「うそ…」
歳三さんの姿が見えない。
そんなに離れたつもりはなかった。
「私…本気で迷子に…なった?そんなにぶらぶらした?事実したんだよね…だって見えるところに歳三さんいないモン…」
焦る気持ちは隠せない。
かといって子供のように泣いて叫ぶわけにもいかない。
「落ち着け…落ち着け…自分。えっと…犯人は現場に戻るっていうから…いやいや…歳三さんは犯人じゃないんだけど…とにかく無闇に動かない方がいいよね…」
少しでも明るい場所に立っている方がいいだろうと、屋台の照明の近くに移動する。
すると、屋台の横に浴衣を着た小さな男の子が一人ぽつんと立ち尽くしているのが見えた。
(えっ?もっもしかして…本物迷子?)
多くの人が行きかう中、男の子に声をかける人は誰もいない。
しかも男の子は今にも泣き出しそうだ。
慌てて男の子の傍に駆け寄り、しゃがんで声をかける。
「僕、どうしちゃったの?パパとママは?」
「パパとママ…どこかにいっちゃった…」
(やっぱり迷子だ…)
「えっと…パパとママと僕と、三人で来たのかな?」
男の子はコクリと黙って頷いた。
しかしこの人混みに中、ご両親を見つけるのは難しい。
(はぁ…どうしよう…でも、ただ立ってても絶対に見つからないよね)
チラリと男の子を見ると、少しぐずり始めている。
(やっ…ヤバイ…本格的にぐずられたらお手上げかも)
「よっし!お姉さんが絶対にパパとママを見つけてあげるからね。抱っこしてあげるから、パパとママが見えたら大きな声で呼んでね」
笑いかけながら男の子を抱っこする。
(うっ…結構重い…。でも下で立ってるより、抱えた方がよく見えるよね)
あやすように身体をゆっくりと揺らしながらきょろきょろと周りを見渡すけれど、それらしい人は見当たらない。
(でも、絶対にご両親はこの子の事探してるから…見つかる…絶対に見つかる…)
不安な気持ちは口に出さなくても感染する。
私の焦りを察知したのか、男の子が少しぐずり始めてしまった。
(えっ…ヤバイ…どうしよう…えっと…えっと…そうだ!歌だ!!)
「♪くまのこ見ていたかくれんぼ おしりを出したこいっとうしょう 夕やけこやけでまたあした またあした~♪」
(ううっ…子供の好きな歌なんてあんまり知らないよ~。嫌だって言われたらどうしよう…)
「お姉ちゃんもっと♪」
この歌が気に入ったのかもっともっととせがみ喜び始めた。
(よっ…よかった~)
何度も繰り返し歌を歌って見せる。
男の子がはしゃぐのと同時に、自分の気持ちも落ち着いてきた。
きょろきょろと周りをよく見ると、夏祭りを楽しいんでいる人の中に、いかにもガラの悪い人がウロウロしている事に気がついた。
目つきが尋常じゃない…気がする。
酔っ払っているのか足元がふらついている…のかもしれない。
(怖い…どうしよう…今この子と二人なのに…)
男の子の熱いくらいの体温が、今一人じゃないと思い知らされる。
今この子を守ってあげられるのは自分だけだと思い知らされる。
不審者となるべく顔を合わせないようにとするものの、そんな人がウロウロしている事実を見ただけで足がすくむ。
(一人って怖い事なんだ…。なんか今まで世間を舐めてた気がする…。いざとなったらどうする?この子抱えたままどこまで逃げられる?でも逃げなきゃ…。今、この子を守ってあげられるのは自分しかいないモン)
ふと目の間に影ができて顔を上げる。
目の前には知らない男の人が数人ニヤニヤと立っていた。
「お姉さ~ん弟と二人?」
怖くてふいっと顔を逸らし移動しようとすると、行き先を他の男の人が塞ぐ。
「子供二人でだけで来たの~?危ないなぁ~。俺らと一緒に回らない?」
「結構です。連れを待ってますから」
学生と間違えられたのか、いかにも馬鹿にした口調にイライラする。
「ふーん…彼氏とか?弟連れて彼氏とデートなんだ?」
お酒が入っているのか、胃が悪いのか、異常な口臭の匂いに顔を背ける。
「そんなに嫌な顔するなよ。別に嫌がる事するわけじゃねぇんだからよ」
急に肩を掴まれ。驚きのあまりに悲鳴が出た。
「やだ!触らないで」
「えらい嫌われようだなぁ~。今から楽しいところに行こうって誘ってんのにさ」
走って逃げたい気持ちでいっぱいなのに、足がすくんで動けない。
周りにいる人たちは気がついていないのか、知らん顔を決め込んでいるのか、誰一人止めに入らない。
男の子を庇うようにさらに強く抱きしめる。
(やだ…怖い…歳三さん…歳三さん…助けて…)
もはや男達の顔を睨みつける事さえも怖くて出来ない。
「弟は俺の友達が面倒見てやるからさ、二人っきりでゆっくり話しようぜ」
「なんだ?お前一人で抜け駆けかよ」
野卑な笑声に背筋に寒気が走る。
男に強く肩を抱かれ、我慢も恐怖も限界だった。
声も出せず、その場でしゃがみこんだその時
「なにしやがっ…いてぇ!!」
頭上から男の悲鳴が聞こえた。
「それはこっちの台詞だ。人の女に何しやがった?」
「とっ歳三さん!!」
「痛てぇ~離せ!!」
私の肩を掴んだ男は腕をねじり上げられ、苦悶の顔を浮かべている。
「仲間の腕をねじ切られたくなかったら、隠してる物騒なモンはしまえ…。なんならこいつの代わりにお前の手首をねじ切るか?言っとくが俺は本気だ。大事なモノ守るためなら…二度と世の中に出れねぇくらいに再起不能にしてやるよ…お前ら全員まとめてな…」
ぞっとするほど冷たい声だった。
自分に向けられた言葉なら、きっと泣き出してしまっただろう。
歳三さんはそれほどまでに本気だった。
殺気すら感じるほどピリピリした空気が漂う。
男達は立ち尽くしたまま、動けずにいる。
掴んでいた男の腕を開放し、仲間に向かって振り投げる。
見苦しくも罵倒の言葉を吐く男達に近寄り、一言二言何かを呟いた。
男達は青い顔をして慌てて立ち去ってしまった。
気がつけば周りに数人の人だかりが出来ていて、みんなが歓喜の声を上げ拍手をし始める。
私は訳のわからないまま、男の子を抱いたまましゃがんでぼんやりとしていた。
「ethlin…」
「ごっ…ごめんなさい…」
激しい動揺と恐怖で立ち上がる事が出来ない。
「お前何もされてないか!?」
慌てた顔の歳三さんが私の顔を覗く。
「……肩…つかまれて…」
「他は?他はどこか触られたのか!?」
「触られてない…怖くて…この子守らなきゃって…でも…逃げられなくて…私…ごめんなさい…」
恐怖のあまりに涙も出ない。
「よかった…」
ただ黙って頬を優しく撫でられた。
「お前にまで何かあったら…俺は…」
いつもあんなに迷うことなく前を見ているこの人の、こんなにも強い人の、動揺している姿は初めて見た。
「ごめんなさい…」
泣けば男の子も泣き出してしまう。
だから歯を食いしばり我慢する。
歳三さんはただ黙って私の肩を抱いた。
背中を擦る大きな手が、私を支える逞しい腕が、少しだけ震えていた。