五日間(3) | 川瀬有希の独り言

川瀬有希の独り言

田中好子さん、キャンディーズ、岡田有希子さんに捧げるブログ


雨が止んだのを確認し、Aさんと共に元の位置に戻ろうとしたが、先程まで二人で確保していたポジションには既に先客があり、車の通る道から三列ぐらい後退した場所で待機せざるを得なくなった。

ちょっと車は見えづらいが、仕方がない。

みんな、よく見える場所にいたいのだ。

背の低い女性も沢山いる。

誰もが、ちゃんと好子さんを見送りたいのだ。

お別れの挨拶をしたいのだ。

少しぐらい見えづらくても、わがままは言えない。




出棺まで待機している間、集まってる我々一般会葬者に青い紙テープを配っている人がいた。

法被を着ていたので、恐らく全キャン連(現・日本キャンディーズ協会)の人だろう。

僕の周りを見る限り、多くの人がそれを受け取っていた。

受け取らない人も中にはいた。

告別式は神聖な儀式である。

本来は厳粛な空気に包まれ、厳かに営まれるものだ。

紙テープを投げることに抵抗を感じる人がいても、ちっともおかしくはない。

寧ろ極めて常識的な判断且つ対応だ。

ただ、今回の式は、通常とは異なる性質を有しているのもまた事実である。

青い紙テープを投げることには特別な意味がある。

各々が自らの考えの下、一番相応しいと思うかたちで見送ってあげればいい。

僕はそう考える。

当然、行動に伴う一切の責任は自らにある。

それを負うのは、例外なく全ての個人だ。

反論は許されない。

ちなみに僕は、紙テープを受け取った。

当初静かに手を合わせて見送るつもりでいたが、実際斎場に来て、「スーちゃん」を表すものが青い絨毯と柩しかないことに若干寂しさを感じ、この段階で考えを改めた。

明るく、盛大に送ってあげよう、と。

僕は二つ受け取った。

ひとつは今日の記念に持って帰りたかったから。




故人の人柄を象徴するような、和やかな雰囲気がその場を包んでいたが、やがて場内アナウンスが流れ、いよいよ最後のお別れをする時が来た。




喪主を務められた御主人の小達一雄さんの挨拶が始まる。

心を鎮めるように、皆それに聴き入った。

終わりの方で、映画やドラマの撮影現場で使われるカチンコを一雄さんが手にする姿がモニターに映し出された。

女優・田中好子の第二章を告げる合図を鳴らすという。

あの甲高い音が響き渡り、それで挨拶が終了するものと思われた。

そして、それは鳴らされた。




が、次の瞬間、全く予期しなかった事態が展開する。

聴き覚えのある、しかし、消え入るようなか細い声。

好子さんが喋ってる!

亡くなるおよそ三週間前に録音されたものだと好子さん本人が告げる。

遺言とも言える肉声テープ。

その内容は、少しずつ癒されていた悲しみを瞬時に蘇らせた。




衝撃的だった。

内容もさることながら、命を削るように語りかける好子さんの声そのものがショックだった。

弱々しく、苦しげで、今にも途絶えてしまいそうなその声に、僕は胸が締め付けられた。

周りの人も皆鳴咽した。

左斜め前にいる男性は、肩を震わせて泣いていた。

僕は泣くまいと必死で堪えたが、「もっともっと、女優を続けたかった」「息苦しくなってきました」という好子さんの叫びに、一筋だけ涙を流した。

拭おうとはしなかった。




……テープと共に、一雄さんの挨拶は終了した。

暫し会場は静まりかえった。

落ち着くまでに相応の時間を要した。

重苦しい空気が漂っていた。




やがて、柩が霊柩車に運び込まれた。

本当に、これで最後だ……。

長いクラクションが一帯に響いた。

と、ここで、突然馴染み深いメロディーが流れ出した。

キャンディーズのデビュー曲『あなたに夢中』だ!

