前回までのお話はこちらから、詳しい設定等は①をお読みください。
小さな祈り ~P.S. I Lov
e You ~①
小さな祈り ~P.S. I Love You~ ②
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名前を呼ぶ声も、小さく笑う笑顔もずっと前から知っていた気がする。
独占したいと思い始めたのは何時頃からだろう。
小さな祈り ~P.S. I Love You ~
③
五月も終わりに近いある日。
開けっぱなしの窓からは穏やかな日差しと爽やかな風が吹き込んでいる。
しかし、俺、土方歳三の心中はまったくもって穏やかではない。
それというのも教室内に居る生徒という名の餓鬼どもが、授業中であることにも関わらず色めきたっているからだ。
授業開始時は静かなもんだったが、10分…20分と経つにつれそわそわし始めた。
ここまで我慢した自分を誉めてやりたい。
しかし、もう限界だった。
手にしていたチョークが折れたと同時に、俺は餓鬼どもに向かって怒鳴りつけていた。
「てめぇら!なにこそこそと話してやがる。質問があるなら手を挙げて聞けと何時も言ってるだろうが!!」
一瞬にしてシーンと静まりかえる教室。
餓鬼どもの動きも止まった。
「…質問がないなら続ける」
再び背を向け黒板に向かおうとすると「先生…」と女子生徒の一人が手を挙げた。
「なんだ?」
不機嫌そうに答えると女子生徒は立ち上がり、なにやら周りに目配せをしてこう言った。
「土方先生の奥さんってどんな人ですか?」
質問の意味がわからない。
今は古文の授業だろ?
なんで俺の嫁の話が出てくるんだ?
「あのなぁ…今は古文の…」
授業中だろ?いい加減にしろと言いかけると、他の生徒達も手を上げ立ち上がり騒ぎ出す。
「私も知りたい」
「もうすぐ結婚一周年なんですよね?」
「なんてプロポーズしたんですか?」
狭い教室内で全生徒が騒ぎ出す。
怒鳴ったところで収拾がつかない事はわかっている。
呆然としながら、去年の事を思い出した。
6月の晴れた大安吉日に両家の家族だけの小さな結婚式を挙げた。
式の翌日は日曜日とはいえ職員会議、翌々日は普通に授業と、結婚した事を省けばいつもと変わらない日々だった。
朝、目を覚ますと、隣にいるethlinがニヤニヤと左薬指を眺めている。
「毎日飽きねぇな」
「あっ…歳三さん…おはようございマス…」
見られた事が恥ずかしかったのか、ベッドの中に潜り込んで顔を隠す。
同じようにベッドの中に潜り込み、ethlinを捕まえてそっと額に口づけをする。
「指輪一つで幸せになれるなんて、お前は単純だな」
そう笑うと、赤い顔を隠すように俺の胸に顔を埋め呟いた。
「だって…歳三さんの…大好きな歳三さんのお嫁さんになった印だから…」
正直、俺の中で指輪の事などどうでもいい事だった。
仕事中は生徒どもの話題になるだけだから外そうか…とも思っていた。
しかし、そう言われてしまうと外す理由がなくなってしまう。
「そうだな…ethlinが俺だけのモノになったって証だ。だったら俺の左薬指にあるのは、俺がethlinだけのモノって証拠だろ?」
耳まで真っ赤になったethlinを強く抱きしめる。
「いつまでもこうしていたいが…今日は仕事だ。続きは夜だな」
恥ずかしそうにうなずくethlinを眺めながら、俺は小さく笑った。
そしてそれはその日の一番最初の授業で起こった。
静かに授業を受ける生徒達に「わかったか?質問は?」と声をかけた。
「はい」と一人の女子生徒が手を挙げた。
「よし、言ってみろ」
女子生徒は元気よく立ち上がり、こう言った。
「土方先生の奥様になった方って、どんな人ですか?」
女子生徒の視線は俺の左手に集中している。
いや、そいつだけじゃない。
気がつけば教室内の全生徒が、俺の左手を見ている。
「あのなぁ…授業と関係ねぇだろ?くだらねぇ質問をするな。座れ…授業を続ける」
軽く無視して教科書に目をやると
「私も知りたいです」
「俺も知りたい」
と次々に生徒達の声が上がる。
ちょっと待て
なんでこんなくだらねぇ事で一致団結出来るんだ?
「知りたい人は起立っ!!」
誰かの号令で次々に生徒が立ち上がる。
「お前ら…いい加減にしろ!!」
怒鳴った頃には全生徒が起立していた。
しかも騒ぐことなく、静かに。
今、俺の中には選択肢が二つある。
怒鳴りつけて無理やり収拾させる。しかし授業が台無しになる可能性は大きい。
適当に答えてこいつらを納得させ、後半は授業を再開する。
手堅く授業を進めるなら後者を取るしかない。
「わかった…少しだけだぞ」
みんなざわざわしながらも席に座り、授業中にはけして見せる事のない集中力で俺を見ている。
その集中力をなんで授業に活かせないんだ?
俺はため息を一つついて、重い口を開いた。
「そうだな…第一印象は…小猿…だな」
男みたいに短い髪で、桜の木の下でぴょこぴょこと飛び跳ねていたのを見たのが最初だ。
「誰かに似ているとしたら…ピグモン。ウルトラマンに出てくる怪獣だ。と言ってもお前らにはわからないか…」
あいつの姉貴が「妹はピグモンに似てるでしょ?」と笑っていた。
そう言われれば、怒って拗ねた時の顔が似ている…気がする。
「…みんな…わかったか?」
照れくさい事を隠すように黒板に向かったが、生徒達の反応がない。
チラリと後ろを見ると、全員がぽかんとした顔で俺を眺めている。
「てめぇら
こっちが恥ずかしいのを我慢して教えてやったのに…なんだ?その無反応な態度は
!!」
教室中に笑いの渦が起こり、結局後半も授業にはならなかった。
いつの時代も餓鬼どもの興味は変わらないのだろう。
どう出ても騒ぎに収拾がつかなくなる事は目に見えている。
俺はため息をつき、餓鬼どもに向かって言った。
「わかった…少しだけだぞ」
そして予想通り餓鬼どもは騒ぎ出し、授業終了のチャイムがなるまで俺は怒鳴り続ける事になった。