「新選組の鬼副長ともあろうお方が頭下げるなんて、この君菊・・・きばらなあきまへんんなぁ」
隣で優雅に笑う、君菊と名乗った花魁はすっと立ち上がり、部屋を出る。
「ほな・・・土方はん、この貸しはいつか・・・払ってもらいますえ」
他に頼る者が思いつかなかったとはいえ、大きな貸しを作ってしまった。
「やれやれ・・・俺もヤキが回ったか」
盃の酒を飲み干し、部屋を後にした。
「だーっ、とにかく俺は納得できねぇ」
朝からひと際大きな声が屯所に響く。
「新八っさん・・・うるせぇよ・・・俺全然寝てないのに」
「永倉さん、平助くん、おはようございます」
私は掃除の手を止め、二人に挨拶をする。
「おっ千鶴ちゃん、今日も元気だなぁ、おはようさん。」
「ふわぁ・・・千鶴おはよう・・・」
「平助くんは夜の巡察だったもんね。朝餉の時間がきたら起こしてあげるから、もう少し寝てたら」
「そっか?悪ぃな・・・んじゃ寝るわ」
「ちょっと待った、平助」
永倉さんはあっという間に平助くんの首根っこを掴み、猫の子のように連れ戻してしまう。
「ちょっと八っさん・・・俺眠いし。それに話の相手なら千鶴がいるじゃん」
永倉さんはチラリと私を見て、咳払いを一つする。
「あ~・・・ここは・・・なんだ・・・女の子には聞かれたくない話とか・・・あるよな?平助?」
「あぁ~。また角屋のお姉ちゃんに振られたのかよ・・・」
「まだ振られてねぇ」
「ごめん、ごめん。これから振られるところか」
「永倉さん、私でよければ力不足ですけど、お話聞きますよ」
私は軽い気持ちで申し出たが、この後すぐに後悔することになる。
「昨日俺と佐之の二人で角屋に行ったんだけどよ・・・」
「はいはい、今度はどの姉さんに反故にされたのさ」
平助くんは結局残って、私と永倉さんの話を聞いている。
「だ~から、そうじゃねぇって」
「永倉さんにとって、角屋のお姉さん達とお酒を呑むのは、至福のひとときなんですね」
「そう・・・そうなんだよ。千鶴ちゃん、わかってくれるか」
「いーから話続けてくれよ」
平助くんはあくびをかみ殺し、うんざりした口調で呟く。
「平助・・お前・・・今・・・眠気も吹っ飛ぶからな・・・」
「はいはい」
「とにかく・・・昨日角屋に行ったら、先客がいてな・・・」
「お知り合いの方ですか?」
永倉さんは声を潜め、私たち二人に耳打ちするように呟いた。
「それが土方さんでよ」
「お仕事だったんですか?」
「別にいーじゃん、土方さんが角屋に居たって」
「それがよう・・・」
聞いてはいけない話を聞いているようで、自分の心臓の音が耳に大きく響く。
「客は土方さん一人に、君菊さんと小楽って花魁をはべらして酒を呑んでんだよ」
ドクン
心臓がひと際大きく響く。
「まじかよ?小楽って君菊さんに並んで格上の姉さんじゃん!!土方さんやるなぁ・・・。それじゃぁ呑めない酒も呑みに行くよなぁ」
「しかも、君菊さんと小楽って姉さん二人で土方さんの取り合いを始めてよぉ・・・」
「なんだよそれ。ズりぃじゃん!!」
「君菊さんが私の方が良いと言えば、小楽って姉さんは自分を選ばないと言って騒ぎ出すし・・・ありゃぁ・・・どう聞いたって痴話げんかだったぜ」
自分の心臓の音が大きすぎて、永倉さんの言っている事がよく聞こえない。
聞きたくなかったのかもしれない。
この場から逃げ出したい・・・そんな気持ちで一杯だった。
「わっ・・・私朝餉当番でした。ごめんなさい、お話の途中で」
それだけの言葉を振りしぼって告げ、私は大急ぎでその場を離れた。
自分の部屋に入った瞬間、涙が溢れ出してくる。
叶わぬ恋だとわかっているのに
傍にいることだけでいいと決めたのに
恋をしてはいけない人だとわかっているのに
どうしてこの気持ちに気がついてしまったんだろう。
月夜編に続く