スーちゃんがセンターに立ち、リードボーカルを務めた、彼女にとってもファンにとっても大切な、忘れ難い一曲。

ここに隠していたのか。

キャンディーズ色を排していたのではなく、この大事な瞬間の為に暖めていたのだ。

この一点に、全てを集約したのだ(心憎い、素敵な演出に感謝したい)。

全キャン連メンバーのスーちゃんコールを皮切りに、みんなが一斉に紙テープを放った。

僕も空に向けて、青いテープを投げた。

目の前を車が通り過ぎてゆく。

そこにいた仲間達と、きっと心は同じだろう。

何度も何度も、僕は叫んだ。

「スーちゃん、ありがとう」




三年前の2008年4月4日、解散30周年の節目に、水道橋のJCBホールで記念イベントが催された。

それはよくあるファンのオフ会とは異なる、キャンディーズの歴史に刻まれる大々的な公式イベントだった。

オンタイムでキャンディーズの時代に接することの叶わなかった自分にとって、それは夢のような出来事だった。

振り返るにとどまらない、現在進行の贈り物だった。

僕もそれに参加した。




当日会場に入ってすぐ、黄色の紙テープを渡された。

隣座席の方と意気投合し、その方から赤の紙テープを譲ってもらった。

結局青の紙テープだけ、最後まで手に入れることが出来なかった。

けれど、いつかまたこんなイベントがあるかも知れない。

その時まで楽しみはとっておこう、と僕は前向きに捉えた。

一番好きな青色だけないことは、逆に未来を約束してくれてるのではないか。

本当に好きなものはそう簡単に手に入らないんだよ、と諭されてるような気がした。




あれから三年。




あの時と同じ四月に、僕は念願の青い紙テープを手に入れた。

しかし、それと引き換えに、僕は愛する好子さんを、大好きなスーちゃんを失ってしまった。







〈捕記〉


告別式当日、何人かの方と出会った。

いや、実際は出会いと呼べる程のものでなく、皆あくまで僕の一方的な、都合のいい所感に過ぎない。

ただ、その方々のこともずっと忘れずにいたいから、ここに記しておこうと思う。

大切な思い出として。

どなたも名前を訊かなかったので、残念ながら全員が仮名表記となる点は御了承下さい。




(1)Aさん

前述の通り、焼香後式の終わりまでずっと行動を共にした方。

50代の男性。

『みごろ』の公開収録に足を運び、ファイナルにも当然参戦?した(三塁側スタンドに陣取ったそうです)熱血的行動派。

Aさんのお陰で、あの日は本当に助かりました。

いつかまたお会いしましょう。




(2)Bさん

俄か雨が弱まったのを確認し、通路へと戻ったものの、ほんの少しだけ再び雨が強まった時間帯があった。

テントに戻るのが面倒で、つい右隣にいた小柄な女性の傘の中に僕は入ってしまった。

知らない人が突然自分の差してる傘に飛び込んで来て驚かれたでしょう。

一瞬「えっ!?」という顔をされたけど、すぐに笑って快く傘を傾けてくれましたね。

あの優しさが嬉しかったです。

ありがとうございました。




(3)Cさん

式が終わり、青山一丁目駅に向かい一人で歩いて行く道すがら、何となく誰かと言葉を交したい衝動に駆られ、同じように喪服姿で歩いている40代ぐらいの男性に話し掛けた。

二言三言だったけど、嫌がらずに会話の相手をしてくれたこと、感謝しています。




(4)Dさん

乗り換え駅のホームで電車の到着を待っている時、「もしかしてスーちゃんの……」と声を掛けられた。

平日の昼間に街中で喪服を着ていると目立つので、ちょっと前から気にはなっていたけど、やはり好子さんの告別式に参列された方だった。

40代後半の男性。

電車に乗ってる間中、スーちゃん並びにキャンディーズについて色々語り合った。

以前音楽関連会社に勤めてたらしく、興味深い話も聞かせてもらいました。

例えば、昔のアイドルのCDを企画した場合、毎回採算がとれる程確実に売れてたのは二組しかいなかった。

それは山口百恵と我らがキャンディーズだ、とか。

……あ、会社バレちゃいますね(笑)。

僕は降車駅がすぐだったので、短い間しか話せませんでしたが、大変有意義な時間を過ごせました。

いつかまたどこかでお会い出来るといいですね。