだ。
「やだ!触らないで」
ethlinの叫び声が響いた。