今年、初の あさ8時!
能登半島の地震でお正月気分は何もない新年の始まり。
お餅を食べられたことぐらいかな。
後は、何も変わらないetekoの毎日。
老いていくだけ。
30日に田尻のetekoハウスに到着。
来る前には、墓参りして、高萩の叔父さんの家に寄って帰ってきた。
歳暮のお返しに、玄米30キロと突きたてのお餅を貰う。
叔父さんは、玄米を2表持って行けと言ったけど、ブーさんの車は、etekoの洗濯物とか積んであって、玄米を乗せるスペースは後部座席の湯かしかなかった。
一俵というか、人袋だけ積んでもらった。
ブーさんは、前に貰ったお米が、20キロくらい残ってると言ってた。
etekoのところもおなじだった。
ブーさんの車にひと袋だけ載せてもらう。
T叔父さんは、倉のところに横付けしたぶーさんの車に、玄米30キロの米袋を積んでくれた。
T叔父さんは、今年は90際になる。
T叔父さんは、90になる今でも、30キロの玄米の入った米袋を運べる。
それとは対照的になってるetekoは、30キロの米袋を運べない。
歩けなくなってきてる。
病院から出てる脊椎狭窄症の薬は毎日飲むようにしてるが聞き目なし。
回復の見込みはなしだよ。
今以上に悪くならないように止めてるだけみたい。
2箇所の墓地に墓参りするのも苦労した。
駐車場に止めたブーさんの車から、生花と選考を持って、ひとり、お墓のある場所まで歩いていくだけなんだけどね、
ブーさんは、腰が痛い、膝が痛い、歩けないと、車で待機。
墓参りには来なかった。







最初は、父方のお墓の東平霊園に行く。
東平霊園は、日立市役所の山側にある。
6号国道から、日立市役所のところの丁字路を、山側にだらだらと上っていく。
行きついたところが東平霊園だ。
霊園の上の方に、常磐高速が通っている。
霊園から高速道路は見えないんで、山の上の方をくり抜いたトンネル担っているのだろうか。
東平霊園の敷地は山のなだらかな斜面を削って造成したものだ。
東平霊園よりも上へ上ったことはない。
写真の並びがもやもやだ。
お墓の写真は、東平霊園じゃなくて、母方のお墓のある高萩の菖蒲霊園だ。
車から撮った写真は、東平霊園の墓参りを終えて、日立市役所に出た時にとったものだ。
6号国道に面した市役所の広場を映した。
去年は、ここで、立て続けに事件が怒っていた。
台風13号の豪雨で広場が冠水した。
そして、立て続けに、広場のところで、き〇〇〇の車が、自爆テロを起こしたというニュースを、2件、耳にした。









ここからが東平霊園のお墓から撮った写真だ。
墓誌に、恵美ちゃんの銘が刻まれていないのを確認する。
田尻のetekoハウスに行ったら仏壇を確認しようと思った。
仏壇にかけられた掛け軸のようなものに、鬼籍に入った年月日が明記されている。
祖母 S,52 9, 24
祖父 S,61 1, 26
父 H,14 12,16
叔父 H,30 11, 17 義之
母 R,元年 8,22
叔母 R,5 6,26 恵美ちゃん
母のお骨は、納骨していない。
親族の葬儀には20回近くは参列してるなあ。











