To:BB
sub:もう寝たか?
電話に出てやれなくて悪かったな。今日は夜の仕事が入っていた。
『王子様』って…お前らはホントに相変わらずだな。
明日は昼の花屋の仕事だけの予定だ。
夜は俺の方から電話してやるから、都合のいい時間をメールしろ。
久しぶりに声が聞ける事、楽しみにしてるからな。
土方歳三
「それでですね、そのお客様、上等そうな白っぽい生地の金糸で刺繍の入った派手な着物姿でお買物に来てたんですよ。オススメのお菓子を聞かれたから、お店屋さんまで案内したんですけど…もう全女子従業員が目線くぎづけで…おば様もガン見してるし。ぷぷっ…ゆきちゃんは『着物王子』って呼んでたけど、私は『演歌界の若きプリンス』『若様』だと思います」
「クッククク…お前らほんとに相変わらずだな。そいつ…呉服屋の息子じゃねぇのか?」
久しぶりの電話、仕事が落ち着いてきたという事もあってか、ethlinは電話の向こうで楽しそうに笑っている。
「そうかもデス!でもその人感じ悪いんですよ…。最後にお見送りした時…私の顔見て鼻で笑ったんです…」
今度は怒り出した。
本当に忙しい奴だな。
「どうせ菓子屋の前でこれがいいとか、こっちが美味しいとか…うるさく熱弁したんじゃねぇか?」
「あっ…こっちは白蜜オンリーで、あっちは黒蜜バージョンもありますよとか、こっちは硬いとか柔らかいとか、ツルツルとかコシが強いとか…丁寧に教えてあげたのがうるさかったのかな?」
「クッ…ダメだ…笑いが止まらねぇ…。お前…食いしん坊リポーターみてぇだな…あはははっ…目に浮かぶ…」
「もう!そんなに笑わないで下さいよ!!」
電話口でふてくされるethlinを想いながら、ふと気がついた。
「そういえば…お前は俺の仕事場によく顔を出してるが、俺はお前が仕事してるところ…一度も見たことねぇな」
「えっ!なんで?あぁ…えっと…うん…来なくていいですよ!」
「なぜ?」
急にしどろもどろになる様が可笑しすぎて、笑いを堪えるのが大変だ。
「だって…ずっと店頭にいるんじゃないし、あっちこっちウロウロしてるだけだし、店頭にいたとしても間抜け面してるし…」
「ますます面白そうだな。じゃあ今度その間抜け面を拝みにいく。そん時はみんなに差し入れ持ってってやるから楽しみにしてろ。斎藤の夏限定新作スイーツだぞ」
「ううっ…それじゃあ断われないデスよ…」
「そうだろ?お前が断わったばっかりに職場のみんなが美味いスイーツを食い損ねたってバレたら…この夏の間ずっと仲間に恨まれるぞ」
とうとう観念したのか、ethlinの口から大きなため息が漏れた。
「じゃあ…お待ちしてます。歳三さんも美味しいスイーツも」
ふと時計を見ると23時をまわったところだった。
「せいぜい気を引き締めて仕事してろ。…明日も仕事だったな?少し長く話しすぎた…悪かったな」
「いえ…歳三さんとお話するのが嬉しいから…私がなかなか電話を切れないんです…」
ぽそぽそと恥ずかしそうな声が耳に響く。
「お前…今…顔真っ赤だろ?」
「あわわっ…なっなんでわかるんですか!?」
「図星か?クスクス…あんまり興奮したら眠れなくなるぞ。ゆっくり寝て、明日に備えろ。気が抜けた時が一番体調を崩しやすいからな」
「はい…歳三さんもちゃんと眠ってくださいね。絶対ですよ!」
「わかってる…おやすみ…ethlin」
「はい。歳三さん、おやすみなさい」
電話が切れた事を確認して、机の上に携帯電話を置く。
目の前のパソコンのモニターには、風間がよこした例のファイルのデータの一部が映しだされている。
(派手な服装、色素の薄い髪、人を小馬鹿にした態度…思い当たる奴は一人だけいるが…まさかな。いくら世の中が狭いとはいえこんなにも偶然が重なるモノか…?あいつにわざと近づいたとしても…理由がわからねぇ…)
そしてある人物のデータを開く。
(生田聖…みちるの双子の妹…風間と同棲中…養父は伊東甲子太郎)
画面を閉じ、CD-ROMを取り出して、パソコンの電源を落とす。
CDを机の引き出しに放り入れて鍵をかけ、静かにベッドに横になる。
(偶然なのか…必然なのか…)
目を瞑り、あの小さな笑顔を思い浮かべる。
(あいつを巻き込みたくはねぇ…ただ風間があいつに近づいたとなると…あいつと聖と出会う事は時間の問題だ。避ける事はできねぇ…。それに伊東の事もある)
伊東はethlinの父親の友達であり、みちると聖の養父でもある。
そして聖は風間と同棲していて、風間はethlinにわざとコンタクトを取った恐れがある。
(全員が水面下で『みちる』に関係している…出来ればあいつにこれ以上『みちる』の事は知らせたくねぇ…。あいつは何も知らない方がいい…)
『みちる』を忘れる事も捨てる事も出来ない。
出来るハズがない。
二人で過ごしたこの部屋を離れる事も出来ない。
それならいっそ、あの小さな手を離してしまえばいい。
そうすればこれ以上傷つける事もない。
わかっていても、俺は手を放す事が出来ない。
あれだけ泣かせても、俺から離れようとしない。
あれだけ泣かせたのに、必死に俺の背中を追いかけてくる。
あれだけ辛い思いをして泣いても、変わらず俺に笑顔を向ける。
(俺があいつを幸せに出来るのかわからねぇが…今はただあの笑顔を守ってやりたい…俺の手で…守りたい…。壊したくない…俺のBB)
静寂の中、俺は深い眠りについた。