ぼんやりしたまま一日が終わった。
皆と夕餉の時間を過ごす。
ただそこには土方さんはいないだけで、何一つ変わらない。
角屋に行ったのだろうと言う永倉さんの言葉が、私の心を小さくえぐる。
上手く笑えたか自信はないが、普段どおりに振舞った。
後片付けを終え、夜の巡察に出た永倉さん達を見送り、自分の部屋に戻る。
眠ってしまえば気が晴れるかと、早めに布団の中に潜り込んだ。
ふと、廊下の軋む音で目が覚めた。
音はだんだん自分の部屋に近づいている気がする。
耳をすませ、息を潜めていると、明らかに自分の部屋の前で止まった。
「やだ・・・鬼?物取り?」
新選組の屯所にやすやすと物取りが侵入するとは思えない。
しかし内部の人間が、こんな夜中に自分の部屋に来るはずもない。
布団の中に忍ばせていた小太刀をそっと手に取り、息を潜める。
何とかこの場を切り抜けるだけでいい。
やがて、部屋のふすまがそっと開けられ、人が動く気配があった。
「曲者!!」
そう叫び、小太刀を抱え体当たりしようとすると、あっさりとつかまって、口を塞がれてしまった。
「黙れ・・・声を出すな・・・俺だ」
そう耳元で囁く声は聞き覚えのある人物だった。
塞がれていた口を開放されて、一息つく。
「土方さん・・・こんな夜中にどうしたんですか?」
お酒とおしろいの残り香で、角屋の帰りだと気がついた。
「お酒を呑んで、酔っ払って、人の部屋に勝手に進入してきて・・・いったい・・・なん・・・です・・・か・・・」
腹立たしさや恐怖からの開放、いろんな感情が入れ混じって涙がこぼれてきた。
「あ~・・・頼むから泣くな。泣かせるために来たんじゃない」
「だって・・・お酒くさいし、女の人の匂いさせてるし、君菊さんと小楽さんって花魁と会っているっていうし、最近毎晩外出してるし・・・」
まるで駄々っ子のように泣く私の背中を優しくさすりながら、私の文句を一通り黙って聞いて、ため息をついた。
「どうせ新八から聞いたんだろう?俺が君菊さんと小楽って花魁二人をはべらせて、毎晩酒を呑んでいるって」
「やっぱり~」
「だ~だから泣くな。話を最後まで聞いてから泣け」
ぐすぐすと泣いていると、懐から手ぬぐいを差し出してくれた。
「お前は泣き虫だな・・・。芯が強くて自分の意見をねじ曲げねぇと思ったら、くだられねぇ事ですぐに泣く。涙はもっと嬉しい事の為にとっておけ。まぁこれから先、ここにいても嬉しい事なんざねぇかもしれんが」
私が少し落ち着いたところで、土方さんは廊下から何かを取り出した。
「こいつをこっそり部屋の中に置いて立ち去るつもりだった。悪かったな、怖い思いをさせて」
差し出した盆の上には、小さな桃色の蕾がついた枝と手紙、そして小さな箱だった。
「梅・・・?桜・・・?」
「桜はまだ早い。桃の花だ」
意味がわからずきょとんとしていると、土方さんはクスリと一笑した。
「もう今日になっちまったな・・・今日は何の日だ?」
「えっと・・・今日は・・・」
如月が終わり、弥生に入って3日目。
「あ・・・桃の節句です。だから桃の花なんですね?」
「箱の中もあらためてみろ」
盆の上の小さな箱を開けると、中には蛤が入っている。
「もしかして、貝あわせですか?」
貝を取り出し上下を開けると、男雛と女雛が現れた。
「お雛様・・・」
「そう。それを手に入れるために、角屋に通ってた」
「どういうことですか?」
土方さんは私の隣に座り、静かに事の顛末を語ってくれた。
角屋で呑んでいた時、君菊さんと桃の節句の話になった事。
私にお祝いをしたいが、大々的に祝うわけにもいかないから相談した事。
そこで君菊さんの妹分で、土方さんとも面識のあった小楽さんが、貝あわせの雛を贈る事を提案した事。
花魁二人がそれぞれ御用達の道具屋さんから多数の貝あわせを用意した事。
「さぁその中から一個選べと言われて、君菊さんが用意したものを選べば、小楽に角が立つ。小楽が選んだものを選べば君菊さんがふてくされる・・・。客そっちのけで騒いで、はしゃいで・・・そうやってあの花魁達も桃の節句を楽しんでいたんだろうな」
一見華やかな花魁も、島原から出ることは容易ではない。
父様探しのいう名目で、新選組預かりとされている私と、立場はそう変わらないのかもしれない。
「私は・・・すごく贅沢ですね」
叶わぬ恋であっても、好きな人の傍にいられる。
好きな人の背中を追いかけられる。
そして・・・私の好きな人はこんなにも優しい。
静かに涙が一粒零れる。
悲しみではない、嬉しい涙だ。
「たまにはこんな贅沢もいいだろう。お前は我が儘も愚痴も・・・言わねぇ・・・」
土方さんの指がそっと涙を拭う。
「こんな夜更けに悪かった」
静かに立ち上がり、廊下に出る。
「あっ・・・あの・・・」
「なんだ?」
「結局・・・君菊さんと小楽さん、どちらが用意した貝を選んだのですか?」
本当はどちらが選んだものでもよかった。
「どっちでもねぇ。それは、俺がお前の為に選んだものだ」
少し早い春の月に照らされ、土方さんは優しく微笑む。
その笑顔み見惚れて、私はしばらく動けなくなった。
背中が見えなくなった頃、盆の上の手紙に気づき、月明かりにかざして読んでみる。
『菓子盆にけし人形や桃の花 』
お前もいつか惚れた男と添い遂げるのだろう。この貝のように、お前に見合った相手を見定めろ。
盆の上には貝に描かれた雛たちが仲良く寄り添っている。
「私は貴方と添い遂げられなくても、願いはただ一つ・・・貴方を最期まで見守りたいです」
私は春の月の下で一人誓い立て、もう一度眠りについた。
~あとがき~
タイトルの「菓子盆にけし人形や桃の花」は榎本其角という人の俳句です。
俳句も何もわからないのですが(汗)、桃の花を歌った句をタイトルにしようと思って、探しました。
小さなお盆に木で出来たお雛様がチョコンと乗ってる、そんなイメージに思えたので使いました。
けし人形は木で出来た小さなお人形の事です。
今回貝あわせにしたのは、見た目に雛人形とわからないのが良いし、蛤は対の貝しかぴったり合わない事から、女の子の貞操を象徴するものなのでぴったりかなと。
小楽さんは土方歳三の愛妾の名です。
君菊・小楽どちらが本命か今ではわかりませんが(笑)
今回は君菊さんの妹分として登場してもらいました。
今回土方さんが花魁二人に作った貸しは、そのうち返す事になります。
もちろん千鶴ちゃんも身体を張ってお手伝いすることになります。
その辺はまた今度のお話で・・・。