R5 12/15【ゲスト:髙橋 洋一】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第269回 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

R5 12/15【ゲスト:髙橋 洋一】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第269回




【etekoの奇妙な履歴。その1】

etekoは大学を卒業してから、地元の日立製作所関連の会社に潜り込んだ。
etekoは、大学は、日大の経営法学部の経営法学課と言う所に一浪して拾われた。

最初の1年間は、埼玉県の大宮にある校舎だった、
ここは、大宮駅から20分くらいバスに乗って行く。
駅から大分遠い所に大学の校舎が建てられていた。

駅をバスが離れて大学の校舎に走ると、直ぐに周りは、田運地帯った。
大学の校舎も、建てられてから、そんなに経っいない。

大宮駅から少し離れた田園地帯に、戸建ての宅地が造成されていた。
その一角を、日大の法学部が、今日家庭の為に広い土地を購入?して、教養課程の1年間の為に、声者を立てたみたい。

公舎の横には、広いグラウンドが広がっていた。
このグラウンドには、サッカーのゴールポストが両側に二つ置かれてた。

ゴールポストの後ろにも、広い土地が広がっていた。

このグランドでは、週に一時間くらいの体育の授業があった。
体育の授業と言っても、顔も分からない学生達と、何指揮の草野球をやるだけなんだけどね。

高校の3年くらいから全くスポーツをしてなかったeteko は、ライトの守備に就いたよ。
この時、etekoの所に、大きなフライが何度も飛んできたよ。

その時に、etekoは、そのボールを難なくさばいたよ。

ガキの頃に、毎日のように三角ベースを、近くの児童公園でやっていた感は鈍っていなかったよ。

あの時に、周りの見知らぬ学生達からetekoの存在が知れたよ。

作家のゴールポストはあったけど、野球のブルぺんはあったのかなあ。
思い出せない。
野球同好会みたいなサークルはあったのかもしれないなあ。

ボールもバットも、グロ部も、人数分は揃ってた。

グラウンドは、かなり広かっと思ってる。

グラウンドの区切りに、策はなかったような気もする。

グランドが終わると、畑になっていた。。
奥のグランドの端から畑に農道が続いていた。

その農道を、300メートルくらい行くと、宅地開発された地域が広がっていた。
その辺りの新築の一戸建ての2階のひと部屋を、etekoは借りて住んでいた。

その家は、幼い円なの子がいる若夫婦の家だった。
2階の部屋は、学生を泊めるために、ガスコンロが一つと、狭いキッチンが付いていた。

無理して、夫婦で一戸建て家をローンで建てたみたい。
そのローンの支払いの一部に、学生を泊めは自゛メタみたい。
トイレはどうだったんだうか。
お風呂は、共同と言うか、ひとりで使えたけど、毎日ではなかったなあ、
週に2日ぐらいかなあ。
思い出せないなあ。

あの時も自炊だったんだけど、何を食してんだろう。
思い出せないなあ。
インスタントラーメンはよく食べてたなあ。
実家から送って来るからね。

コメは炊かなかった。
炊飯器はなかった。

考えてみたら、大学時代の4年間は、お米を炊いて食したことなかったよ。

あの頃は、お米を食べたいとも思わなかった。

自宅が米屋なのに、物心ついた頃から、お米は嫌いになっていた。
お米を食して、美味いと思えるようになったのは、ボロ屋敷にひとりで済みだして、自炊するようになってからだなあ。


ああー、日大の大宮時代の事を書いてて、思い出した。
入学した時に、しばらく経ってから、グランドのサッカーポストで、首自殺した学生がいたよ。

その頃のetekoは、今と同じで、テレビも新聞もない生活だよ。
その事を、次の日辺りに、音楽サークルの仲間から聞いた。

やっぱり、死ぬ奴もいるんだと思った。ショボーンショボーンショボーンショボーン